表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝を盗みに来た——この町では住人が帰宅後に消える  作者: アグ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/52

プロローグ

『誰も持ち帰ることができない宝』――。


あの夜、ネットの匿名掲示板で見つけたくだらない都市伝説を、俺はただの退屈しのぎだと笑っていた。


――その数ヶ月後、自分が血に染まった深い山の中で、恐怖に打ち震える後輩の手を引いて逃げ惑う羽目になるとも知らずに。



コソ泥。


そう聞けば、誰もが「まともに働けない社会の底辺」を思い浮かべるだろう。


だが、俺は違う。


昼間の本職は至極真面目にやっているし、上司や同僚からの信頼も厚い。給料だって、同年代の平均よりは貰っている方だ。


それでも――俺は盗む。


たとえば、会社帰りの手頃な居酒屋。閉店間際、勝手口の南京錠がわずかに浮いているのを見逃さない。懐中電灯も使わず、暗闇のなかで静かにレジスターを解錠し、今日の売上金から万札だけを三枚、音もなく抜き取る。


金に困っているわけじゃない。盗んだ金に手をつけたことすら、一度だってなかった。


それでも盗む理由。


あるとすれば――『快感』だ。


見つかるか、見つからないか。自分の心拍数だけが跳ね上がり、世界のすべてが研ぎ澄まされる極限の瀬戸際。その瞬間だけが、麻薬のように俺の脳を激しく震わせる。


万が一捕まったところで、初犯の窃盗など大した罪にはならない。金を積んで示談に持ち込めば、それで終わりだ。事実、盗んだ現金は日付と場所を几帳面にメモし、封筒に分けて自宅の金庫に保管してある。いつでも返せる準備すらしてあるのだ。


……だが、最近はそんな生活にも、酷く飽きがきていた。


最初は脳を焼き尽くすほどだったスリルも、回数を重ねればただの慣れに変わる。


気づけば――盗むこと自体が、虚しい『作業』に成り下がっていた。


「……何か、新しい刺激はないか」


ある夜。俺は気まぐれにノートパソコンを開き、匿名掲示板の検索窓に「宝」と打ち込んだ。


くだらないオカルトやデマが大半を占める中、ひとつの古いスレッドが、妙に俺の目を引いた。


◇◇◇


【情報求む】ある海辺の町に伝わる伝説の宝について

ある海辺の町に、伝説の宝があるみたいです。


私も実際に探しに行きましたが、全く見当たりませんでした。


町の人に聞いても「知らない」の一点張りです。


ですが、市役所の公式案内には『光り輝く宝石がある』と明確に記載されていました。


本当にないのでしょうか?


◇◇◇


コメント欄は冷やかしや煽りで埋め尽くされていたが、その中にひとつだけ、異質な短文があった。


◇◇◇


名無しさん:


僕はこの町に住んでる者です。


伝説の宝は実在します。


ただし、それは――『誰も持ち帰る事ができない宝』です。


◇◇◇


「持ち帰れない宝……?」


誰も相手にしていない書き込みだった。


だが、長年泥棒として張り詰めてきた俺の勘が、引っかかりを覚える。


自治体の公式ホームページを開き、観光情報の深い階層を探っていくと――それは、本当に実在した。


『この町には、古くより伝わる宝がある。

それは光を宿し、見る者の心を奪うという。

だが、その在り処を知る者はいない。

――たとえ辿り着いても、それを“口にした者”は戻らない。』


ただの古臭いおとぎ話。そう切り捨てるのは簡単だった。


だが、暗闇の中でベッドに横たわっても、あの言葉が耳元でささやき続けて離れない。


――誰も持ち帰ることができない宝。


本当に宝石の類だとするなら、防犯カメラを気にしながらレジから金を抜くより、ずっとリスクが低く、ずっと知的だ。何より警察だって動きようがない。


マンネリ化した俺の日常に、冷たい風が吹き込んだ気がした。


「……明日、職場で調べてみるか」


あの町に、うちの会社の拠点はなかったか。


もし何もなければ、そこで撤退すればいいだけの話だ。



翌日、俺はいつも通り定時に出勤した。 


デスクに座り、ルーティンのチェックを淡々とこなす。


思いつきで動かない。下調べを徹底する。それは仕事も、コソ泥も同じだ。


一通りの業務を終えたところで、社内システムを立ち上げ、全国の拠点一覧を検索した。


アルファベットと地方名が並ぶリストの中に――目的の町の名前を見つけた。


……ある。


マウスを握る指が止まる。


確かに、そこに小さな営業所が存在していた。


気づけば俺は、社内申請システムから異動届のページを開いていた。


胸の奥が、久々にトクンと跳ねる。必要事項を埋め、考えるより先に送信ボタンをクリックしていた。


――押した直後、強烈な後悔が押し寄せた。


早すぎた。普段の俺なら絶対にしない、雑で軽率な動きだ。

案の定、数分も経たないうちにデスクの内線が鳴り、上司の席へ呼び出された。


上司は画面に表示された俺の異動届を見つめている。


「宮野。突然どうした、これは。何かあったのか?」


視線が鋭い。焦りが出た。言い訳の選択を誤れば、不審な動きとして社内で怪しまれる。


「すみません。先に口頭でご相談すべきだったのですが……少し、手が滑ってしまいまして」


俺は恐縮した様子で、丁寧に頭を下げた。


「何かあったのか? 職場で嫌がらせでも受けているのか?」


上司は思った以上に真剣な顔をしていた。


「いえ、そういうわけでは。ただ……最近、都会の喧騒に少し疲れてしまいまして。海でも見ながら、少し静かに暮らしたいなと」


俺は自分の顔から完全に動揺を消し去り、最も説得力のある「疲れた社員」を演じた。


重苦しい沈黙の後、上司は腕を組み、トントンとデスクを叩いて考え込んだ。


「……よし。宮野、お前『指導』として行ってくれ。あっちの部署、最近実績が良くなくてな。お前の実力なら申し分ない。立て直しを兼ねて、まずは様子見として行ってこい」


上司の口元が緩む。 


「もし本当にその町が気に入ったなら、その時に改めて、正式な異動届を受理してやる」


胸の内で、冷酷で完璧な計算が噛み合う音がした。


「ありがとうございます。ご期待に応えられるよう、全力を尽くします」


顔を上げたときには、いつも通りの「優秀で真面目な社員」の顔に戻っていた。


これでいい。


仮に『宝』がガセネタだったとしても、本職のキャリアに傷はつかない。戻る口実はいくらでも作れる。何一つリスクを背負わずに済んだ。


自席に戻り、引き継ぎの準備を始める。


寂れた、海沿いの町。


そこに眠る、誰も持ち帰ることができない伝説の宝。


これから足を踏み入れるその場所が、自分にとって「ただの暇つぶし」で終わらないことだけは、確かだった。

第一話を読んでくださり、ありがとうございます!


Xでは新作の告知やイメージイラスト、更新通知などを投稿しています。

よろしければ、ぜひ遊びに来てください!

こちらから↓


https://x.com/k3tq5kqxnn90449?s=11

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
宮田の優秀さに目をつけ、「立て直してくれ」と親身になって送り出してくれる上司の温かい信頼が、どこか切なくも印象に残りました。 下調べを重視するプロの泥棒である彼が、異国の地でどんな奇妙な宝と出会うの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ