第十八話
捕らえられてから、約一週間くらいは経っただろうか。食事は最低限だが与えられていて、一日一回の入浴もここではあった。だが、それ以外はこの監獄はとても静かで、看守から貸してもらった本を読んで過ごしていた。する会話と言えば、食事の時間に声をかけられるのと、入浴の時間に呼ばれることだけ。
「今日の飯だ」
「ありがとうございます」
短い言葉を交わし、パンが乗せられた皿を置いて看守は去っていく。この生活も、一体いつまで続くのだろうか。早く終わらせたいものだ。
「飽きたな……」
少し不満を漏らしながら食事を済ませていると、私を捕まえた人物とは別の女性が牢屋の前にやってきた。
「お主が例の時計塔への侵入者か」
「そうですが、貴女は?」
「何、お主なら言わずともわかるのだろう?」
「なるほど、そういうことか……」
古臭い口調の彼女は私が捕まる要因ともなった幻術の術者のようで、僅かに魔力を感じることができ同じ魔術師だということがわかった。
「にしても、無様だの」
「ははは、そうですね」
煽ってくる女性に対してそう返し、気に留めないようにする。だが、彼女は顔を牢屋の柵に近づけ、声のトーンを落として話を続ける。
「本当に無様だな。耳長族の生き残りがこの程度とは」
「何故、私がそうだと思う」
「お主だけが、人外だと思うでない。私とてそうなのだよ、忌み子よ」
「……黙れ、ホムンクルス」
「ほう、見破るとはの。流石に衰えてはおらぬか。それで、何故塔にいたのだ?」
「罪人の言葉なぞ、どうせ信じないだろう?」
「事と内容によるがな」
先程までのからかっている調子ではなく、真面目な口調で話をするホムンクルス。その様子を見て私は、コトリから聞いたことを伝える。
「そうか、わかった。上に話してはみるが、どうなるかわからぬからの」
それだけ告げると、女性は礼を言って去っていった。
「バレていたとはな……」
独り言を呟き、硬いベッドに横になる。彼女の言葉で、とっくの昔に置いてきたはずの過去を私は思い出していた。
当時の耳長のエルフ一族の中で私は、唯一の耳が短く人間みたいだと言われていた。そのせいもあって、忌み子だとか言われ迫害されてきた。そして村から追い出され、しばらく経った後に一族が滅ぼされたと言う話を風の噂で聞いた。あの時は悲しいような、ホッとしたような感情を覚えた
「今頃、思い出してもな……」
思い出した過去に蓋をし、その出来事から目を背ける。「今の私には関係ないことだ」と、そう言い聞かせるようにしながら。そうでもしないと、過去の自分に呑まれそうな気がしたからだ。
あの女性が来てから一週間程経った頃だろうか。私はとある会話を耳にした。「神々達が住む大地での戦争が終わった」と、看守達が立ち話しているのが聞こえてきた。コトリは無事なのだろうか、元気で過ごしていればいいのだが。弟子のことをぼんやりと考えていると、私を捕まえた女性が牢屋にやってきた。
「刑が決まった。三日後に、お前を処刑する」
それだけを言われ、彼女は去っていた。罪状は言われなかったが、処刑される程ことだということなのは納得した。
「三日後か…… 早いものだな」
決まったことに対して特に何を思うわけでもなかったし、これといってすることは特に変わるわけでもない。あと三日間をどう過ごすかと考えながら読書に戻ると、監獄内が騒がしくなり始めた。
「待て! ここが誰の物なのかわかって入っているのか!」
「退きなさい。あなた達こそ、私が誰なのかわかっているの?」
聞こえてきた声にハッとして、私は顔を上げた。何故ここにコトリがいて、入ってこれるのか。あの子は一体何者なのだろうか。考えているうちに彼女がやってきて、私のいる牢屋の前で立ち止まった。
「師匠、お久しぶりです」
「久しぶりだな、コトリ。大分成長したな」
二ヶ月程離れていた彼女は髪が伸びていて、戻る前とかなり印象が違っていた。何より、両方とも水色だった瞳は左目だけが赤くなっていた。
「コトリ、その瞳は?」
「遺伝です。十五歳くらいになると、赤くなるんですよ」
「なるほど」
「それより、師匠。ここから逃げましょう」
「相変わらず君は唐突だな」
「今抜け出さないと、もう三日後には……」
「いいんだよ、これで」
彼女の言葉を遮り、私はそれを否定する。
「でも!」
「私は長く生きた。もう十分だよ」
「そんな……」
言葉を続けようと彼女は口を開くが、そのまま黙り込んだ。私が一度決めたらなかなか譲らないことをコトリは知っていて、説得されたとしても意味がないということも知っていた。
「さあ、家にお帰り。ここはあまり長居するものじゃないよ」
「また来ます……」
悲しげな顔をしながらコトリは牢屋から離れ、名残惜しそうにしながら帰って行った。その背中を見送りながら私は、この監獄にいる人物全員に気づかれないように魔術をかけて、彼女が捕まらないように記憶を改竄した。魔女として捕まれば、彼女も処刑されるだろう。それはどうしても避けたかった。「自分の心配をしてください」という彼女の声が聞こえてきそうだが、それは君も同じだろうと思い一人で苦笑していた。
「さてと、読書に戻るか」
元気にやっているようで良かったと思いながら、椅子に腰かけて読みかけの本を開く。私に残された時間は、あと三日。古い種族は廃れ新しい種族が生まれ、そうやって世界は続いていく。気付けば数千年が過ぎ、幾多の種族が現れては消えていくのを見てきた。十分だろう。私も長く生きた。もう終わりにしよう。
「あとは頼んだよ、コトリ」
ここにいない少女に向けた願いをぽつりと呟いて、私は読書に没頭することにした。




