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翌日、アオイは休みだった。
カマが不定期に休みの曜日を決めているので、決まった休みの日はない。だが、碌な物を回収していないアオイたちには多少でも息抜きの日が必須だと宣言し、回収屋の休日を設立したのだ。
酔いつぶれてた父親を起こさずに外へと出たアオイは、休みの日には必ず通っている場所へと向かっている。
「あれは明日には無くなるな」
家を出るときに確認した酒瓶の残りは半分と少しだった。
繁華街には酔いつぶれた中年。
年季の入った煙管を吸う女性。
夜通しで殴り合っている息切れの男たち。
朝から元気に駆け回る子供。
通り道よりも足の踏み場がない朝の繁華街を慣れた足取りで、アオイは突き進む。
目的地は図書館と呼ばれている所。
「あの本、今日はあるといいけど...」
図書館と呼ばれてはいるが、街の外にある様な机や椅子が並び、壁一面に本が収まった立派な建物ではない。
無骨で錆びたコンテナ群の集合場所がアオイたちにとっての図書館なのだ。
元は街の外からやって来た人間を泊める場所として設けられたと、カマから聞かされていたアオイだが、いつの間に図書館と呼ばれる場所になったと聞き興味本位で向かったのが始まりだった。
最初こそ文字を文字として認識できなかったアオイも今では、休みになればそこで本を読むのが楽しみとなっている。
管理人の独断と偏見による信頼性で本の貸し出しや閲覧が出来るかどうか決まるシステムなので、街の中でも有数の安全地帯として別の意味で有名と化した。
「今日も早いね。君が一番乗りだよ」
管理人のベニが掃除を止め、汗のかいた顔で嬉しそうにアオイを迎えた。
年齢は不詳の男。二十代とも三十代後半とも思える雰囲気を纏いながら、赤髪を邪魔そうにかく。伸ばしている最中だから、今は散髪に行けないというのが本人の談。
「おはようございます。ベニさん、今日は何番のコンテナが使えますか?」
「今日は三番と六番以外は全部いけるね」
(やった!)
全部で十一個あるコンテナ図書館。
各番号ごとに多少の特色はあれど、基本的には大雑把に本が仕舞われている。昨日とは違う場所に本が置かれていることもしばしば。
アオイの目当ての本は八番のコンテナにあるので、この稀が今回ではない限り、三週間ごしにそれが読めるのだ。アオイが年相応の顔をしてるのを見たベニは、鍵を取り出して十一番から順に扉を開け始めた。
「どのくらい本は読めるようになったの?」
「辞書とかを使えば、割と色々。まあ、調べても分からない本もあるし、意味不の本は見る気も起きないけど」
ソワソワしているのを隠すように、素っ気ない口ぶりを務めつつ八番のコンテナが開くのを今かと待つアオイ。
「辞書で言葉を調べられるなら、もう一歩じゃん」
「知らない言葉を、意味の分からない言葉が説明してるから終わりがないんだよ」
「あはは......まあ、読める本が無くなるまでは楽しみなよ」
次のコンテナを開けに行くベニを見送り、アオイは八番のコンテナに入った。
年季の入った扉から不快な音が鳴り響く。
コンテナ内にはずらりと並ぶ数多の本たちが、アオイを出迎えた。
「あの本は......」
並んでいる本に規則性はなく、たまにベニが並べ直すくらいなので、本の配置を覚えている人間は存在しない。
「この本を探す時間って良いよな」
アオイが探す本は学校生活をする男女の話。
下巻は見つけたが、上巻が見当たらず読もうと思っても読めないでいる。ベニに確認してもらっても、貸し出した記録はなかったので、どこかに眠っているだろうとアオイは、図書館へ来るたびに探していた。
表紙が分厚い図鑑。
絵本に古びた漫画。
ジャンルの分からない小説から、誰が読むのか分からない本。
この街で揃っている方がおかしいと思われるが、ベニが死ぬ気で管理と更新をしている背景から、よほどの盗っ人でも誕生しない限り、図書館は気軽に読むことを楽しめる場所として存在し続ける。
「——この本、今度はここに移動したのか」
「——っと、無理やり詰め過ぎだなこれは」
「——見つからないな」
コンテナに何の本があるのかをベニは記録をしている。
それでも八番のコンテナに無いのなら、上巻はこの街に無い可能性すら生まれてしまう。
「あ、あった」
アオイは詰められた本を慎重に退かし、その一冊を引き抜く。
大きさは両手を広げた程度。
角は擦れ、表紙の色も薄れている。薄れすぎて、タイトルすら識別が困難なレベル。
先に下巻を見なければ、上巻だとは誰が見ても分からない一冊。
「おめでと。そこにあったのね」
「ベニさん」
扉に背を預けながら、ベニは小さく拍手をアオイに送った。
「なるほど。流石にそのレベルに詰め込まれたら、俺の雑な管理じゃ見逃すわな」
くすっと笑うが、ベニの管理能力はこの街ではかなりの信頼度を誇る。それが本にしか向けられないのを、残念に思われる程に。
笑っている様に見えるが、その目は本を雑に扱われたことへの怒りと不満で溢れていた。
「借りる? それとも今から読む?」
「読みます。その後で下巻を借ります」
「オーケー。外は天気いいから、そっちで読むといい」
全てが簡易的。
それでも、本を読むには十分な椅子とテーブルが青空の下に並んでいる。アオイは指さされた椅子へと進み本を開く。
内容はアオイには夢にも等しい物語。
主人公の男が名前くらいしか知らないクラスメイトの悩みを解決して、最後には付き合う話。
最初は主人公に物騒なことをする少女が、誰彼構わずに人を助け、それで自分が傷つくことを気にしない主人公の心身を案じていく。
(学校ってどんな場所なんだろうな)
ページを進めるが止まらず、物語は着々と終わりへと向かう。
出てくる言葉をイメージ出来なくても面白いと思える上巻を読み終えると、下巻を今すぐ読みたい気持ちがアオイの心を満たす。
「はい下巻」
上巻を閉じるのとタイミングを同じくして、ベニがテーブルに続きを置いた。見ると、他に利用者がまだいなく、今回の自身の読む速度にアオイは驚く。
「今って何時くらいですか?」
「今は君が来てから二時間も経ってないよ。どうする下巻も今読む?」
「読み——」
今すぐ読みたい気持ちはあるが、何もない家で過ごすためにも必ず一冊は持って帰ることにしているアオイ。
一度の貸し出し制限が一冊でなければ、かなりの量を借りる自信はあるがそれがルールなのだと諦めてゆっくりと、噛みしめるようにしてアオイは家で本を読むのだ。
「いえ、借ります」
「了解」
既に答えが分かっていたのだろう。
ベニはその場で、貸し出し用のノートを広げて本の名前や借りた人間の名前などの情報を書く。ここに書かれた人間は、ある種の信頼が保証されている。
(何かの契約書を作るときとかに、確認されるって噂は本当なのかね...)
真偽定かではない噂話。
それを確認したら、本が借りれなくなった人間もいるというオマケ付きなので誰も確認できない。
借りた本小さい鞄みたく手で持ち、ベニに礼を告げて図書館を出たアオイは、何をするにも半端な時間だったのもあり散歩がてら街を一周することにする。
いつの間にか知らない家や店、壊れた道といったものをある程度把握しておけば回収屋をする際の苦労が一つ減るからだ。
やがて、割れた瓶や錆びた鉄片を避けながら進んでいると、風の音に混じって小さな音が聞こえた。
紙を擦るような音に惹かれて少し進み、壁の崩れた建物を覗き込む。
その奥には、一人の少女が座っていた。
昨日、繁華街で見た画家の少女。足元にも見覚えのある大きな鞄があるため、間違いないとアオイは判断する。
(ここって壊す予定の建物だったよな?)
繁華街でなくとも絵描きは商売を出来る。少女の場合、依頼人と道具さえあれば、場所は問わないのだ。
故に廃墟で絵を描いていること自体におかしさは無い。
アオイが不思議に思うのは、そんな少女が一人で絵を描いている事にある。描いていて絵になるモデルなど存在しない場所で、一人で筆を滑らせる姿には違和感しか感じない。
「——ッぁ」
一歩だけ足をずらした時には手遅れだった。
小突いた小石が想像以上に廃墟で響き、少女の手を止める。
「......何?」
振り返った少女の目には、アオイはきっと邪魔者にしか映らないだろう。現に自分自身でそう思っているアオイは、言葉を必死で探した。
探し——思い起こし、やがて諦めた顔で苦し紛れに本を両手で持ち直して少女へと近づく。
「じゃ、邪魔をしてごめん。偶然見えたから気になって......」
「......」
「何を描いてるの?」
「アレ」
昨夜の店仕舞いよりも手早く道具を片付けると、少女は横を通り過ぎる。
「ごめん! 僕はすぐに消えるから——」
消えるから気にしないで描いて。
言い切る前には、廃墟から少女はいなくなっていた。
残されたアオイは、アレと言われたモノへと近づく。
「死体だ......」
見慣れた肉の塊ではなく、骨と朽ちた服だけになった焼却いらずの死体。
骨を砕いて捨てればそれでお終いという程に完成した白骨死体を見て、アオイは直前までいた少女のことしか頭に浮かばなかった。
「なんで、死体の絵なんて...」
聞くべき相手はどこかへ行ってしまった。
アオイがその答えを知るのは、果たしていつになるのか。




