場もわきまえずに突然に始まるギターソロの嵐
(いける!)
アイの顔が喜びに輝くのを見て、ライトは嬉しくなった。きっとまた会ってくれる。そして、弾いてくれる!そんな予感に打ち震える。
だから、ライトはテンションに任せて言った。
「はい!ぜひ、聴かせてください!」
その瞳がピンスポットライトを食らったみたいに、強くキラめいた。彼の瞳にうつる、アイもまた、同じくらいに瞳をキラめかせて、こう返した。
「ほんとに?ほんとに、聴いて下さるんですか!?」
彼女の両手がテーブルの縁をつかんでいる。彼女の瞳が喜びに満ちている。
ライトも両手でテーブルの縁をつかんで、お返事のお手本かってぐらいにハッキリと言った。
「はいっ!」
次の瞬間――。
パンパン!
と、アイが手を叩いた。
(え!?なになに!?なんの合図!?)
ライトは、思わずアイを見る。アイは今、まっすぐな強い目で、はるか彼方を見つめている。
(あれれ?さっきと全然ちがう!なんか目つきが鋭いよ?)
ライトに走る動揺。
スパァン!!
勢いよく、襖が開かれた。ライトの視線の先、つまり、アイの背後で。
松竹梅を背景に、一富士、二鷹、三なすび、が描かれた、まことに縁起のいい襖だった。
襖の向こうも、同じような作りの和室になっていた。
そんな隣の間に控えていたのは、白いTシャツにジーンズの、シュッとした若者たち数人だ。みんながみんな、前髪厚めだったり、刈り上げツーブロックだったり、おしゃれっぽい髪型をしている。
Tシャツの胸には、勢いのある筆記体で「STUFF」。
とっても分かりやすいタイプのスタッフTシャツだった。っていうか、何のスタッフだ。
(っていうか、あなたたち誰!?いつからいたの!?)
訳が分からず呆然とするライトの前で、アイはさっと立ち上がった。
そして一陣の風。
風を巻き起こしたのは、彼女が振袖の中から、勢いよく取り出した1本の長細い白布だった。
それをシャッと宙に躍り上がらせたと思ったら、くるくるくる!と見事な手つきで、たすき掛けにした。呆然と見惚れるライト。息をつく暇さえ与えない。
そんなライトにウィンクを送るアイ。先ほどまでの、恥ずかしがりで可愛い女の子のイメージは、どこかに行ってしまった。
アイのウィンクに射抜かれたライト。さながら、腕のいいスナイパーの如し。
アイが片手をすっと横に出した。彼女の白い手。長く細い指にライトは釘付けになる。
すると、隣の間で控えていた若者のうちのひとりが、おもむろに入室してきた。彼の手には1本のエレキギター。炎のような赤いボディが目に染みる。
(え?え?なになに、何が始まるの?)
ライトが超高速の瞬きをする。
若者がアイの手にギターを渡す。アイはギターを受け取ると、流れるような動きでストラップを肩にかけ、いつの間にか右手に持っていたピックで弦を弾き、音をチェックした。そして、ひとつ、頷いた。
若者も、親指を立ててから隣の間に戻って行った。その間、言葉のひとつも発しなかった。
(言葉なんか、なくったって分かってんだよ!)
という空気が漂う。強い信頼関係が垣間見える。
今のライトは、ただ固唾をのんで、アイを見守ることしかできない。ただ、胸が高鳴るのを感じていた。
何かが始まる――。
ひしひしと伝わってくる、彼女のただならぬ気迫!
突然、部屋の照明が落ちた。
(停電?)いや違う。
直後。パァッと光の筋がひとつ、アイの頭上から落ちてきた。スポットライトだ。いつの間に、誰が仕込んだのか等は考えてはいけない。彼女の表情がくっきりとした陰影を描く。それは物語の始まりのよう。しかし、おそらく、優しいストーリーではない!
アイが深く息を吸う。目を伏せる。着物姿の彼女は今、気迫に満ちて立っていた。
心の中でカウントをとる。すべての音が遠ざかっていく。無風の湖のように、心が静まる瞬間が訪れる。
(今だ!)
アイの目が、カッと見開かれた。彼女の右手が鋭く振り下ろされ、指先のピックが弦を切り裂いた。
全ての弦が激しく振動する。
その振動が、稲妻のようにシールドを駆け抜けていく。
アンプによって増幅されたそれは、膨れ上がり、スピーカーから溢れ出してきた。
静寂を一瞬にして切り裂いた、胸に突き刺さるようなサウンドだった。
音は空気をビリビリと震わせ、障子がガタガタと音を立てる。
廊下を歩いていた中居さんは、驚いてお盆の上のあんみつを引っくり返しそうになりながらも、意地とプライドを見せて、盛り付けのひとつも乱すことなくすまし顔。
それを見ていた外国人客がワーオ!ワンダフォー!と大喜び。みんな!彼女すごいんだぜ?マジかよ!みたいなノリで友達が集まってきて、中居さんを囲み笑顔で記念撮影。「SUPER NAKAI!」とかなんとかでSNSにUPしちゃったり。いいねしちゃったり、シェアしちゃったり。
彼女のサウンドは、ライトの心の真ん中に突き刺さった。それはたしかな手ごたえ。アイはライトの瞳を見て、そう直感した。
彼女の手は休むことなくギターを掻き鳴らした。それは、ただひとり、目の前にいるライトという愛しい人のための音――。
彼女の指がまるで生き物のように、弦の上を駆け抜ける。目にもとまらぬ速弾きだった。それは草原を駆け抜けるチーターのように。疾走感に溢れ、自由で、美しかった。
あるいは、ギターと情熱の語り合い。関西のベテラン漫才師の、円熟かつスピーディな掛け合いのように。
ライトが覚えのあるフレーズがいくつも盛り込まれていた。これはアイのアドリブでありながらも、ライトの好きな年代のスーパーギタリストたちへのオマージュでもあった。
もさもさの長いパーマヘアのあの人、ヘンテコなハットをかぶったあの人、私立小学校の制服みたいな恰好のあの人……いろいろなギタリストが彼女のギターから飛び出してきて、ライトの前で狂喜乱舞のライブを始めるのだった。
ライトは胸が熱くなった。ますますアイから目が離せなくなった。彼女には愛がある。そして何よりも、誰にも負けることのない情熱がある。
アイの髪飾りがぶっ飛んだ。すかさず、スタッフが駆け寄って拾っていく。見事なチームワークだ。
はらり……と、彼女の長い髪が頬に垂れ、汗で張り付いた。
しかし、そんなことは気にしない。
なんかもう、映画「プラトーン」のワンシーンみたいに膝ついちゃって弾いちゃって。
ギターが吠えている!唸っている!叫んでいる!
歓喜!あるいは慟哭!
情熱のビブラート!激情のチョーキング!
彼女の魂は、強く光る奔流となってすべてを包み、押し流そうとしている。情熱は渦を巻いて膨れ上がり、ガタガタ言っていた障子が枠ごと、ぶっ飛んで行った。
その真っただ中に、ライトはいた。気がついたら、立ち上がっていた。彼のこめかみを、一筋の汗が流れていく。
光の中に彼女がいる。ライトをまっすぐに見つめている。やがて彼女のギターはゆるやかになり、少しのブレイクタイムを挟んだ後、そのサウンドの中から、あるひとつの曲を浮かび上がらせようとしていた。
始まりました情熱のゲリラライブ。想いのつまったアイのチャレンジはどんな化学反応を呼び起こすのか。