第一章 皿洗いで貯めたポイント、異世界の絶望を地球の物資でブチ抜く
霞が関の裏方たち、異世界で無能の烙印を押される
「輝夜、お前さんの理想は国をひっくり返すぞ」
霞が関の官舎、その屋上。
力武義正は、赤マルの煙を夜空に吐き出しながら笑った。
「まあ、俺が全部算盤を合わせてやるけどな」
「義正君、いつもごめんなさいね」
私は自作の備前焼のぐい呑みに、冷酒を注ぐ。
東京の空にも、今日は綺麗な満月が浮かんでいた。
「輝夜のバグみたいな優しさ、私、好きだよ」
早乙女蘭が、タブレットから目を離さずに高級チョコレートを齧る。
彼女の月給は三億円。
日本のシステムを根底から支える、特A級のAIエンジニアだ。
「おどれら、肉が焦げるじゃろうが! さっさと食え!」
坂上信長が、バーベキューコンロの前でトングを振り回す。
普段は標準語の彼だが、熱くなると故郷の広島弁が漏れる。
陸上自衛隊のレンジャーであり、私の大切な用心棒だ。
誰もがそれぞれの場所で、激務をこなしている。
だからこそ、こうして夜に月を見ながら笑い合える時間が、私は好きだった。
「みんな、明日も――」
私がぐい呑みを掲げようとした、その瞬間。
足元に、見たこともない幾何学模様が浮かび上がった。
凄まじい光が視界を奪う。
「ちっ……なんだ、敵襲か!?」
信長が即座に私の前に立ち、蘭と義正が背後を固める。
だが、抵抗する間もなかった。
視界が真っ白に染まり、私たちの意識は途切れた。
◆ ◆ ◆
「……チッ、なんだこのゴミ共は」
舌打ちの音で、私は目を覚ました。
冷たい石造りの床。
見上げれば、煌びやかな玉座と、豪奢なローブを着た太った男がいた。
「おい、ステータスを読み上げろ!」
「は、はい! 魔力……ゼロ! 闘気……ゼロです!」
ローブの男の傍らにいる神官が、水晶玉を見ながら叫んだ。
「職業は……『ナイカクセイムカン』? 『エイアイ・エンジニア』? 『ショウシャマン』?」
「なんだそのふざけた職業は! 魔法も闘気も使えんとは、完全なハズレではないか!」
どうやら、私たちは異世界に召喚されたらしい。
ここがどこなのか、彼らが誰なのか。
状況を整理するより先に、ローブの男が冷酷に言い放った。
「貴様らのような無能を養う金は我が国にはない!」
「待ってください。私たちは勝手に呼ばれたんです。元の世界に――」
「黙れ! 辺境の『ポポロ村』へ追放しろ! 魔獣の餌にでもなるがいい!」
騎士たちが槍を突きつけてくる。
「……殺すか?」
信長が、低い声で呟いた。
その目は完全に、戦場に立つレンジャーのそれだった。
丸腰だが、彼ならこの場の全員を数秒で制圧できるだろう。
「信長君、待って」
私は彼の手をそっと握り、首を横に振った。
血を流しては、対話の道が完全に閉ざされる。
「……チッ、了解じゃ」
信長は舌打ちをして、構えを解いた。
「被害総額および、この世界における我々の資産価値……現在計算中」
義正が、どこから取り出したのか、小さな算盤を指ではじく。
「言語と物理法則の解析完了。魔法っていう未定義バグがあるみたいだけど、余裕で適応可能」
蘭は口に飴玉を放り込みながら、冷静に周囲を観察していた。
私たちは、追い立てられるように城から放り出された。
荷車に乗せられ、何日も揺られ、たどり着いたのは荒野の果て。
「ここが、ポポロ村……」
ボロボロの小屋が数軒。
痩せこけた村人たちが、怯えた目で私たちを見ている。
作物は枯れ、どこからか魔獣の遠吠えが聞こえる。
まさに、絶望のどん底のような場所だった。
「ひどい有様だな。俺たちの算盤じゃ、即座に倒産レベルだ」
「どうするの、輝夜」
義正と蘭が、私を見る。
信長も、無言で私の指示を待っていた。
私は空を見上げた。
見知らぬ異世界の空にも、地球と同じように、美しい月が輝いていた。
「……作ろうか」
私は、三人を振り返って微笑んだ。
「誰もが笑って、美味しいお酒が飲める国を。ここから、ゼロからね」
国家の裏で、日本という巨大なシステムを回し続けてきた私たちだ。
たった一つの村を救うことくらい、どうってことはない。
私たちの、異世界での泥臭い国家運営が、幕を開けた。




