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真実は霧の中 前編

来山(きたやま)アイランド

 N県来山市に存在した遊園地。1965年8月1日に開業。「海の見える夢の国」として長年親しまれたが、2006年に園内で起こった女児誘拐事件の影響で業績が低迷。その他にも相次ぐ娯楽施設の建設に伴い、翌年の2007年7月31日に地元の人々に惜しまれながら閉園となった。


 ●来山アイランド女児誘拐事件

 2006年8月14日に来山アイランド内で起きた誘拐事件。被害者は当時9歳の女児で一時意識不明の重体となった。

 事件発生から3日後、犯人とみられる少年が逮捕されたが、未成年であったため顔と本名は公表されなかった。

 遊園地側が圧力を掛けたせいかこの事件は大きく報道されなかったが、犯人は遊園地の関係者であったという噂がある。



 ●登場人物

 ・波多野 快(19)

 高校卒業後、田舎町のショッピングモールで働き、アパートで一人暮らしをしている。5年前から幼馴染みであった一花と交際しており、最近「来山アイランド」の名を頻繁に口にするようになった一花を心配している。


 ・浅木 一花(19)

 来山アイランド女児誘拐事件の被害者。当時の記憶はほとんどないものの、記憶を取り戻し現実と向き合うことを望んでいる。

 普段は落ち着いているが時折子供のような言動をとることがある。


 ・タジマ(28)

 人気動画サイトで動画配信をしている。主に廃墟巡りや肝試し動画などを撮っているらしい。かつて来山アイランドでアルバイトをしていたという。


 ・一花の母

 十一年前、来山アイランドで娘を誘拐される。一花が記憶を取り戻すこと、快が事件について詮索することを快く思っていない。一花が事件について尋ねても何も教えてくれないという。


 ・小日向

 タジマが来山アイランドで待ち合わせをしていた人物。Twitterで頻繁なやり取りがあったらしい。




 ■

 今年もまた、憎むべき季節がやって来た。

 大学の学生寮で生活している一花が、最近やたらと僕の住むアパートにやって来るようになったのも、あの事件と無関係ではないはずだ。

「あの場所」というのは、来山アイランドのことだ。かつて来山市に存在した遊園地である。「海辺の遊園地」として多くの人々に親しまれ、小学校の遠足といえば、まず初めに候補が挙がるのはこの場所だった。

 しかしそんな夢の国は、今から10年ほど前に園内で発生した事件が引き金となり、廃園を余儀なくされた。園内で一人の少女が姿を消したのである。


 ――来山アイランド女児誘拐事件。


 当時9才だった被害者は、地区の子供会であの遊園地に来ていた。その子供会のメンバーには僕も含まれていたが、その日は偶々別の男友達と行動していたため、被害者である彼女の姿はほとんど見ていない。

 少女は母親がふと目を離した隙に、忽然と姿を消したのだという。最初は単なる迷子だと思い、迷子センターにアナウンスをし頼み、遊園地スタッフにも捜索をしてもらった。しかし、どんなに待てどもその少女は見つからず、あっという間に時間は過ぎ去り、じきに閉園時間がやってきてしまった。とうとう捜索には警察官も加わり、前代未聞の大捜索が行われた。

 少女が姿を消してから約9時間が経過しようとしていた時、一匹の警察犬があるアトラクションの中で吠えた。通常は係員でも滅多に立ち入らない場所で、少女は瀕死の状態で発見された。



「あの日のことは殆ど記憶にないけど、最近よくあの遊園地が夢に出てくるの」


 一花と付き合い始めて、もう五年の月日が経とうとしている。やっと彼女がどんな人間であるかわかってきたつもりでいたのに、最近またわからなくなりつつある。


「もしかしたら、忘れていたことを少しずつ思い出してきてるのかもしれない」


 窓の外をじっと眺めながら、一花はつぶやいた。彼女こそ、例の誘拐事件の被害者なのである。どうやら事件のことを思い出したいようだが、世の中には思い出さないほうが幸せという事もたくさんあるというのに、なぜ今頃になってそんなことを言い出すのだろうか。随分と中途半端なタイミングだと思った。


「ねえ、今度行ってみない?」

「えっ?」

 唐突に彼女が切り出した。

「もう子供じゃないし、そろそろ現実と向き合わないと。私来年留学で日本にいないし、時間がないよ」


 一花はそう言った。


「どうしたんだ今更? もうあの遊園地は廃墟だし、犯人も逮捕された。確かめることは何もないよ」

 そうだ。犯人はもう逮捕されている。そして、彼はもうすでに社会復帰している。


「一回だけでいいから。連れて行ってくれない? 何か思い出せるかも」

「思い出してどうするの?」

「だって、世間はあの人の顔も本名も知らない。今あの人がどこで何をしているのかはわからないけど、あの人が何をした人間なのか知らずに接してる人って、たぶん多いと思う。事件についてお母さんにどれだけ聞いてみても何も言ってくれないし、ネットは嘘ばっかり。……たぶん、お母さんも周りのみんなも、あの事件をなかったことにしたいのかもしれない。だけど私は夏が来る度にちょっとずつ記憶が戻ってきて、あともう一歩で思い出せそうなの」


 一花は窓の外を眺めたまま、目も合わさずにそう言った。


「どうしても気になるの。でないと、私の半身はずっとあそこにいることになるから」



 ■

 その日の夜、悪いとは思いながらも僕は一花のスマートフォンの検索履歴を盗み見た。


「来山アイランド 誘拐」「殺人未遂」「犯人 今」「犯人 名前」「被害者 死亡」「トラウマ」「夢」「記憶の整理」


 履歴にはそんな言葉がびっしりと並んでいた。未送信メールを開いてみると、どうやらメモとして使っているようで、事件に関係する情報がコピーされていた。しかし、このスマートフォンは数日後、一花が風呂場に持ち込んだ際にうっかり水没させてしまったため、詳しい内容はよく覚えていない。


 その後大学が夏休みに入ると、一花は僕のアパートにますます頻繁に顔を出すようになった。

 もしかしたら一花は一人でもあの場所に行くつもりかもしれない。僕は漠然とそう思った。彼女には昔から、一度決めたことは必ずそうするという頑固さがあった。危険だ。あんなところに一人で行かれては。


「一花」


 僕は相変わらず窓の外ばかり眺めている一花に言った。


「本当に行くんだね?」


 一花は無言で頷いた。彼女が熱心に眺めているのは、来山アイランドがある方角だった。


 8月14四日のよく晴れた朝。僕たちは来山アイランドを目指して出発した。

 車内には何とも言えない緊張感が漂っていた。僕は緊張感を和らげたかったので、おもむろにラジオをつけた。ラジオからは陽気なラテン音楽が流れてきた。しかし、聞けば聞くほど場違いなリズムに段々と腹が立ってきてしまい、結局すぐにラジオを消した。


「ねぇ、大丈夫?」


 助手席で一花がこちらを見ている。どうやら緊張していたのは僕だけだったようだ。当の本人は何の心配もしていないのか、やけに落ち着いている。


「……大丈夫だよ」


 僕は頑張って噓をついた。やけに胸騒ぎがしていた。


 アスファルトを突き破って生えてきた雑草をタイヤで踏みつけながら、駐車場だった場所に車を止めた。当然だが自分たち以外誰もいない。

 ネットで調べた限り、来山アイランドは知る人ぞ知る心霊スポットらしく、入り口はフェンスで塞がれてはいるものの、所々ペンチで切り広げたような穴があり、誰でも簡単に入れる有様だという。


「着いたよ」


 僕がそう言うと、助手席でうたた寝していた一花ががばっと跳ね起きた。


「中に入れる?」

「本当に入るの? 一応不法侵入なんだけど。何なら周りだけ見て――」

「入る」


 僕が言い終わらないうちに一花は車を降り、入り口の方へ向かおうとした。しかし、明後日の方角である。寝ぼけているのだろうか?

 僕は一花の軌道を修正すると、二人で入り口の方へ歩いて行った。天気予報では28度と言っていたにもかかわらず、気温は30度を超えていた。車のドアを開けると、蝉の鳴き声が一気に耳の中へなだれ込んでくる。

 ネットで調べた通り、フェンスは何者かによって破られ、ちょうど人が一人入れるほどの穴が開いていた。その穴をくぐり、しばらく進んでいくと、大きなゲートが姿を現した。塗装は所々剥げ落ち、いたるところにくだらない落書きがされている。その雑な落書きの中に混じって、やけに小さく、丁寧に書かれた文字を見つけた。


『絶対に許さない』


 そんなことが書いてあった。どういう意味かは分からないが、どうせまともな人間が書いたわけではないのだろう。


「まさか、変な奴がうろついてたりしないよな」


 時刻は午前10時30分。こんな時間からガラの悪い集団がたむろしているとはとても思えない。しかし――

 なんとなく、ついさっきまで誰かがこの場にいたような気がしてならない。たぶん、幽霊などの類いではない。僕はゲートの隅に転がっていた角材をおもむろに手に取った。


「早くー」


 はっとして顔を上げると、一花はかなり離れたところから僕を呼んでいた。


「置いてくよー」


 一花はまた叫んだ。元々、そこまではしゃぐタイプではないのだが、彼女は突然子供じみた態度をとることがあった。

 僕は角材を持って彼女の後を追おうとした。

 しかしゲートをくぐる時、窓口の奥がふと気になった。一花は相変わらず僕を呼んでいたが、構わず中を覗き込んだ。


「なんだこれ?」


 中は書類が散乱していた。壁には小さなホワイトボードが掛かっており、うっすらと赤い文字が残っている。汚い字だが、かろうじて読める。


「刈込、佐久間、島田、泉水……人の名前か」


 従業員の名前だろうか。刈込、佐久間、泉水の文字には斜めに線が引かれている。


「ねえ!」


 突然背後から肩を叩かれ我に返った。一花が引き返してきたのだ。


「何? なんかあるの?」


 一花も中を覗き込む。この時、なんとなくこの場から離れなくてはならないような気がした。


「いや、特に何も。何もない」


 僕はそう言ってリュックからミネラルウォーターを一本取り出し、一花に持たせた。


「またぶっ倒れるから、自分でも持っておきな」


 一花は過去に、室内にいたにもかかわらず熱中症で病院に担ぎ込まれたことがある。あれは、ちょうど今と同じ八月の半ばだったような気がする。その際またしても生死の境をさ迷うことになったが、それを境に記憶は少しずつ回復し始めていたらしい。


「うん。ねえ、あれウィンドキャッスルかな。そうだよね」


 水を飲みながら一花は自分が戻ってきた方角を指さした。確かに、遠くにお城のようなものが見える。昔に比べて、だいぶ塗装が剥げたような気がする。


「最後、あそこで写真撮りたい!」


 一花はペットボトルに蓋をすると、少しの動揺も見せずにずんずん歩いて行った。

 来山アイランドは南の島を再現した遊園地であるため、小洒落た建物がいたる所に建てられている。しかしどの建物も老朽化が進み、ペンキは剥げ落ち、窓ガラスは割れ、壁にはツタが蔓延り、通りにはコンクリートを突き破って生えてきた雑草が繁茂している。壁にはかつてのマスコットキャラクターであるウサギのキタヤくんのポスターが貼られているが、雨風に曝され見るに堪えない姿になっている。昼間でもかなり不気味な光景だ。しかし、何故か僕はこの場所にいるとなんとなく気分が良かった。




 ■

 しばらく歩くと広場に出た。かつてこの場所で様々なショーが行われたのだ。奥のほうにはマジックショーのために作られた小さなステージがある。一花はステージの前で立ち止まり、熱心に眺めている。僕もそこまで歩いていき、観客席に腰を下ろして水を飲んだ。

 懐かしい。ここでよく手品を見ていた。外国人のおじさんが、帽子や服の中からこれでもかというくらい鳩を出したものだ。どうやってあんなにたくさんの鳩を詰め込んでいたのかは、今でもよくわからない。

 そんなことを考えていると、一花が別のほうを見て「あっ」と声を上げた。


「メリーゴーランドだ。馬がみんな錆びてるね」


 彼女が指さす方向には随分とかわいそうな姿になったメリーゴーランドがあった。木馬の目の下が赤黒く錆びているせいで血の涙を流しているように見える。

 僕が飲んでいた水をリュックにしまっていると、一花は一人で走って行ってしまった。猛暑だというのに、今日は異様なほど元気がいい。

 すると突然、背後に人の気配を感じた。角材を右手に掴んで振り返ると、見知らぬ男が立っていた。歳は二十代後半くらいだろうか。


「あれ、もしかして同業者?」


 男は僕に言った。


「同業者? 何のことですか?」


「ああ、違うのか。俺は動画撮りに来たんだよ。でもツイッターで知り合った奴にすっぽかされたみたいで。てっきり君がそうかと思ったんだけど。じゃあ君、小日向って人じゃないんだ?」


 動画の撮影。最近は何も珍しいことではない。前にも言った通り、ここは知る人ぞ知る心霊スポットなのだ。YouTuberかなにかだろう。


「心霊動画でも撮るんですか?」


 僕は男に尋ねた。見たところ悪い人ではなさそうだ。


「今はただの下見。お盆だし、幽霊でも撮れれば再生数が跳ね上がるんだろうけど、まだ始めたばっかりだしどうかな。……ところで君、未成年だよね? ユーチューバーじゃないなら、こんなところで一人で何やってんの?」


 一人で?


「いや、一人じゃないですよ。そこに一花が――」


 僕はメリーゴーランドの方を振り返った。

 いない。一花がどこにも。


「イチカ? 誰かいたの?」


 男は不思議そうに僕に尋ねてくる。いや、むしろ不審というべきか。


「はい、さっきまでそこにいたんですけど……」


 気が付くと、辺りには霧のようなものが立ち込め始めていた。空が晴れているのに突然霧が掛かるなんてことがあるのだろうか? 

  確かにこの遊園地の周りには山と海があるが、それにしたってこんなに急に霧が発生するのは不自然だ。高山地帯でもあるまいし。  


「彼女とか?」

「ええ、はい……」

「ふーん。イチカ、ねぇ……ここ、デートで来るようなところじゃないと思うんだけど、廃墟好きか何か?」


 言えない。僕がここに来た理由を、どう説明すればいいのかわからない。きっとこの人は僕の手にある角材を警戒しているに違いないのだ。いや、そんなことより――


「すみません。あの子が心配なので探さないと。こんなこと頼むのは申し訳ないんですが、ちょっと手伝っていただけますか?」


 咄嗟に僕は彼にそうお願いした。直感的にそうするべきだと覚ったのだ。


「別にいいぞ。こう見えても俺、高校の時ここでキャラメルポップコーン売ったり着ぐるみ着たりしてたんだよ。ここのことはよく知ってるから、案内してもいいけど?」

「ほんとですか! 是非お願いします」


 運のいいことに、どうやら彼はここの元スタッフだったらしい。僕たちは霧の立ち込める遊園地を二人で捜索し始めた。




 


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