26話 誓約
【エイダ視点】
森に入り数時間、永遠に続くかと思われたスケルトン達の行進が止まった。
「ここは……? 」
そこは洞穴だった。
中はかなり広いらしい。
「へっ、ドラゴンの巣ってわけかい?」
レヴィンが軽口を叩く。
彼も緊張しているのだ……よく見れば強く噛んだ唇が白い。軽口で自らを励ましているのかも知れない。
出迎えのスケルトン達が現れ、アタシ達を中にいざなった。
武器は取り上げられるかと思ったが、そのままでも良いらしい……アタシ達なんか問題にもされてないのか。
……馬鹿にして。
アタシは内心では腹を立てたが顔には出さない。
無表情を心掛けスケルトンについていく。
洞穴の中は予想以上の空間だった。
水槽の中にはマン・イーティング・プラントが沢山いる……目的地はまだ先らしい。
アタシ達は口数少なく先に進む、すると様子の違う部屋に出た。
部屋の正面1段高い所には椅子がある。玉座だろう。
部屋の脇にはコボルトだろうか、亜人が数人控えている。
アタシ達を連れてきたスケルトンが振り向き、語りかけてきた。
「暫し待て。主がお出ましになる。」
やっとお出ましかい。一体どんな怪物が出てくるのやら……。
スケルトン達が跪いた。
コッコッと足音が聞こえる。
…………
美しい、長身の男が入ってきた。威圧感のある大男だ。
逞しく均整のとれた肉体は仕立ての良い服の上からでも見てとれる。
冬の夜空のような艶やかな黒髪、そして端正な顔立ち……顎に貼り付く無精髭でさえ、男振りを引き立て魅力的だ。
腰にはこの国では珍しい曲刀を佩いている。
……アタシは男の目に強く惹かれた。
黒真珠のような瞳に鋭い視線……見れば見るほどに、匂い立つばかりの男の色気だ。
……なんて、なんて良い男……
自らの腹の下が熱くなるのを感じる。
アタシの目は男に釘付けとなった。
男が玉座に着く。
「楽にしてほしい。」
男が声をかけるとスケルトン達が一斉に立ち上がった。
……ふと我に返り、男の隣に女がいるのが目に入った。
子供を連れ玉座に寄り添っている。
妻と子供だろう。
美しい女だ。男を見る目に熱があるのが見てとれる。
……猛烈な妬みを感じた。
アンタは幸せだろう。
綺麗な服を着て、愛しい男と寄り添い、子供を授かり、不安や苦労とは程遠い人生なんだろう。
……くそっ! さぞアタシのことがみすぼらしく見えるんだろうさ!!
自分でも見当違いの嫉妬だとは思う。
だが、美しい女のドレスと、自分の使い古しの革の胸当を見比べると、怒りが治まらなかった。
アタシが劣等感に苛まれていると、美しい男が語りかけてきた。
「よく、突然の招きに応じてくれた。
マティアス・カルカス卿、エイダ殿、レヴィン殿、リタ殿。
俺はノボル・エトーだ。」
驚きのあまりにアタシの怒りは吹き飛んだ。
……なぜ? アタシたちの名前を!? 鑑定石? いや、そんなもの使わなかった!
ノヴォル・エトー……何者なの?
「なぜ、仲間にも告げていない私の本名をご存じなのですかエトー卿?」
マチスがエトーに尋ねる。
騎士だとは思っていたが、貴族だったのか。
「難しい質問だな、それは。……例えれば……そうだな。
それは鳥になんで飛べるのかと質問するのと同じで、自分でも理屈はわからない。だが、わかるんだ。」
エトーが答えた。
……人を食った答えだ。
「先ずは、招きに応じてくれた礼をしたいと思う……ボルト。」
脇に控えたコボルト達がアタシたちの前に袋を2つずつ、運んできた。それを受けとる。
1つは金銭だろう。じゃらりと重い。もう1つは中身はわからないがズッシリとした重さだ。
「なぜ、アタシたちはここに連れてこられたんだい?」
アタシはわざと不機嫌そうにエトーに尋ねた。
こちとら山出しの田舎冒険者だ。貴族様への礼儀なんて知りっこない。
「すまないな。実は今の世相を聞きたかったんだ。
先ずはバッセル男爵領についてだ……今のバッセル男爵領は戦時下なのか?」
「いいや、スコールズ子爵に併合されたよ。もう2ヶ月以上前の話さ。」
……エトーが少し驚きを見せ、深い溜め息をついた。
「そうか……バッセル男爵の安否は?」
「……死んだわ。味方に殺されたのよ。」
エトーが隣の妻を気づかって何やら語りかけていた。
………………
その後はエトーの質問に答え続けた。本人が言うように世間話ばかりだ。
エトーは驚くほどに世間の様相を知らなかった。
特に国の名前、マカスキル王国すら知らないのは驚きを通り越して呆れたものだ。
……決して阿呆の類いではない。会話からは深い知性すら感じさせるが……。
そして、長い会話が終わった。
「うん、ありがとう。色々と参考になった。部屋を用意しているから、休んでいくといい。それとエイダ……」
アタシは名前を呼ばれてトクンと胸が弾むのを感じた。
「また、来て欲しい。出来れば1ヶ月以内に。」
「は、はいっ。」
何が「はい」だ。自分でも似合わないのは知ってる。
でもこんな色男に「会いたい」って言われて動揺しないわけがないだろ?
「ああ、ありがとう。ボルト、案内してくれ。」
「はい、旦那様」と大柄のコボルトがアタシ達を案内してくれた。
2階に上がり、凄まじい数が並ぶゴーレムの部屋を通り抜け、小部屋に着いた。
ベッドが4つにテーブルがある。
「こちらのお部屋をお使いください。飽食のテーブルの使い方はご存じですか?」
コボルトはアタシたちの世話を焼いた後、最後に「勝手に歩き回るとモンスターに襲われるかも知れないから部屋からなるべく出ないように」と注意を促して退室した。
アタシ達だけが部屋に残された。
…………
「おっ、塩だぜ!」
早速、レヴィンが袋の中を確認して喜びの声を上げた。
内陸部のこの辺りでは塩は高価だ。喜ぶのも無理はない。だが、塩に気をとられてる状況では無い。
アタシは外に気配が無いのを確認してから皆に話しかけた。
「ねえ、エトー……どう思う?」
「……別に私たちに用が有ったわけでは無いようだ。」
マチスが答える。
そう、エトーはアタシたちに用が有ったわけでは無く、世相が知りたかっただけの様に感じる。
……そりゃあ、アタシに会いたかった訳じゃないよね。
エイダはちらっと失望を感じたが、直ぐに切り替えた。
「何だよ? オレたちは世間知らずの色男の好奇心を満たしただけか?」
「……それだ。さすがに色々とおかしい。我らの正体を見破る何らかのスキルといい……わからぬ。」
そう、アタシ達の名前をピタリと言い当てた手品のタネがわからない。
……そして「世間知らず」は演技では無かった。
「この飽食のテーブルもねぇ……これを現金にするだけで楽隠居よね。」
「……貰っちまうか……ヒヒヒ」
「バカをお言いでないよ! アタシはゴーレムに挽き肉にされたかないよ!」
……レヴィンの軽口をたしなめる。さすがにあれだけのゴーレムの相手はできない。
「それもだ。ゴーレムは簡単に作れるものではない。
ゴーレムをこれだけ揃えるとなると……どれだけの時間と手間をかけているのか想像もできん。」
「マチス、アンタなら何年くらいで作れる?」
「百年でも無理だ。」
マチスが断言した。
エトーとはそれほどの魔法使いなのか?
「それに……あの、エトー卿の隣の女性だが」
……アタシの胸がチクリと疼いた。
「私は……あの女性と良く似た方を知っている。
バッセル男爵の卑妾だったマリアンデール様に良く似ている。」
「男爵の妾!?」
「ああ、俺はバッセル男爵に仕える騎士だったからな……。あの子は男爵の子か?」
男爵の妾を? 何で?
もうワケが分からない。
「誠実を好み……気紛れに旅人を招く……」
今まで黙っていたリタが語り始めた……何の話だ?
「美しい姫を助け……常識外の魔法を使う……」
マチスがゴクリと息を飲んだ。
「輝く美貌……真珠の瞳……」
え、それは……アタシも知っている。
見ればレヴィンの顔色もサッと変わった。
「精霊王」
皆が驚愕の表情を見せた。
「で、でもよっ! 真珠ってアレだろ!? 白くてコロッとしたやつだろ!?」
レヴィンが悲鳴のような声を上げた。
「黒真珠なのでは?」
リタの言葉に私の口から「あっ!」と声が出た。
「恐らく、あのスケルトンは精霊王に永遠の命を賜ったとされるパーシング卿……聖魔法が効かない、不浄の存在では無いアンデッドも聖騎士パーシングなら……」
「なるほど、古式ゆかしい鎖帷子を身に付けていたな。それにあの腕前も……」
聞けば聞くほど……まさか……いや、そんな……
私は今、どんな顔をしてるのだろう?
もうワケが分からない。
「ワケが分からないよ! そんなの、お伽話じゃないかっ!」
「そりゃそうだ。いきなり精霊王って、なあ。」
アタシとレヴィンが否定を口にする。根拠の無い否定だ。
「色々と気になることはありますが、伝承が間違っている可能性も……。」
リタの推理は続く。
「ちょっと待って、リタ。
冷静になりなさい。始めから何があったか思い出して。
状況を整理するわ。」
アタシは自分に語りかけ、落ち着きを取り戻そうとする。
冷静になれ。状況を把握しろ。何があった……始めから思い出せ。
アタシはエトーとのやり取りを思い出し……
「ああっ!」
アタシは大変な事を思い出した!
体がガタガタと震えて止まらない。
「アタシ……アタシ……約束を……約束をしちまった!」
精霊王との誓約……破ったときの罰はどれ程のものになるのか……国が滅んだ話もあった筈だ。
「冗談じゃねえ! 俺は関係ねえよっ! 勘弁してくれ!」
レヴィンが叫ぶ。
とんでも無いことになったかもしれない……アタシは長いこと呆然としていた。
※イケメンパワーを使いました。




