俺に厄介押し付けんな
俺の命を終わらせる宣告。らしい。多分。
もわっとした不快な空気を感じるだけだ。
精霊に気を取られていた黒澤が、思いもしない方向から聞こえた声の主を二度見して慌てている。
ウッドデッキに倒れていたはずの店主とデカい爺さんの切り身がいつの間にか消えて無くなっているのだから無理もない。
俺は期待に応えないことを、静かに力を込めて宣告返しする。
「俺もさっきまでこの命は閉じた方がいいと思ってたんだけどさ、気が変わった。諦めろ」
何せ責任あるもんで。
一瞬、店主が僅かに膝を崩しかけたように見えた。
警戒して機を見計らっている。
俺の宣告が効いてしまったのなら、それは死神にとって残念なことだろう。
そう言えば、精霊を出してやったのに源五郎は姿を見せてこない。
やっぱり勘付いて噴水の方に行ったな。
もとより仲間意識なんてものは無いのか、あるいは見捨てたか。
ふと、ムシが大量に降る校庭で酷くつまらなさそうにしていたスグルらしからぬ源五郎の表情が思い浮かぶ。
こうして成り果てた死神を眺めていると、同じ気持ちではないにしろ、虚しさを感じる。きっと今もまた、向こうで同じ顔をしているのかもしれない。
「ユカリとモルスの手駒に宣告が効かぬのは、やはり貴様の仕業か」
不愉快の原因をまとめて手近な人間の所為にするあたり如何にも年寄りらしい言動だが、それよりも死神の宣告から他人を守る術があるような口ぶりの方が気になる。
あと、モルスの手駒とは。
「そうです。この人の方が貴方よりも強い宣告を扱えるという単純な話です。その程度もわからないから、私を手駒などと間違えるのですよ」
お前か黒澤。
てか適当なこと言って煽ってんじゃねえぞ。
「おい。俺に厄介押し付けんな」
「それは私のセリフですっ。いいから早くその精霊を戻してくださいよ!」
「戻し方知らんし。それにコイツ、まだ腹減ってるみたいだぞ?」
漫画みたいにオデコの血管浮かせて怒るやつ初めて見たよ。
お約束であるムシの大群が間も無くご到着されると。
精霊が大型になるほど遠くのムシもいらっしゃると。
だから前回の比じゃないと。
毎度苦労が多いな。頑張れ。
しかし、あの赤黒い雨に降られるのは勘弁だな。どこかへ避難せねば。
「仕事の注文は入ってるの?」
「とっくに大群の処分を任されてますよ。あとその精霊も……、待て、すまんもう一度言ってくれ。……本当に間違い無いのか?」
黒澤がインカムから割り込んで入った報告に気を取られる。
こちらを睨む店主を凝視しながら、インカムの通信相手に念押しをしている。
頃合いだ。
「綾乃さん、お待たせしましたー」
軽く声を掛けるや否や、ガキンと鈍い金属音を立ててお姉さんと死神の大鎌同士が激しく衝突する。
相当にストレスが溜まっていたのか、形振り構わない力任せの連撃であっという間に店主の身をテラスの隅にまで追いやった。そこからも息つく暇を与えない攻防が続く。
やはりプロの格闘は別格だと興奮気味に観戦していると黒澤が水をさしてくる。
「勝手に部下へ指示を出さないでください」
「奴の処分に値が付いたんだろ?」
「オウジンの正体を知っていたんですか!」
「さっき、あの世でユニムから教わった」
「……。もうあの世へ帰ってくださいよ」
「いやあ、俺、責任あるもんで」
今にも殴りかかってきそうな形相の黒澤だが、まだ俺に寄り掛かっている精霊が気になって手が出せない。
ゼレをねだるコイツはコイツで散々自分を甚振った死神が近くにいて、ムシの大群も押し寄せて来るというのに全く呑気である。
寛大なのか、危機感の欠如なのか、余裕なのか。俺は余裕の方に賭けてみるつもりだ。
「お姉さんも余裕で強いな」
うら若い女性が大鎌を振るって老人を襲う光景は、シュルレアリスムの体現というか俺の営業倫理に反するというか普通にアウトなんだが、余計な口出しすると今度こそ俺は真っ二つにされそうな予感がするので控える。
「ええ。でも健全な死神だったならやはり敵わないはずです」
健全でない死神。
ユニムの言い方は違った。
———— そのこと上司は?
———— 恐らく、忘れていると思います
———— 忘れるって、どういうことだよ?
———— 忘れるとは、記憶から消える、
または思い出せない状態です
———— へえそうなんだ説明感謝する
で。上司が忘れる理由を、小学生もわかるよう
二十文字以内で答えよ
———— ええと、その拳は下ろしていただけると……
理由は恐らく、
我が主人は蟲に成りきってしまったからです
あの上司はクソムシだと言うための比喩ではない。
既に上司は死神ではなく、ムシになったと言ったのだ。
かなりの古株であろう事は察しがつくので、ごはん中毒からムシになったとしても不自然ではないのだろう。ただ、これまでの経験で見てきた限り、アレは俺の知るムシじゃない。
それに、同族の、しかも直属の部下という近い存在が「恐らく」と断定しないことの違和感が強すぎる。
ユニムへなぜ推測なのかを問うと、その答えはシンプルで厄介な事実だった。
「幻惑? あれが?」
黒澤がお姉さんの格闘を見守りながら、その相手の本質を知って驚く。
「ムシになっても生きてる限り幻惑は続くんだとさ」
死神であるユニムも自分程度の階級では判別がつかないのだそうだ。人間の黒澤が気付かないのも当然だ。
「ちょっと待ってください。すると、死神オウジンは自分自身に幻惑を……」
「かなり前から、自分がムシへ変化しているのを他の死神に悟られないよう続けていたらしい」
だいぶ混乱しているというか、困惑しているようだ。
黒澤から見てもこれだけ知的に行動するムシは例外なのだろう。
それに、源五郎はオウジンの事実を知っているのかとか、このままお姉さん一人に相手をさせていいのかとか、考えてもわからない事が頭の中で無限ループしているに違いない。
素人の俺からすれば、死神のモノマネが得意なムシがいるんだなあ程度で片付けてしまう問題なのだが。
悩む仕事は黒澤に任せ、俺はテーブルに横たわる由香里を持ち上げる。「善、店の中へ入るぞ」と軽い宣告を使い、白昼夢の我が息子に美羽を抱かせたまま立たせ歩かせる。
カフェレストランの中に他の店員は居ない。たった一組のための貸切だったので店主一人で切り盛りするつもりだったようだ。
壁際にあるソファ席に由香里を寝かせる。美羽も一緒にと思ったが床に落ちそうで心配なので、善に美羽を抱いたまま椅子に座ってもらうことにした。
勝手に付いてきた精霊は図々しくもソファ席に飛び乗って背を丸め眠る気満々。
「お前を食うために世界のムシさんが大集合なんだよ。ここに居座られたら意味ないだろうが」
精霊をソファから引き剥がすように抱え上げる。
思ったほど抵抗しない。俺の顔に向かって突然くわっと口を開けるのでかなりビビったが、単なるあくびだった。
「今わざとやったろ?」
満足そうな顔をしやがる。腹立つ。
再びテラスへ出ると、大鎌を肩に担ぐお姉さんが黒澤の方へ向かって歩いているのを見つけた。
鎌の先端には胸を貫かれた店主の体が引っ掛かったまま揺れている。
ぶらりぶらりと。まるで今日の狩りの成果を持ち帰るように。
何者よりも死神らしく見えるのは俺だけだろうか。
冗談も言ってられない。一般人を巻き込んだ最悪の結果だ。
俺は小走りで黒澤のもとへ向かう。




