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思い出  作者: 大隈健太郎
4/16

   4


 ここに来て、イヨは初めて計佐治に誘われた。

釣りに行くと言われた時は、少し間が空いたが、返事をした。

「は、はい。」

「では、早く寝るようにな。明日の朝は早い。」

「ええ。」

 二人は今日は早く寝るようにした。


 翌朝、朝食を済ませた後、計佐治は棒の先に網のついた釣り道具とナイフを用意した。

「出かけよう。」

 洗い物をすぐに済ませたイヨに声をかける計佐治。

 割烹着を脱ぎ、それから汚れてもいいように別の着物に着替えたイヨは、髪を二つ結びにし、着物にたすきを掛けて計佐治と家を出た。

 外には大家さんがいた。

「おや、お二人でお出かけですか?」

 おじぎをする計佐治。イヨもつられて頭を下げた。

「おはようございます。」

 イヨは挨拶する。それに対して計佐治は言葉少なだった。

「釣りです。」

 ポツンと言う計佐治。

 もっと喋ればいいのにと思うイヨ。

 その場を後にした二人は、海の方へと歩いて行った。


   

 計佐治の歩きは速かった。イヨを置いてどんどん先に進む。それについていくのがやっとのイヨ。歩幅を合わせてくれればいいのにと思うイヨだった。

 なんでどんどん先に行っちゃうの?

 歩いていると、日本海軍の軍服を着た若い男がやってきた。私服の計佐治の手前で止まると、軍人は敬礼した。

「麻生上等兵曹殿!」

 計佐治も敬礼する。

 そして後ろをついてくるイヨにもおじぎをする軍人。イヨはおじぎを返した。

 志願兵だった計佐治は、海軍ではかなりの地位にいるのだ。そう確信したイヨであった。

 一時間ほど歩くと、海に出た。少し潮が引いていて、海面が透き通ったきれいな海だった。沖の方には、おそらく日本海軍のものであろう軍艦が二隻停泊している。そして近くには桟橋があり、小舟が何隻か浮かんでいた。初老の男が番をしている。

 そこまで行く計佐治とイヨ。

「やあ、乗りますか?」

「ああ、一隻頼む。」

 計佐治は小銭を舟番の男に渡した。男は櫂二本を一隻の小舟に乗せた。

「ごゆっくり。」

 計佐治が先に釣り道具を舟に乗せ、自分も乗り込んだ。そして手を出してイヨの手を取る。イヨはそっと揺れる小舟に乗った。ゆっくりと計佐治は舟を動かす。

 イヨは、そう深くない透き通った海の中を見た。海の底が見渡せる。

なるべく浅い所へ来ると、計佐治は持ってきた網を水中に入れる。海の中の岩場辺りにはウニがぽつぽつとあった。計佐治は器用に網で黒いトゲトゲのウニを掬っていった。四つほど集めると、海面に引き揚げる。

「イヨ子、食べたことないだろ?」

 小国育ちのイヨにはウニとは縁がなかったので、彼女は心を躍らせた。

「おいしいんですか?」

「ああ。」

 そう言うと、計佐治は手袋とナイフを取り出した。

「絶品だ。」

 手袋をはめると、ウニを一つ取り出して丁寧に剥き始める。そして中味の黒い部分だけをどかし、海に浸けてウニを洗った。

「もう食べられる。」

 ウニの中身をほじくって身の部分だけを出すと、計佐治はイヨの手の上に黄色い身を落した。初めてウニを見るイヨ。

「このまま食べるんですか?」

「ああ。」

 イヨは潮の香りのする生のウニを口に入れた。爽やかな食感と不思議な味がした。とても美味しかった。

「もっとあるぞ。」

 計佐治はすでに二つ目のウニを剥いていた。贅沢感を感じるイヨ。でも、ここに来て初めての至福の時を過ごした気がした。

 一時間くらいウニ採りをして、採れたウニを二人で舟の上で食べて、ちょっとした冒険をした気分になった。

 やがて陽が落ちる前に帰ろうと、小舟を桟橋まで戻すと、舟を降り、二人は帰路についた。

 相変わらず口数の少ない計佐治だったが、イヨはそれでも今日はいい思いをしたと思った。

「今日は、楽しかったです。」

「そうか。」 

 計佐治は帰りも足早だったが、それでもイヨを喜ばせたことに自分も満足したようだった。

 この日を境にイヨは大のウニ好きになった。



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