洞窟の中の想い
洞窟の薄暗がりの中、俺は吸い込まれるように石井の顔を見つめ続ける。
「石井さんの気持ちは分かりますが」
俺は力任せに、だが手際よく石井の手をシャツから解いた。
解放された皺だらけの布地が、ふっと軽く浮く。
「俺には勝てないです」
石井は格闘技をやっているわけでもない。運動神経が特別いいわけでもない。
今の石井をそのまま連れて行ったところで、足手まといにしかならないのだ。
「だから、私は石井さんに頼んだ事もあります」
視線を、地面の缶が埋まっている場所へ移す。
「あれができなければ、私たちは潰されます」
燃えるように揺れていた彼女の瞳が、静かに一度閉じられる。
次に瞼が上がった時には、すっかり冷えた理性的な瞳に戻っていた。
「ええ、分かってます」
「……分かりました」
そう答えた石井の顔には、納得した者の表情など一切なかった。
理性を保ちながらも、その瞳の奥には悔いと不満が渦巻いている。
「そういうことにしておきます」
石井は俺から一歩、距離を取った。
「久城さんが無事なのは分かりました。そして、次は宮野さんが狙われるってことですが……本当に一人でいいんですか?」
俺は石井を見る。
これで、本命との腹の探り合いも終わりだ。あとは――本番。
そう思った瞬間、胸の奥が不気味なほど高鳴った。死線の直前だというのに、俺は興奮している。
「二人とも、本当に心配性ですね。でも、大丈夫ですよ」
俺は極めて自然に、ニコリと笑ってみせる。
石井は呆れたように小さくため息を吐いた。
「宮野さん、何してる人なんですか?」
唐突な質問だった。俺は思わず目を見開く。
「……バレてないと思ってるんですか?」
石井の目が「何を今更」と物語っていた。
「宮野さん、普通の一般人じゃないの、見ればすぐに分かりますよ」
……それもそうか。
今までの立ち回りを見られていれば、隠し通せるはずもない。
「そうですね。教えてもいいですが――」
俺は少しだけ格好をつけるように石井の顎に指を添え、クイッと俺の方へ向けさせる。
「聞いたら、抜け出せませんよ」
一瞬の静寂。
石井はキョトンとした顔で俺を見つめ――次の瞬間、パシッと容赦なく俺の手を払いのけた。
「カッコつけてるつもりですか?」
冷ややかな視線が突き刺さる。
……やってみて痛感した。これは、想像以上に恥ずかしい。
「じ、冗談ですよ! こういう場面でやれば効果的かと試してみまして!」
俺は咳払いをごまかしながら、ボソッと小声で呟く。
「顔は悪い方じゃないと思うんだがな……」
「聞こえてますよ」
石井は意地の悪い笑みを浮かべた。
「悪くはないですよ。ただ、私のタイプじゃないだけです」
ほぉ。
心当たりのある人物の顔が浮かぶ。少し鎌でもかけてみるか。
「そうですね。久城さんならイチコロだったのでしょうね」
途端に、石井の顔が判りやすすぎるほど真っ赤に染まった。
「な、何言ってるんですか!」
慌てて手をぶんぶんと振って否定したかと思えば――
「久城さんは、そんな気障ったらしいことしません! あの人は……情けなくって、真っ直ぐで、可愛らしい顔で……!」
随分と具体的な褒め言葉だな。
「たまに、頼りになるところがある?」
石井の顔がぱっと上がる。
「そうなんですよ!」
完全に食いついた。目を輝かせて身を乗り出してくる。
「普段あんなに情けなくって、だらしなくって、間抜けなのに……たまーに、本当にかっこよく頼りになるんですよ!」
なるほど。世で言うギャップというやつか。
「石井さんの惚気も聞けて満足です。それはぜひ、今度本人に会ったら直接言ってあげてください」
二人とも互いにあからさまな気があるのに、どうして進展しないんだ?
……久城の情けなさが原因かと思っていたが。
「ちょ、宮野さん! それはないんじゃないですか!? 最後まで聞いてくださいよ!」
……なるほど、石井の方の素直さのなさにも十分原因がありそうだ。
「私は二人の仲を取り持ったりはしませんよ」
「そんなんじゃありません! 好きじゃないです!」
顔を真っ赤にして叫ぶ石井を見ながら、俺は心の中で呆れる。こんだけ熱弁しておいて好きじゃなかったら何なんだ。
「分かりました分かりました」
俺は適当に頷いて流す。
「それでも、早くしないと奪われますよ」
「どういうことですか?」
今頃、淳が久城をこちら側に引き入れようと勧誘している可能性がある。
「さぁ、な」
俺はそれ以上答えず、手で会話を打ち切った。
追及の声を背に受けながら、俺は石井を洞窟に残し、本番の舞台へと足を踏み出した。




