14話 命じるままに
俺は走る。この体になって初めて全力で走る。
その加速は人間のそれでは無い。正に飛ぶが如く通路を抜ける。
……凄い。
俺は自らの身体能力に驚嘆していた。
だが驚いている暇はない。
部屋に出ると、走り幅跳びの要領で前方に跳ねた。
12~13メートルを一気に縮め、ゴブリンの群れの中に着地する。
驚いているゴブリンの頭をコテツで唐竹割りに両断する。
……相変わらず凄まじい切れ味だ。ここまで切れると勢い余って自らを傷付けないように気を付けなければならないほどだ。
悲鳴も上げずに絶命したゴブリンを突き飛ばし、群れを怯ませる。
「カアッ!!」
俺の口から裂帛の気合いが迸る。
驚きからか、棒立ちになっているゴブリンの顔面を横一文字に切り割り、ほぼ同時に隣のホブゴブリンも棍棒ごと肩口から胸を切り裂いた。
「うおぉぉぉおっ!!!」
俺が雄叫びを上げるとゴブリンどもは明らかに怖じ気づいた。
前方では食人くんが暴れまわっている。
見た目通り、食人くんの戦い振りはエグい。
トゲ付きの触手でゴブリンを絡めとり、締め付け、ズタズタに引き裂いてからヒョイと穴の中に死体を放り込んでいる。
……あそこだ。
あの先にシャーマンがいる。逃すものか。
俺は食人くんの向こう側、ゴブリンの群れの先にいるシャーマンを見つけた。まるでカメラのズームのようにハッキリと見える。
……どうやら超人となり視力も強化されているようだ。
「我らが主に続け! 後れをとるなっ!!」
……後方ではスケサンがスケルトン隊を鼓舞しながら戦闘に入ったようだ。
俺は走る、ゴブリンを切り裂き、殴り付け、突き飛ばしながら。
ドクンドクンと戦いの悦びに胸が弾む。
斜め後ろから来た敵を裏拳で殴り殺す。
俺はまるで獣だ。
戦いの中で自分の体から本能が語りかけてくる「獲物を逃すな」と。
ゴブリンの爪に服を裂かれた。だからどうした。
ホブゴブリンが振るう棒を腕に受けた。腕を振り抜き、逆に棒をへし折ってやった。
走れ、走れ、獲物はそこだ。本能が命じるままに体を動かす。
本能に衝き動かされて刃を振るう。体を動かす。
刃を振るえば振るうほどにコテツは俺の一部になっていく。これは俺の牙、俺の爪だ。
体を動かせば動かす程に体が馴染む。体が「戦え」と俺に命じる。
前方から火の玉が飛んできた。
俺は目の前にいたゴブリンの首根っこを掴み、持ち上げて盾にした。
火の玉はゴウッと音を立ててゴブリンを焼く。
熱さのためかジタバタと苦しむゴブリンが俺の顔や肩を引っ掻いた。
俺はゴブリンを盾にしながらも歩みは止めない。
2度、3度と火の玉を防ぐと、いつの間にかゴブリンは動かなくなった。
そしてゴブリンを投げ捨て一気に間合いを詰めると、シャーマンの首を刎ねた。
「ウオォォォォォゥゥ」
俺は悦びの声を上げた。まるで狼の遠吠えだ。
シャーマンの首を掲げて滴る血を口に入れる。
ごくりごくりと喉が鳴った。
決して旨くはないが勝利の味だ。俺はカラカラだった喉を潤す。
その様子を呆然と眺めていたゴブリンどもが我に返った様に逃げ出した。
退却ではない。恐怖の為に我先へと逃げ出す敗走だ。
雑魚は逃げるなら逃げろ。
強い敵はどこだ。俺はまだ戦い足りないぞ。
まだまだ殺し足りないぞ。
俺は再び敵の中に飛び込んでいった。
………………
「……ハア……ハア……ハーッ」
戦いが終わった後、俺は疲労のあまりに大の字に転がっていた。
「凄まじいものだ」
近づいてきたスケサンが語りかけてくる。
「まるで音に聞くベルセルクだな。」
「……ベルセルク?」
「ああ、伝説の狂戦士だ。毛皮を被り、亡我の極地で狂い戦うのだそうだ。」
……狂い戦うか……俺は狂ったのか?
「スケサン、俺はどうなったんだ? 狂ったのか?」
「いや、戦いの中では皆、狂うものだ。正気ではいられぬものだ。」
「……そうか、そんなものか……。」
良くわからんが、まあいい。とにかく疲れた。
「戦果、被害の確認は済んでいる。聞くかね?」
さすがはスケサン。できる男だ。骨だけど。
「ああ、聞こう。」
「よし、戦果はゴブリン・シャーマンが2。ホブゴブリンが恐らく11。ゴブリンは恐らく57だ。」
「恐らく、と言うのは?」
「死体の破損が大きすぎてな……ハッキリとしない部分もある。まあ、気にするな。」
……なるほどな。
「被害は?」
「うむ。死亡はストーンゴーレムが1。クレイゴーレムが7。食人くんが1だ。」
……そうか、クレイゴーレムは全滅したか。すまん。
「食人くんがやられたか。」
「ああ、シャーマンの魔法だな。燃やされたようだ。」
俺は寝転んだまま手を合わせて戦死した仲間を悼んだ。
……スケサンはその様子を見て暫し待っていてくれた様だ。
「負傷はストーンゴーレム、スケルトン・ソルジャー全員、食人くん1だ。」
「多いな。」
「ああ、皆が奮戦したのだ。主の戦いぶりに励まされたのだろう。」
「そうか……。」
俺は暫く休むと体を起こし、返り血をダンジョンに吸収してからリビングに向かった。
あまり遅くなっては心配をかけるからな。
………………
俺がリビングに戻るとマリーとジョシュアが驚いた様子で駆け寄ってきた。
……考えてみれば今の俺はボロボロだ。
服は破れ、身体中が火傷や引っ掻き傷、擦り傷、打ち身だらけだ。
「エトーさま、いたい? だいじょうぶ?」
心配したジョシュアが声を掛けてくる。
……俺はその様子に、自分の息子たちを幻視し、抱き上げた。
「大丈夫だ。父さんは強いんだ。」
「……とうさま?」
……ハッと我に返り「いや、すまん間違えた」と誤魔化す。
マリーが後ろから、そっと俺に触れた。
「あまり無茶をなさらないでください……」
今にも泣き出しそうな声だ。
「心配するなマリー。俺はお前たちを家に帰すまでは死なない。」
マリーの手がピクリと緊張したのが伝わる。
……俺はそれに気が付かない振りをした。
■■■■
名前 : ノボル・エトー
状態 : ダンジョンコア
種族 : 超人
ランク : 6
スキル : [不老] [体術2] [剣術1]
DP22050
■■■■




