八つ当たり
「智弥」
もはや聞きなれた声に呼ばれ顔をむければむっつりとした顔で晴は立っていた。
下駄箱で鉢合わせたのは初めてではないが、朝からこんなにむっつりしている人間を見るのは初めてだ。
つい先日こいつのお気に入りの幽霊を実体化させた時には俺に懇々と頼み込んだことを忘れたかのように、いや実際忘れたのだろう、手のひらを返してさっさと帰れと晴の家から実質的に追い出された。
その次の日はいつもより登校が遅れたかと思えばニコニコとしながら教室に登場し注目を集めていた。
今日は不機嫌とは言わないまでも何か物申したいようだ。
「何かあったのか」
「別に何もないけど…」
無い訳がない。が、大方あの幽霊の話だろうと見当がつく。おそらく本題は昼休みに話すのがいいだろう。きっと晴もはやく質問したい気持ちとそれでも出来ない気持ちの狭間でこんなむっつりした饅頭みたいな顔になっているのだ。
「そうか。じゃあ昼の時に詳しく聞くからその饅頭みたいな顔はやめろ」
「ばっ誰が饅頭みたいな顔だ!」
顔がいいから饅頭みたいな顔だとは言われたこともないんだろう、教室に入るまでツンツンとしていたがドアを開けるときには今までどおり分厚い猫を被っていた。
「で、朝のは何だったんだ?」
階段に並んで腰を掛けてすぐ、俺から話を切り出した。
「実体化した幽霊ってご飯食べていいのか?」
「…」
「黒埼でもわかんない?」
「いや、食べなくてもいいとは思う。けど食べてもいいかどうかは分からないな」
「うーんそっかぁ」
「お前はあの幽霊にご飯を食べさせたいのか?」
「だって一緒にご飯食べたら楽しいだろうなって思って」
「はぁ」
薄々気づいてはいたが、こいつは本当に彼女を幽霊として見ているわけではないのだと改めて思った。普通の人間と同じように思っていて、そういえば幽霊だったなぁくらいの気持ちなんだろう。
「まぁ、ご飯はとりあえず食べさせない方向でいく。なんか変なことになっちゃっても嫌だし」
「それがいい」
もし俺が彼女の立場だったなら、同意なしに実体化させられた時点で十分変なことになっていると感じるだろうが。
わざわざそれを言っても良いようにならないので黙っておく。
「にしてもね、彼女が見れて触れるようになったのは本当に最高」
「そうか」
「でもご飯みたいにその時々でどうしたらいいか分からなくなることもこれからもあるんだよね」
「まぁそうだろうな」
晴は実体化の順序については俺から話を聞いているが、それ以外は何も知らない。俺が聞かれてないから答えてないだけだが、そもそも何が目的で彼女を実体化させたのかも謎だ。そんな状況で彼女の意志も聞かず勝手に実体化に協力した俺も無責任だとは思うが、会った限り彼女なら大丈夫だろうと思ってやった。一度実体化したら永遠に消えることができないわけでもないし。
「その度に、彼女は「智弥くんに聞いてみたら」って言うんだきっと」
「ん?まぁそうかもな」
考えに耽っていると話の流れが少し変わっている。晴が何を言いたいのかいまいち分からない。
「昨日もそう言った」
「そうか」
昨日も、晴も彼女も分からなかったから彼女が俺に聞いたらどうかと提案したわけだ。
「むかつく」
「は」
「俺だって彼女に頼りにされたい」
「それとこれとはワケが違うような気もするが」
こいつは彼女のことになると途端にめちゃくちゃになる。おそらく自分でもどうしようもないことを言っているとわかっているんだろう。
「学校で聞くねって言ったら「あっ連絡先は知らないんだ」って顔してた。多分全然友達いないって思われた」
「…」
俺も晴には友達は全然いないと思っている。人気者だから知り合いは多いだろうが気を許している友達に当たる人間は知る限り無だろう。それはお前が他人と距離をおいているからそうなのであって、事実であるし、俺には関係ない。
「むかつくから智弥の連絡先教えろ」
「別にいいけど」
流れが意味不明だが断ることでもない。これから不定期で朝から饅頭みたいな顔を見ることになるよりも、連絡先を交換してその場で情報のやり取りをするほうが断然いいと思った。
「よし、全然、全然連絡する気ないけど、もし俺が連絡したらすぐに返事しろよ」
「善処する」
俺の返事にいささか不満がありそうな顔をしているが言及するほどでもないと思ったのだろう、ふんと鼻を鳴らして晴はもぐもぐとパンを食べ始めた。
「ごはん、わからないって」
「え?あぁご飯。そっかあ」
私の隣に座った晴が唐突に話を切り出す。
「ちえお腹空かないみたいだし、とりあえずご飯は食べないほうがいいってことになったの」
「そうだね」
智弥くんも分からなかったかぁ。まあでも幽霊を実体化させることもなかなか無いだろうし、ましてやご飯を食べさせようとする人もそんなにいないよね。わからないのも無理はないと思う。
「いつか一緒にご飯食べたいね」
「…そうだね」
私は食べられなくても「ふーん」と思っただけだったけど、晴は残念だったみたいでそっと私に抱きつきながらそう言った。ご飯を一緒に食べるという行為に対して、私と晴の間には大きな熱意の差があるのを感じた。晴はご飯を一緒に食べることに特別なものを感じてるのかもしれない。
「あと、智弥といつでも連絡取れるようになったから。」
「お!やったね」
私の中で完全に晴には友達がいないことになっていたので喜ばしい。自分の子供が保育園に行って初めて「おともだちできたよ!」と報告をしてきたらこんな気持ちになるのかも。幽霊だからもう子供はできないんだろうけど。
「そんなに嬉しい?」
晴がムッとした顔をする、何故かはわからないが私は素直な気持ちを伝える。
「まぁ、わからないことがある度に晴に学校で聞いてきてねってお願いするのも心苦しいからね。その場でメールなり電話なりで聞けると同じ手間でもちょっと気が楽かな」
晴はキョトンとしてからぷるぷる震えたかと思うとさっきとは比べ物にならない力で私をぎゅうぎゅう抱きしめた。
「うー…ちえー!」
「うぎゃ、つよ、ぐるし…」
何がどう彼のぎゅうぎゅうスイッチに入ったのか。
「ちえかわいい!」
「さいですか…」
もう全然わからない。
でも晴が嬉しそうにしてるからまあいいか、と思った。