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小っ恥ずかしいにもほどがあるぞ


 ああ、しんど。

 やっと今日のミッションがひとつ片付いた。

 このあとは授業が二コマあって終了。

 半日とはいえ、まだまだ長いな。


 舞台袖に立っている、唇を固く結んだままおかんむりの彼女の方へ向かう。


 何から話そうか。

 どこをガードしておこうか。


 妙案は浮かばず、かといって切羽詰まった気分にもならず。たった三日ぶりだというのに訳もなく懐かしい感覚が面白くて思わず顔が緩んでしまう。


「うおっ?」


 全校生徒に始業式の終了を宣言し解散を促したヤンキー先生が、マイクを握ったままもう片方の手でオレの襟首を掴んだ。

 やっぱ逃してはくれないか。

「お前はあっちを片付けて来い」

 正座組の方に顎先を向けて指示された。なぜか全員立ち上がる気配がなく、周防弟も困惑気味。ほっとけばそのうちに戻りますよと言いたかったが、報道陣を前に黒澤が苦労していそうな気配だったので、引っ張られるまま向かうことにする。


「えっと、あとで!」

 彼女にはその一言を投げるだけで精一杯になってしまった。


 黒澤へカメラとマイクが向く中、学校と教育委員会は生徒の自主的行動を尊重した上で教育指導の是正をはかっていく方針だと、それっぽく中身の無い受け答えを続けている。

 今朝のホームルームと同じく鋭い眼光を返しつつ、つまらない質問は受け付けない雰囲気を滲ませているから大したものだ。


 誰よりも黒澤自身が俺に「何を考えているんだ」と問い詰めたいだろうに。

 そう思って俺は隣に立つ。

 すっかり顔馴染みになった記者が多い。


「ユキト君! あの祝電って、いったいどうやったの?」

 教育分野よりイリュージョンの方に興味を隠さない。

「簡単です。既に学校の中には、僕の味方をした方が安全だと考える人が大勢いるということですよ?」

 チャットグループの中で悪意ある書き込みをリークすることで自分は罪から逃れようとする、いわゆる司法取引に似た動きがあることを匂わせた。


 大嘘だけどな。

 母が凄腕ハッカーなんつう設定よりはよほど真実味があると思うんだが。


「どうして彼らへ一緒に走ろうなんて言ったの?」

「母を安心させるためにどうしたらいいか考えたらこうなりました」


「お母さんを? どういうことかな?」

「あの事件から今もなお、一番怖い思いをしているのは母なんです」

 俺は慣れっ子のようにマイクへ近づき、語り続ける。


 自分の手の届かないところで知らない誰かが息子を傷つけている。見えない、知らない存在はすごく怖いです。なら、僕の方からあの人たちと関わって、僕が知って、それぞれがどんな人なのかを母に教えていこうと思ったんです。


「それだと、お母さんは余計に怖がらないかな」

「母は見える相手にはとても強いので。それに、ダメだと思ったら退場してもらうだけですし。ここにいる皆さんはよくご存知でしょう?」

 マイクを握っていた記者の腕がやや下がった。


 初期の報道陣は今の倍くらいの規模だった。

 ネタに飽きたというのもあるだろうが、大半は俺が心をへし折って退場させた。

 彼ら自身、退場者の無惨な姿を知っているし、謎の圧力に警戒しながら、盛らない報道で無事を得ている自覚はあるだろう。


 正座組の前に杉田Bが居た。

 ひとりひとりのクラスと氏名を確認しながら立たせている。

 周防弟の女子の扱いが秀逸。どうすればあんなにさりげなく肩に手を回せるようになるんだか。俺がやると一発アウトなんだが。

 任せきりも悪いかと一礼して離れようとすると、


「今度の生徒会長さん、美人で優しそうでよかったね」


 余計な一言を挟むやつはいつでもいるもんだ。


「はい。とても尊敬しています」

『命刈られたくなければ素材は消しておけよ』


 続けて唇を動かすと、カメラを握るオジサンたちが顔を真っ青にして棒立ちになった。一帯が紫色へ変化。顔だけ色が混ざって青紫、なんてな。


「くれぐれも、『美少女』なんて軽薄な言葉は持ち出さないでくださいね?」


 そこまで言って黒澤へ引き継いでもらう。

 俺を背後から見守るていで表情こそ保っていたが、汗が一筋頬を伝っている。

 もしかしてこの男も選別眼持ちなのだろうか。

 だとしたら、あとで修行の仕方とか伝授してもらおう。



「すみませんでした。こんな事に巻き込んでしまって」

「何を言っている。俺は長嶺の強さに感動したぞ」

 杉田B、俺の胸に拳を当てて、めらめらと燃える瞳を見せてくる。


 まさにこれは俺の思い描いてきた理想、むしろ他の誰にも任せたくない仕事だ、感謝しかない。と、開きかけていた扉を俺が全開にしてしまったらしく、観測史上最大規模の全身全霊が発動している。


 今年受験あるんだからね。

 朝だけだからね。

 家庭訪問とかしないからね。


 最後の一人が立ち上がり、よたよたと歩いて去って行った。

「それにしてもすごいですね。そんなんで名前と顔を記憶できちゃうんですか」

「いやいや。雰囲気だけさ」


 杉田Bの『雰囲気』は侮れない。


 この昭和少年、外面の変化は見ていないに等しいほど疎く、内面の変化には不必要に鋭い。今になって思うのは、もしかして天然の選別眼持ちなのではと。


 最初の頃は「長嶺は人が変わったようだな」を連発されても聞き流していたが、今日は髪型を変えた俺を見ても「いい事があったようだな」と中身を見透かすような感想が一言目に出てきたあたり、『雰囲気』でしか人を見ていない気配がある。


 いい事があったから髪型を変えたなんて発想もあるだろうけども、そもそもが、生徒会長が抜けて副会長が会長に上がる、程度の単純発想しか持たないからな。頭が弱いと言いたいわけじゃなく、勘繰るということを全く知らないんだよ。

 なにせ、わからなくなれば「一緒に走ろう!」だからな。


「雰囲気って色とかで見えたりするんですか?」

 ダメ元で尋ねてみる。

 今までそんなことを問うやつはいなかったのだろう。

 どう答えたものかと考えている。


「色、ではないな。相手の顔を見ると、頭の中で別のイメージが浮かぶ」

 イメージとは具体的なのか。


「そういえば今朝は俺に会うなり、いい事があったなって言いましたよね?」

「ああ。あれは、頭の中でお前が小躍りするもんだからな」


 驚いた。

 選別眼よりも具体的に見えたりするのか。


「小躍りって、いじめられっ子が復帰初日で緊張してたんですけどね」

「はははっ。俺はいい加減なやつだからな」


 いい加減すぎる。

 それじゃ妄想の類だろうが。

 ただの人間相手に期待しすぎたか。


「そんな緊張より楽しみな事があるのかと、てっきりな。はははっ」


 一瞬、彼女の笑う顔が浮かび、心の底から動揺した。


 まさか、そこまでじゃないだろうと自問自答がしばらく続く。

 同時に、杉田Bが死神に憑かれてたりしないか警戒するも、黒澤がこっちを一切気にしていないあたり、真の天然物なのかもしれない。


 マジで、杉田Bの『雰囲気』は侮れない。

 つったって、俺、そこまでじゃないだろう?

 小っ恥ずかしいにもほどがあるぞ。


「それでその、長嶺。ついでに聞いてもらいたいんだが」


 急に困ったような、不安がるような、浮かない表情へ変わる杉田B。普段見せることのない顔が珍しすぎて、俺の内向きになっていた思考が中断した。


 胡乱な目を体育館から出ようとしている記者連中へ向けている。自分の姿もテレビに出てしまうのか、なんて気にする人ではないはずなのだが。


「あの人たちがどうかしましたか?」

「雰囲気がな、良くないんだ」


「仕事柄、そう感じられてしまうことも多いでしょうね」

「そうじゃなくてな。つまりだな、何か、居る気がしてな」


 どん、と床を鳴らしてオジサンが派手に転んだ。

 スリッパが滑ったのかと思えば、全く違うところに目が止まる。

 首に、極太い、真っ黒いゴムが巻き付いている。


 オジサンはぴくりとも動かず、異変に気付いた同僚が慌てて駆け寄る。ほぼ同時に動いた黒澤の対応が速かった。迷わず首とゴムの隙間に手を突っ込み強引に引き剥がそうとする


 ゴムと思ったが、その引っ張られる様子を見て印象が少し変わる。ぶよぶよと液体を皮膜で覆ったような物、まるで水風船のようだ。一箇所掴んで引いても皮がつっぱるだけでびくともしない。それでも黒澤は慣れ事のように慌てることなく腕を忍び込ませ、オジサンの背中を膝で押さえると、腰を捻る力で黒いやつを引き上げる。


 そこまでの力でもってやっと首回りから離れていく。

 そして、しつこく首から離れない部分を見せられ、得体の知れない無機物と思い込もうとした俺の現実逃避が終わった。


「歯があるのかよ」


 獣のように牙があるわけではなく、サメのように鋭いわけでもなく、きれいに揃った人間の歯そのものにしか見えない。浮き立つ白さが不気味だ。

 そのまま力づくで引き剥がせばオジサンの首筋が千切れてしまう。しかし黒澤は全く躊躇がない。止める間も無く離し切った。


 スプラッターなシーンを覚悟したがそうはならなかった。

 黒いやつが食いしばる歯に引っ掛けているのは肉片じゃなく、半透明な、尾ひれのついた、びちびちと暴れる、


「魚!」


 え、なんで?


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