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シラミ事件はなんとか計佐治にはバレなかったが、この経験は生涯忘れられないだろうとひそかに思っていた。軽いトラウマである。
イヨは夫のいない間、よくリヤカーで収穫された野菜などを売りに来る朝鮮の人のところまで行き、買い物をしていた。朝鮮の人は日本語が上手で会話が成り立っていた。
そこに、たまに見かける艶っぽい女性も買い物に来た。
「こんにちは!」
女性はイヨに挨拶をしてきた。イヨより少し大人びていた。
「あ、どうも。」
「あなたよく見かけるわね。日本人?」
「はい。」
「わたしは谷崎よ、谷崎蔦子。軍隊にいる旦那がこっちに赴任してきたからわたしも一緒に来てるんだけど、もともとわたしの出身は長崎よ。」
「そうなんですか?わたしは小国なんです。」
「小国って熊本の?あなたも軍人さんの妻なの?」
「はい。」
「なかなか二人の時間って無いでしょう?」
「ええ。」
「ウチのヒトも今日、戻らないのよ。軍人さんの妻ってのはこれだからね。」
「あははは、はい!」
思いがけない出会いにイミは驚いた。
「谷崎さん、でしたね。」
「ふふ、あなたは?」
「イヨです、上城・・・いや、今は麻生です。麻生イヨ。」
「歳はいくつ?わたしは二十歳だけど。」
「まだ十八なんです。ここに来てからまだ一か月くらいで。」
「そうなの?すぐに慣れるわよ、何にもないところだけど、何かあったら相談してきていいわよ。近所だし。」
「ありがとう、谷崎さん!」
イヨと谷崎は意気投合した。そして買い物を済ませると、二人は一緒に帰り道を共にした。そして、途中で道を分かれた。別れ際に挨拶も忘れずにした。
「そっか、わたしと同じ人もいるんだ。わたしの先輩ってとこかな。心強い人だなぁ、わたしももっと、気を引き締めないと。」
七月も半ばに入ると、時間も自由に使うようになった。部屋の大掃除をし、衣類をまとめたり、物を揃えたりもした。そうこうしてるうちに、計佐治が帰ってくる時間も少しずつ早くなってきていた。
そして、そのうちだんだんと涼しい気候になってきた。北の方にいるから、季節にズレがあるのは仕方がないことだ。ここは朝鮮北方の洛山区なのだ。
イヨが出かけて家に戻ると、大家さんがオンドルで部屋を暖めてくれるのが、ありがたかった。おかげで肌寒い思いをすることもなくなった。
イヨが、粗方やることはやってしまって部屋で暇を持て余していてボーッとしていると、音もなく計佐治が部屋へ入ってきて、突然イヨに声をかけてきた。 びっくりするイヨ。
「お、お帰りなさい。早かったですね。」
「休みが取れたのでな。」
計佐治は言葉少なめに言う。
「イヨ子、明日は釣りにでも行くか?」




