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宝を盗みに来た——この町では住人が帰宅後に消える  作者: アグ


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9/13

宝の価値

俺は、玄関の鍵穴を交換する手配だけ済ませていた。


二層式の家具と、同じタイミングで届く予定だ。


——まだ、何も変わっていない。


それでも、生活は続く。


朝起きて、仕事に行き、帰ってくる。


職場では、久城と石井もいつも通りだった。


くだらない話をして、笑っている。


あの洞窟のことも——


地主の話も、誰も口にしない。


まるで最初から、存在しなかったみたいに。


静かすぎる日常に、違和感だけが残る。


「宮田さん」


名前を呼ばれる。


顔を上げると、今野がすぐそこまで来ていた。


一歩。


また一歩と、距離を詰めてくる。


「なんでしょうか?」


俺は今野を見上げる。


「宮田さんが来て二週間だが、慣れたか?」


拍子抜けするような問いだった。


「ええ、すっかり」


軽く笑って返す。


——そのまま終わるのも、気持ちが悪い。


「今野さん。そういえば、市役所の掲示板に貼ってある伝承ですが……本当なんですか?」


今野は、すぐには答えなかった。


一瞬だけ、視線が逸れる。


「……宝の話か」


低く、呟く。


「半々だろうな」


半々。


曖昧すぎる答えに、眉がわずかに寄る。


「どういう意味ですか?」


今野は、こちらを見たまま——


ほんの少しだけ、口元を歪めた。


「アレはな」


「見る奴によって、宝になるか……ただの石になるかが決まる」


今野の言い方で分かる。


——この男は、知っている。


「その宝って、何なんですか?」


踏み込む。


一瞬だけ間があって——


今野の口元が、ゆっくりと歪んだ。


「それは、自分で探せ」


低く、楽しむような声。


「この町の連中はな……教えない」


「誰も、な」


その言い方に、わずかな引っかかりを覚える。


俺は、無意識に久城へ視線を向けた。


——目が合う。


だが、久城はすぐに視線を逸らした。


「久城でも話さない」


今野が、追い打ちをかけるように言う。


「そういう“掟”だからな」


やっぱり——この町は、おかしい。


来たばかりのはずなのに、もう分かる。


どこか、外と繋がっていない。


人が消えると噂される家。


あの地主の、妙な影響力。


どれも現実の話のはずなのに——


掲示板に貼られた“宝”の話だけが、浮いている。


まるで、そこだけ別の理屈で動いているみたいに。


何もしていないはずなのに、


じわじわと、頭の奥が重くなる。


とりあえず——あの家を、どうにかしないといけない。


今日、帰れば鍵の交換業者が来る。


新しい鍵は、すでに手配済みだ。


わざわざ、町の外から呼んだ。


近場にも業者はある。


だが——使う気にはなれなかった。


どこで、誰に話が回るか分からない。


あの地主に知られる可能性が、頭をよぎる。


……考えすぎかもしれない。


それでも、嫌な予感が消えなかった。


俺はその日、早めに仕事を切り上げた。


家に着き、着替えを終えた頃——


インターホンが鳴った。


予定通りの時間だ。


ドアを開けると、鍵の交換業者が立っていた。


「今日はよろしくお願いします」


軽く頭を下げると、業者は手早く作業に取りかかった。


金属の擦れる音が、部屋に響く。


それだけの時間が、やけに長く感じた。


「終わりました」


思ったより早い。


俺は鍵を受け取り、差し込んで回す。


問題なく回る。


引っかかりもない。


「それにしても、近くで頼んだ方が安く済んだんじゃないですか?」


業者が何気なく言う。


俺は肩をすくめた。


「そうなんですけど。前にお願いしたことがあって……人当たりが良かったのを思い出しまして」


「そうでしたか。ありがとうございます」


それだけ言って、業者は帰っていった。


ドアを閉める。


新しい鍵を、もう一度回す。


——これで、大丈夫なはずだ。


——だが、まだ終わりじゃない。


隠しカメラ。


そして、この家で人がどうやって消えたのか。


どちらも、はっきりしていない。


鍵を替えた程度で安心できる話じゃない。


むしろ——


そこが分からない限り、この家にいること自体が危うい。


知らないうちに、何かを見られているかもしれない。


気づかないまま、同じことが起きるかもしれない。


……それだけは、避けなければならない。


カメラを本格的に探すにしても——


あまりに露骨に動けば、気づかれる。


この家を“見ている誰か”がいるとすれば、


不自然な行動は、それだけで警戒される。


だからといって、何もしないわけにもいかない。


どこに仕掛けられているのか。


そもそも、本当にあるのか。


——確かめる必要がある。


問題は、そのやり方だ。


考えを巡らせる。


この家で、人はどうやって消えたのか。


外に出た形跡もなく、


鍵も閉まったまま——


それでいて、跡形もなく消える。


まともな方法じゃない。


いくつか可能性は浮かぶが、どれも決め手に欠ける。


……一人で辿り着ける答えじゃない。


……一人じゃ無理だ。


頼るなら、久城か。


全て話すことはできない。


俺はもう一度、家の中を捜索する。


雑巾を手に取り、床を拭くふりをしながら——視線だけを動かす。


玄関から廊下、リビングへ。


足音を消し、わざと生活音に紛れさせる。


抜け道がないか。


隠し扉がないか。


壁に手を当てる。


軽く叩く。


……反響は、どこも同じだ。


コンセントの周り。


ドアの蝶番。


視線が、細かい場所をなぞる。


それでも——


怪しいところは、一つもない。


「……ない、か」


小さく呟く。


分かっていたことだ。


もしあるなら、もっと“分かりやすい違和感”が残る。


だが、この家は違う。


——何もないまま、何かがおかしい。


俺は一度、手を止めた。


雑巾を置く。


そのまま、寝室へ向かう。


ドアを閉める。


音が、やけに響いた。


ポケットからスマホを取り出す。


連絡帳を開く。


いつもの画面。


見慣れた名前の並び。


久城の名前が、やけに鮮明に浮かんで見えた。


俺はスマホの画面を消し、ベッドに放り投げる。


静まり返った部屋の中で——

それだけが、妙に引っかかった。


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