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ふたりのハートが世界を揺らす~We Will Rock You~

 ライトが口ずさむ。アイの耳がそれを素早く拾う。バンドメンバーたちに合図する。サイコーの笑顔で、親指を立てる。


 こうなったら会場全部を巻き込んで、大地を揺るがすあの曲だ!


 アイとライトは頷き合い、他のメンバーと目配せをしあった。心の中でカウントを取る。


 息を合わせ、ドンドン、と床を大きく踏み鳴らした。そして、手拍子。


 つめかけた連中が、ざわめきだす。ほとんどの奴らが気が付いていた。「人々」や「方々」ではなく、ましてや「皆様方」とかでもなく、最高の親しみの情をこめ、「奴ら」と、敢えて呼ぶ。


(やばい、これマジでやばいやつだ。じっとしているとかムリなやつだ!)


 ドンドン!2回足を踏み鳴らして、手拍子ひとつ。繰り返す。この音このリズム。

 それは、水面に広がる波紋のように、すみやかに周囲に伝播していった。


 気がつくと、その場にいる奴らが、すべて同調していた。

 お見合いカップルも、不倫カップルも、狡猾な政治家も、強欲な商売人も、ヤバい系のお友達も、取り巻きのメンズや、中居に紛れ込んでいた凄腕の刺客も。


 床が揺れ、壁が震え、建物がビリビリと揺れた。

 屋根の上で日向ぼっこをしていた猫も、慌てて飛び降りた。


 熱気を帯びた空気が揺れ、ふくらみ、やがて破裂して、外へ外へと広がる。

 通りすがりのサラリーマンや主婦、学校をさぼってプラプラしていた学生、さらに、宅配ピザのアルバイトや、職務中の警察官を、特別な空気が包み込んでいく。

 空き巣に入ろうとしていた泥棒も、窓を割りかけていた手を止め、生垣を乗り越えて群集に紛れた。

 はす向かいの寿司屋で、床掃除もまともにやれない弟子を叱ろうとしていた板長も、弟子の首根っこをつかんで暖簾の外に出てきた。

 不在表を書き始めていた宅配業者や、夜のお勤めに出かけようと化粧もりもり、ヘアスタイルもりもりで出てきたオネエチャンや、いろんな奴らが皆、息をひとつにし、足踏みをし、手拍子を打った。

 

 ひとりひとりの足踏みが大きな塊になり、地響きとなり、地面をゆるがせた。

 陽炎のように立ち上る熱気。ひとつになる空気。ありあまるエネルギー。


 頭上の雲の中から、風神と雷神が身に後光をまといながら登場し、大きな袋からびゅうびゅうと風を起こし、ぐるりと背負った太鼓の連打がごろごろと雷を鳴らした。

 ひらめく雷鳴。雷鳴はやがて竜となり、熱狂するやつらの上をうねりながら横切って、また雲の中へと消えていく。


 ライトはシャツに手をかけると、自らの手でそれをはぎ取り、群集に向かって放り投げた。

 いつの間にか、ライトのファンになっていた訳ありカップルとお見合いカップルがそのシャツを奪い合っている。


 ライトはマイクを握りしめると、テーブルにドンと片足を乗せた。待っていたこの瞬間。


 空を切り裂き嵐を呼ぶほどの情熱を込めた、魂のヴォーカルが始まった。その声は熱波のように、この場にいる連中を燃え上がらせ、さらに高揚させた。


 そして、誰の耳にもこびりついている、あのフレーズ。


 ライトの瞳は燃え盛り、もはや火炎放射器のように、その場にいあわせたやつらを舐めまわした。そして煽った!


「singin’!」


 ライトが叫び、詰めかけた人々が声を合わせた。この一体感。ますます胸が熱くなる瞬間。

 足音とシャウトが一体となり、今や町全体を揺るがせていた。


 この場所から何キロか離れたスタジアムでは、今まさにサッカーの試合が行われていた。

 観客の声援を受けながら、ひとりの選手が、神がかったドリブルで五人抜きを演じていた。さらに、彼に向かって突進してきた相手チームのディフェンダーを、トリッキーなフェイントで出し抜こうとしていたところに――。


 この揺れが、来た。


 この時の彼は、つま先で軽く、ボールにタッチして方向を変えようとしていた。

 それが、唐突にやって来た、この尋常ならざる揺れのせいで、思いのほかに強く当たってしまった。


(あっ)

と思っているうち、ボールはころころと転げてゴールラインを割ってしまった。


 ディフェンダー、ゴールキーパー、どころか攻撃を仕掛けた彼自身も、ポッカーンとなった。いや、控えを含む、両チームのメンバーもまとめてポッカーンとなった。観客も、レフェリーも。

 止まった時間を先へ進めるかのように、我に返ったレフェリーがホイッスルを吹いた。それが引き金となり、場内は割れんばかりの歓声であふれ返った。


 実はこの日、彼の妻が第一子を出産していた。試合に出るため立ち会うことができなかった彼の元に、写メ付きのLINEが送られてきたのだった。

 しわしわの真っ赤な我が子が目をつぶっている。一緒に映っている妻の笑顔は、まるで女神のように神々しく美しかった。

 彼は心に決めていた。絶対に得点してやる。命がけで出産に臨んでくれた妻のため、元気に生まれてきてくれた我が子のために!


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!しゃぁらぁっ×◆♪☆¶〇!!!!」


 両手をぐっと握りしめ、腹の底からこみ上げる咆哮は、もはや何を言っているかも分からない。そんなこと、どうだって良いのだ。

 自ら得点した彼は結婚指輪にキスをして、そのまま拳を天に突き上げた。

 味方チームの選手たちは、みんなで揺りかごのポーズを取ってお祝いをする。

 観客は敵味方なく、彼に温かい拍手を送ったのだった。


 また、別の方角に何キロか離れた球場では、野球のデイゲームが行われていた。ただのゲームではなかった。

 選手たちは、いつも以上の緊張感と責任感、それ以上に闘志を隠さなかった。

 観客席で見守るファンは、手に汗握り、あるいは祈り、あるいは涙が溢れそうになるのを堪えながら、試合を見守っていた。


 最終回の裏、2アウト、満塁。点差は3点のビハインド。


「選手の交代をお知らせいたします」

 ウグイス嬢の声に、ファンたちはどよめいた。


(来るか!?来るよな!?)


 そして、期待を裏切ることなく、代打として、一人の男がバッターボックスに立った。ファンたちは皆、この選手の登場を心待ちにしていたのだった。

 試合の後半になっても、代打の切り札を登場させない監督に対し、苛立ちブーイングしたことも、今となっては昔の出来事。割れんばかりの歓声で彼を迎えた。


 バッターボックスに入った彼は、ヘルメットをひと撫でし、右手の指先をこねこねする、というルーティーンワークを一通りこなしてから、グッとバットを握った。その気迫に満ちた眼差し。

 相対するピッチャーは、抑えの切り札。どんな状況でも動じない鋼の心臓の持ち主だった。

 それなのに、目の前に立つベテランバッターの、並々ならぬ闘志にやや気圧されてしまった。逃げ腰の球がそれ、ボールが先行する。

 しかし、負けてなるものかとピッチャーのプライドが再燃。


(こいううシチュエーションだからこそ燃えるんだよ俺は!)

とばかりに、直球をぶん投げる。バッターはフルスイングするもバットは空を切った。たて続けのストライク。

 しかし、気迫が薄れることのないバッター。昔のスポ根みたいに、瞳から炎がメラメラと燃え上がっている。

 ピッチャーはまた球を逸らしてしまう。バッターは冷静に選球する。

 そして気がつくと、最高の舞台が出来上がっていた。


 2ストライク、3ボール、2アウト、満塁――。


 直球で勝負するか!?

 変化球で惑わせるか?


 女房役のキャッチャーのサインに頭を振り、そして、頷く。ピッチャーが選んだのは、空を切り、芝生を焦がすような、炎のど直球だった。


 カキィン!


 バッターが打ち上げたボールは、チームメイト、観客が祈りながら見守る中、大きく弧を描いて伸びていく。

 しかし、結果を見るまでもなく、ため息がこみ上げてきた。

 球は、フェンスギリギリのところまで伸びた。いや、それ以上には伸びそうもなかったのだ。外野手はボールの落下地点を見定めて、グラブを掲げ、待っていた。


 そのタイミングで、揺れが来た。


 すると、ボールは外野手のグラブに当たって弾かれた。


「うそ!」

と言う間に、そのままスタンドに飛び込んでしまった。


 奇跡!場内割れんばかりの歓声。ファンは総立ちになって、ダイヤモンドをゆっくりと走る選手を見つめた。それはまるで、グラウンドの感触を味わうかのような、胸を打つ走りだった。そして、ホームベースで待つチームメイトの元へと戻って行った。


 実はこの日を最後に、引退を決めていた彼の、代打としての晴れ舞台だった。

 自らの手でサヨナラ逆転満塁ホームランを放ち有終の美を飾った彼に、敵味方なく惜しみない拍手が送られたのだった。


 そして、こんなアクシデントが起きているとはつゆ知らず。

 例のお見合い会場では。

 沈黙を貫いていたアイのギターが、ついにその時が来た、とばかりに唸り声を上げた。

 会場がどよめき、歓声があがる。


 ライトのヴォーカルとアイのギターが相乗効果でさらに周囲の温度を上げていく。飛び散る汗、こらえきれずに突き上げる拳。

 この時、アイとライトはお互いに背中合わせ。しかし、同時にこう思った。


「お前、サイコーだな!」


 ふたりは結婚を前提に付き合い始めた。


初恋同士のロックンローラーふたりは、次のステージに進む……(らしい)!

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