21話 捕食者
「我が主の前に立つなど……無茶が過ぎるぞ、ボルト。」
スケサンが祭壇の間でへたり込むボルトに声をかけた。
いくらか焦げているが、普段の様子と変わりはない。
「スケサン……一体、旦那様は…?」
ボルトは先程のエトーを思い出し、ぶるりと体を震わせた。
「旦那様は、本当に人間なの? あの気配は、大きな……獣のような……」
「ボルトよ。我らが主は人間ではない。主の種族は超人だ。」
ボルトは「超人……」と反芻する。
「超人とはドラゴンやベヒーモスと同じだ。捕食者の側なのだ。
考えてもみよ。我らが主は技巧も、経験も無く、ただ暴れまわるだけでランク6なのだ。
魔石やスキルでやっと6の私とは……存在としての格が違う。」
ボルトはゴクリと喉を鳴らした。
「我らの主が経験を積み、魔法でも覚えた日には……ランク8にも届くやもしれぬ。」
「ら、ランク8って……そんなのっ、まるで……」
ボルトは戦慄した。
コボルトは臆病だ。自らの身を抱きながらガタガタと小さく震えている。
「その時は……喜べ。我らは新たな魔王の、第1の僕となるだろう。」
スケサンは、クックックッと喉を鳴らして愉快そうに笑う。
「尤も、今は人の心と捕食者の肉体の狭間で戸惑っているようだが。」
スケサンは「どうなることやら」と愉快気に呟いた。
ボルトは……暫く呆然としていた。
………………
…………
……夢だ。
これは夢に違いない。
俺は夢の中でも殺し続けていた。
ゴブリンを殴り殺し、切り殺す。
血をすすり、肉に噛じりつく。
俺はどうなっちまったんだ?
夢の中で俺は笑いながら殺し続ける。
学生時代の友人を、会社の同僚を。
殺しては食い、喉を鳴らして血をすする。
殺して殺して殺して殺して
俺はマリーを犯し、喰らった。
……遠くで子供の泣き声が聞こえる。
ああ、明……等……ジョシュア……俺の子供たちが泣いている。
泣かしたのは、俺か……。
…………
…………………
目が覚めると、洞穴の中だった。
夢見のせいか、汗だくだ。
「ハア……ハア、何て……何て夢だ……」
俺は独りで呟く。
子供が泣いている。ジョシュアだ。
どうやら畑で悪戯をしてマリーに叱られたようだ。
俺は服を出し、着替える。
ジョシュアは泣き止まない。
マリーが謝らないジョシュアに苛立ち、更に叱るのだ。
これはいけない。
子供は意固地になるとこんなことが、ままある。
第3者が取り成せば良いのだが、ボルトは戸惑うばかりだ。
……俺は少し考えて、笛を出す。横笛だ。
俺の知っている篠笛と同じく穴が6つだが、かなり大ぶりだ。日本のものとは違うのかも知れない。
俺はポーポーと笛を鳴らした。音階をずらしていく。
……少し低いな。大きくて穴も抑えづらい。
まあ、いい。何とでもなるだろ。
俺は地下室に向かった。
…………
「あーん、あーん」
ジョシュアの泣き声が聞こえる。
子供の泣き声は、なぜこんなに気分をざわめかせるのだろう。
俺は横笛を吹き始めた。
始めは調子を見るためにポーポーと鳴らし、音階をずらすだけだ。
良し、何とかなりそうだ。
俺は、地元の青年会で散々練習した祭り囃子を吹き始める。
音が違うので違和感があるが、大した問題ではない。
明るい調子の笛の音に、ジョシュアが興味を引かれたようだ。ピタリと泣き止んだ。
一曲、終えた。
ジョシュアが駆け寄ってくる。
マリーとボルトは驚いた表情だ。
「すごいっ! それはなに?」
「笛さ。横笛だな。」
……正式名は知らない。
ジョシュアが「もっとふいて」とせがむ。
「いいとも。ジョシュアが良い子でいられるなら、何度でも。」
「うん、いいこにする。」
笛に気をとられて機嫌がすっかり治ったようだ。これで良い。
俺はもう一度、吹き始めた。
すぐにレパートリーは尽き、うろ覚えの曲ばかりを吹いたが……まあいい。誰も正解は知らないのだから…。
マリーとボルトも聞き入っている。
いつの間にかスケサンも混じっている。
良かった。無事だったようだ。
…………
演奏を終えた俺はマリーに向き合う。
「マリー、ジョシュアのことを許してやってほしい。これからは良い子にするそうだ。」
「……え、あ、はい。」
マリーがキョトンとした。どうやら忘れていたようだ。
俺は屈んでジョシュアに向かい合い、告げる。
「ジョシュア、母様に謝るんだ。」
ジョシュアは「ごめんなさい」と呟いた。
……これで良し。
「見事なものだ。」
スケサンが拍手をしながら近づいてきた。
「スケサン、無事だったか。」
「うむ、魔石がなければ危なかった。感謝するぞ、主よ。」
スケサンの様子を確認する。剣がない。腰には木剣が下がっている。
「剣が無いな。」
「うむ、キングを突いたときに駄目になった。丸腰も不安でな。木剣を佩いているのだ。」
俺は代わりのロングソードと魔石[極小]を出し、ボルトに渡す。
ボルトはビクッと身を固くして、無言で受け取った。
「スケサンの新しい剣に魔石を付けてくれ。細かいことはスケサンと相談してほしい。」
「……はい、旦那様。」
ボルトは俺の顔を見ようとしない。殺気をぶつけたのが尾を引いているようだ。
……まあ、いい。
今なにか声をかけても逆効果だろう。
俺はスケサンに「状況を確認しよう」と声をかけ、防衛室に向かった。
マリーが、何かを言いたげだったが、気づかない振りをした。
今までは漠然と、家があるなら家に帰してやろうと考えていた。
しかし、今は明確にマリーとジョシュアを帰す理由がある。
早く、帰さなければ。
俺に殺される前に。




