episode.5 〜ファランの過去〜
翌日の朝食後。ファランはリーデル王子の執務室に呼ばれていた。
丸い光沢のある木のテーブルに、ベルベット素材の豪華な椅子がふたつ。
二人は向かい合って座っている。
ファラン「…………」
リーデル「黙ってないで説明しろ」
ファラン「説明と言われてもな。俺もそろそろ結婚しようと思ってたしな」
リーデル「お前つい先日は結婚なんてするかと宣っていなかったか?」
ファラン「人は変わるのさ」
リーデル「ふざけるな。俺に従者だと紹介してきた女性じゃないか。どこの誰なんだ?どこで出会った?」
ファラン「……それは言えん」
リーデル「なぜだ?」
ファラン「聞いたら卒倒するからだ」
リーデル「俺は今にも卒倒しそうだぞ」
ファラン「実はな…」
リーデル「うむ」
ファラン「お前だけには言うが…」
リーデル「早く言え」
ファラン「奴隷を買ってな」
リーデル「うむ。………ん?」
ファラン「それが彼女だというわけだ」
リーデル「……お前、何を言っている?」
ファラン「まあ聞け。彼女は実はさる高貴な家の御息女なのだ。しかし今は身分を隠しておられる。使命があってな」
リーデル「………まあ聞いてやろう」
ファラン「敵は大陸の他国だけではない。海を渡ってくる蛮族やまだ見ぬ種族の人間もいるやも知れぬ。もはや騎士団や軍隊だけでは抑えきれぬのだ」
リーデルは、はあ…と今にもため息を吐きそうな顔だ。
「………で、彼女の役目は?」
ファラン「それなのだ。彼女を守ることを条件に、ある大国がこの大陸の国々の守護を保証すると言ってきたのだ」
リーデル「誰に言ってきたのだ?」
ファラン「………クリフトに」
リーデル「クリフト……って、お前の従者ではないか。なんで大国がお前の従者にそんな大事なことを伝えるのだ?」
ファラン「…………クリフトは………実は……ドラゴン使いの一族なのだ」
リーデル「……もういい。お前、結婚したくないから適当なことを言ったんだな?偽装結婚なぞすぐにバレるぞ」
ファラン「まあ半分は合っている」
リーデル「半分?」
ファラン「適当に結婚相手を見繕ったのは本当だ。だが、彼女とは本当に結婚をする」
リーデル、少し体を前に傾ける
「……お前正気か?」
ファラン「………いい笑顔をする女なのだ。ワインも詳しいしな」
リーデル、呆れたように「お前な……」
ファラン「とりあえず一旦俺は教会に行って親父に報告する」
リーデル「親父?」
ファラン「アランのおっさんだよ」
リーデル「おい、アラン大司教のことをおっさんなどと呼ぶな!聖者だぞ!」
ファラン「俺は15までおっさんの家で育てられたからな。まあとにかく半年後には俺は妻帯者だ。お前もニーナ姫といつ結婚するんだ?」
リーデル「来年の秋だ」
ファラン「そんな先か!ニーナ姫のミーランダ国はすでにお祭り騒ぎらしいぞ」
リーデル「同時に王冠をかぶることになるかもしれん。準備に時間がかかるのさ」
ファラン「ふふ。俺の方が先に結婚することになりそうだな。お前の結婚式にはド派手な格好で出席してやる」
リーデル「頼むから普通の格好で来てくれ」
ファラン「ふふ。またな友よ」
ファラン一行が城を出たのを見計らい、リーデルは従者を呼んだ。
従者「お呼びで」
リーデル「アンナという女の素性を調べてくれ。ファランが妻にすると宣った女だ」
従者「………伝え聞いたところによると奴隷という話では」
リーデル「ワインに詳しい奴隷などいるか。それに貴族に物おじせずに、笑顔でワインを薦めたと聞くぞ。敵国のスパイの疑いも捨てきれん。頼んだぞ」
従者「はっ!」
リーデルはワイングラスをテーブルに置き、ふうっと息を吐くと椅子に腰掛けた。
ファラン一行はアラン大司教が住むレクセ・レクサへ向かっていた。
レクセ・レクサは国家ではなく、教会や聖堂などの宗教施設の固まる小規模な街で、イザーレ国の中央に位置している。
レクセ・レクサの警護はイザーレ国の軍隊が担っていた。
三頭の馬が歩いている。
一頭はファラン、後ろにアンナが。少し前にクリフトを乗せた馬が歩く。
そしてもう一頭には荷物が乗せられていた。
馬になど幼少の頃以来乗ったことのないアンナだったが、
ファランの大きな背中は安心感があり、恐怖は感じなかった。
ファランが前を向いたまま後ろのアンナに話しかける。
ファラン「何か聞きたいことなどあるか?」
アンナ「え…」
ファラン「妻なのだ。なんでも聞いていいぞ?」
アンナ「では…。ファラン様は生まれはどちらなのですか?」
ファラン「俺か。俺に生まれ故郷はない」
アンナ「え?」
ファラン「いわゆる戦争孤児だ。騎士団が遠征で蛮族のアジトから拾ってきた、蛮族もどこから誘拐した子供か覚えていないだろう」
アンナ「あ……あの、申し訳ありません、こんな話を…」
ファラン「まったく問題ない。そして騎士団から教会に預けられて司祭に育てられた」
アンナ「司祭様に……」
ファラン「その司祭が今や大司教だけどな」
アンナ「それがアラン大司教様…」
ファラン「大司教と言えば数カ国の式典祭事を取り仕切る、小国の国王より上位の存在だからな。まあおっさんも出世したもんだ」
ファラン「まあ、俺を育てたことで神が褒美をくれたんだろうな」
アンナ「まあ、ファラン様ったら」
ファラン「ふふ。お前ならきっと好きになるぞ」
アンナ「大司教様をですか?」
ファラン「……内緒の話をしてやろうか?」
アンナ「はい?」
ファラン「聖騎士だ英雄だなんて俺は言われちゃいるがな。別に人助けが好きでやってるわけじゃない」
ファラン「アランのおっさんやリーデルや…俺の好きな人間のために戦ってるだけだ」
アンナ「え……」
ファラン「蛮族が暴れてるとか俺にはどうでもいい話だ。ただもし大事な人間が殺されたなんてことがあったら」
アンナ「……」
ファラン「そいつらは皆殺しだ。これが俺の思想だ。神なんて知ったこっちゃない」
アンナ「皆殺し……」
ファラン「つまり何が言いたいかっていうとな。聖騎士のマントや鎧に見合うような高潔な魂なんて、俺は少しも持ち合わせちゃいないってことさ」
アンナ「………」
クリフト、後ろを振り返る。
「何か物騒な単語が聞こえてきましたよ!何をお話しになってるのですか!?」
ファラン「お前には関係ない。前を向け」
クリフト「もう、私だけ仲間はずれにして……」
ファランはまたアンナに話しかける。
「………そんな話をされても……って顔してるな?」
アンナ「い、いえ……」
ファラン「安心しろ。お前は俺の妻だ。護ってやるから安心しろ」
アンナ「あ……ありがとう…ございます」
ファラン「婚姻中はな」
アンナ「え……」
ファラン「せいぜい俺を好きにさせろ」
アンナ「え……あ‥‥はい!」
意地悪なことは言うけど、この人、時折悲しげな表情をするのは何故だろう。
ひとつわかったことは、この人は嘘をつかない。
自分自身を裏切らないように生きているからだ。
アンナはファランの腰に回した手に、少しだけ力が入ったことに気づいていなかった。




