心温まるお言葉 〜さあ、狩りの時間の始まりだ〜
「どうも。地獄から這い上がって戻りました長嶺行人です」
リアクション皆無。
全員の色が消えた。虚無ってやつか。
「笑っていいところですよ? 難しかったかな」
今俺が見下ろしている人数は九百人弱だそうだ。
昔俺がいた高校はもっとたくさんだった気がするが、これも少子化なんだな。意外に顔がよく見える。部活で見知ったのもちらほら見かける。周防弟はなぜ手を振っているのか。あ。パイセン、腕組んでこっち睨んでら。
「すみません、頭を強く打って性格が変わっちゃったみたいなんですよ。まあ、そんなわけで、」
さあ、狩りの時間の始まりだ。
改めまして。この度、早坂生徒会長の補佐役を拝命しました長嶺行人です。皆さんご存知の通り、僕は去る六月に当校の生徒からイジメによる暴力を受け歩道橋から転落、命は助かったものの重い負傷により入院生活を余儀なくされました。
僕に暴力を振るった生徒がどのような処遇にあるかは周知のとおり、全員が逮捕されたのち本校を自主退学、うち三人は保護観察処分、残る二人は少年鑑別所で取り調べが続いています。
彼らは既に十分な社会的制裁を受けているという世間の声もあります。しかし、この顔に残る傷や、いつか報復されるのではという恐怖と一生付き合っていかなければならない僕の前で、それが言えるのでしょうか。
僕が本当に望むのは制裁なんてものじゃない。
あの楽しそうに僕を殺そうとする顔。
あれを二度と見なくて済む隔絶なんです。
更に言うなら、本日この場に居ない校長先生や教頭先生、そしてクラス担任の先生が、僕の苦しむ声を聞き届けてくださらなかった事が今でも残念でなりません。
この状況は、見ようによっては、僕が邪魔者を薙ぎ払ったかのようでもあり、皆さんの中には僕のことを不気味に感じている人もいるかと思います。
もちろん、子供である僕にできるわけがありませんし、そんなチカラがあれば、そもそも暴力など振るわれる前にどうにかしています。
とはいえ、皆さんの感じるイメージはどうしようもありません。
この先も周囲から疎まれたまま過ごしていく。そう思って諦めていていました。
ところが、早坂先輩はこんな僕のために心を痛め、夏休み中の補講では親身になって勉強を教えて下さったのです。
おかげで無事単位を得て、今日こうして新学期を迎えることができています。
そして早坂先輩は、この夏休み中に周防先輩の退学を突然知らされ、先ほどのような騒ぎになることを恐れ、誰にも言えないまま、たったひとりで文化祭のための仕事に苦労していることを僕は知りました。とても大変な夏休みだったと思います。
誰にも言えない、誰にも頼れない辛さは、この中の誰よりも僕はよく知っています。
だからこそ、早坂先輩が生徒会長になった今こそ恩返しをしたい、力の限りを尽くしたいと決意しました。
間も無く文化祭です。
早坂生徒会長は前を向いて進むと仰いました。
僕もついて行って同じ景色を見たいです。
ここにいる皆さんも同じ気持ちだと、僕は信じます。
どうか皆さん、力を合わせて最高の祭りを作り上げましょう!
よろしくお願いします!
湧き上がる拍手。
休み中に部活へ誘ってくれた連中からの声援。
報道陣の満足。
安堵する教師陣。
とりあえずネタはこんなもんだろ。
「さて。そんな僕に朝から祝電が届いていますので、この場をお借りしていくつかご紹介させていただきます」
一気に館内の音量と熱が下がる。
全体的に紺色が増えた。困惑色とでも呼べばいいのか。
お二人の門出を祝う披露宴の司会を務めることになり、身が引き締まる思いでございます。的な気分。
俺のスマホに届くダイジェストを読み上げ、ご紹介。
あのキモいの、学校きちゃうって
呪われるヤメテエー
三年二組 ミオ様。
ゼツボーしかない
吐く
三年二組 マシマロ様。
底辺学校とか言われてんの
責任とって◯んでくれ
二年四組 ケンタ様。
マジ人権ナシ
ゴミ
二年五組 コジー様。
アイツいるとクサぁってなるんよね
うんちスタンプ
一年一組 ミケ様。
わかるーのスタンプ
息できんのムリ
一年一組 イチゴ大臣様。
推薦落ちたらあのキモオタつぶす
三年三組 吉田様。
クソオタ
ぜったいゆるさない
二年二組 ミナポ様
「おいっ、長嶺! なにしてんだよ!」
演壇にいる俺の隣まで走って来たヤンキー先生。
俺のスマホ画面をついーと指を滑らせて、まだまだあるぞと見せてやる。この間抜けで怖いもの知らずのアホどもが、先生達をまだまだ苦しめるのですよ、と。
さすがのヤンキー先生も絶句するが、とにかくやめろと肩を掴んでゆすってくる。
「先生、カメラに撮られてますよ?」
はっとなって、俺から手を離した。そうだそれが正解だ。
単なる誹謗中傷は後回し。
予想していた逆恨みの方をこの場で潰す。
「二年二組ミナポ様。捕まったご友人の事は悲しいでしょうが、その人から奢ってもらったカラオケや飲食代、みんな僕のお金です。あとでご挨拶に伺いますから、ご馳走様くらい言ってくださいね。それと、お酒は二十歳になってからですよ?」
赤黒から黒へ塗り潰れて真っ暗になった女生徒が一人。
読み上げるたび、あちこちポツポツと黒とか赤紫に変わるんだわ。
絶望か、恐怖か。
これいい勉強になるなー。
割愛したくねえなー。
「まだまだ、心温まるお言葉をたくさん頂戴しておりますが、お時間の限りがございますため割愛させていただきます」
もわっと水色になってる所よ、ほっとしてる場合じゃねえぞ?
「尚、祝電を頂戴しましたすべての皆様に、後日改めてご返礼を差し上げたく存じます。お名前とご住所は承知しておりますので、順次、お届けさせていただきます」
さーっとね、水色が赤紫色へ変化。
お前らみんなリトマス試験紙状態。たのしー。
俺、物理好きになるかも。あれ、化学だっけか。
どっちでもいいや。仕上げだ。
「尚、返礼不要のご希望がございましたら、あちらの壁際に沿って正座してお待ちください。係の周防優が順番に承ります。ささ、人生は長くも短くもなります。今すぐレッツラゴーでございます」
これぞ一網打尽。
身に覚えがあり人生が短くなってしまうと勝手に思い込んだ連中が、どっと音を立てて列を外れ壁に向かって走る。その数ざっと二十名ほど。
少ないかと言えば違う。むしろ多かった。
千人程度の中のラウドマイノリティなんて、こんなもの。
そう教えてくれたのはルミさんでなはく、実は史奈さんだったりする。
「ユキトくん。私、明日は心を鬼にして本気出すから」
昨日、晩飯の支度を一緒にしていた時、テレビのニュース番組でいわゆる『9月1日』問題を取り上げていた。
統計的に子供の自殺者数が最も多いと言われる時期だということで、大人は不安を抱える子供に対して安易に励ましたり叱ったりしてはいけないといった内容。
GW明けの新入社員相手も面倒臭いぞと心の中でツッコミながら、史奈さんを心配させたくなくて別の話題を持ち出していたのだが。
あまり見たことのない、遠くの何かを狙い澄ましたような顔をテレビに向けて『本気』を口にしたのだった。
はっきり言おう。
史奈さんの本気、怖すぎた。
今日、史奈さんは仕事を休み、今頃は部屋に籠り本気モードで作業中。
学校のエリアからネットに発信される情報を根こそぎ漁っているらしい。
祝電を見つけたら俺に届けてくれるよう頼んだまではよかったが、一緒に付いてくる個人情報が細かすぎて俺の腰が引けている。ミナポの退廃生活ヤバい。
いったい何をすれば、ここまでの事が出来るのか。
「底引き網漁みたいなものね。爆弾使った方が楽なのだけど」
朝食をモリモリ食べながら不穏な説明をいろいろしてくれたのだが、まったく理解が及ばなかった。
ただ、漁獲高は十匹くらいの予想だと言っていたのを、「なかなか網に掛からないんだね」と勘違いしたら、「一匹たりとも逃さないから」と噛み合わず。
目立つ魚が十匹もいれば千匹程度の群れなんて簡単に動いちゃうから。
史奈さんに言われて得心したが、マーケティングの視点で俯瞰すればなるほどその通りだった。
大半の生徒が安心手軽に楽しめるネタとして弱い行人を貶めていたと思い込んでいたのだが、実はごく少人数が大量に垂れ流す行人の悪評を多数派と錯覚して同調効果を生み出していたということ。
それら騒がしい魚を陸に上げてしまえば、当面は静かになるはず。
おお、派手に転んでら。
勢い余って壁に激突してるやつもいる。
あっという間に、見事な反省コーナーの出来上がり。男女学年入り乱れ正座する横一列。昭和の学校はだいたいこんな感じだったからな。ベテランの先生には懐かしい光景だろう。
周防弟が張り切って動画撮ってるんだが。
謝罪の言葉?
要らんてそんなもの。
史奈さんは俺に祝電を届けることを嫌がっていた。それはそうだろう。息子が傷付くような言葉をわざわざ本人に届けるような酷い真似を喜ぶわけがない。今も史奈さんは涙を流しながら作業を続けているかもしれない。
手元にある情報をひとつ晒すだけで、子どもひとりの順調な将来をへし折ることができる。
心を鬼にするとは、そういうことだ。
そんな、史奈さんの心に傷が残るようなことを、この俺がさせるわけがない。
だからこそ、俺は無理を頼んだ。
「母さん、獲った魚を捌くのは俺にやらせて欲しい」
今夜は新鮮な刺身で豪勢にいこう、なんて冗談まで言ってな。
さて。魚を締めるなら大吾に頼みたいところ。
だがあれらは美魚ではないからヤツは来ない。
仕方がないので、一匹ずつ俺が首根を押さえて血抜きならず赤黒な血の色が抜けるまで恐怖を植え付けてやろう。などと考えていた。
ついさっきまでは。
演壇に向かう俺の腕を掴んだ彼女の不安そうな顔が、家の玄関で俺を見送った史奈さんの表情と重なった。その時ふと疑問が湧き出てきてさ。
この仕事は、誰を幸せにするためなのか。
いつだったか、酔って気の大きくなった俺が部下に嘯いた文句が頭をよぎったんだ。
———— 誰も幸せにならない仕事にコストを掛ける意味なんかないんだよ
二人に本気を決意するコストを払わせておいて、俺の仕事はこれでいいのか。
成功経験にしがみつくジジイどもと同じ思考になっていないか。
次善、セカンドベストに慣れすぎてはいないか。
俺が欲しい結果はなんだ。
それはわかっているはずだ。
そのための解決策が俺の中に無い。
ならば、どうすればいいか。
若いやつらには当たり前のように言っていたこと。
先達に学べばいい。
ほら、あそこでパイセンと同じように腕組みをして俺をじっと見据えている。
ほぼ二回り歳下の、頼もしい先輩が。
俺の裁き、もとい捌きを言い渡す。
「健康に長生きしたければ、明日の朝から俺達と一緒に走ること」
無反応。
紫色の霞がかかっている。
スピーカーから出た俺の声は十分によく響いたはず。
正座している連中は話を聞く態度がなってない。
ガタガタ震えてたり、泣いてたり。
心の耐力がなさすぎなんだよ。
やっぱまずは体力よな。
「返事は?」
ばらっばらに弱々しい声が返る。
やむなしか。ここは俺が代わりに頼んでやる。
「杉田健先輩。ご指導、よろしくお願いします」
「オレにまかせろ!!」
声でか。
背後に炎のオレンジそのまんまが揺らめく。
杉田Bへ丸投げ成功。
他人の悪口なんぞ考える余力は全て無限地獄へ吸わせればいい。
お前たちの心の矯正は俺の喜びだ。
小宮山、お前は喜びすぎ。
———— 無事終わったよ。助かった。ありがとう。
その場で手早く史奈さんにメッセージを送り、一礼をして演壇を降りた。
その他大勢のみんな、おいてけぼりにしてスマン。




