表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/32

第2話「影の歯車」

 昨夜のことは——半分夢のようだった。


 しかし右手がまだ痺れている。歯車を矯正したときの衝撃が残っている。膝にはあざがある。石畳に膝をついた跡。泣きながら帰ったことは覚えている。お母さんに「顔色悪いよ」と言われたことも。


 ベッドに倒れ込んで——気づいたら朝だった。


 目覚まし時計が鳴っている。かんかんかんかん。いつもの朝。


 枕元にステッキがある。夢ではない。


 ギアがカーテンレールの上で丸くなっている。夢ではない。


 メガネをかけた。制服に着替えた。朝ごはんを食べた。学校に行った。


 普通の一日が——始まるはずだった。


          ◇


 昼休み。屋上。一人で。


 パンを齧りながら、ギアに聞いた。


 「昨日みたいなの——また出るの?」


 「出るわよ。毎日どこかに。大きいのは週に一、二回。小さいのは毎日」


 「毎日……」


 「魔法少女ってそういうものよ」


 パンを飲み込んだ。味がしなかった。


 「昨日はたまたま四十五度で弱点がわかった。でも全部のジャミングが歯車型とは限らないんでしょ?」


 「限らないわ。靄のような形態もある。実体のないタイプ。歯車の矯正が効かない相手もいる」


 「……その場合は?」


 「自分で考えなさい。あなたは技術者でしょう」


 冷たい。しかし——正しかった。昨日はジャミングの歯車構造が見えたから四十五度で対処できた。しかし構造が違う敵には、違う方法が必要になる。


 その時——屋上の床が揺れた。


 小さな揺れ。しかし空気が変わった。重くなった。影が——濃くなった。太陽が出ているのに。屋上の床に落ちる影が——二重になっている。


 ギアの翅が橙色に変わった。


 「来たわ。裏門の方。——昨日とは違うタイプ」


 パンを口に咥えたまま立ち上がった。ステッキはバックパックに入れてある。今日はちゃんと持ってきた。


 屋上から階段を駆け降りた。バックパックを背負ったまま。四階分を飛ぶように。


 裏門に出た。


 見えた。


 ——歯車ではなかった。


 黒い靄。霧のような存在。裏門の石壁に張りついて、壁の中の配管を侵食している。形がない。輪郭がない。ただ黒い霧が——壁を蝕んでいる。


 「シャッテンラート。影の魔獣。ジャミングの亜種よ。実体がない。靄だから——」


 「物理攻撃が通らない」


 「わかってるじゃない」


 昨日の歯車型ジャミングなら、歯車の矯正で止められた。しかしこれは靄。歯車がない。矯正する対象がない。


 バックパックからステッキを取り出した。握った。歯車が回り始めた。


 メガネを外した。ポケットに入れた。世界がぼやけた。


 変身した。


 昨日と同じ手順。しかし今日は——手が震えなかった。


 「ロードアウト——アイアン・ブート!」


 「魔法少女アイアン・ベル——起動!」


 視界が鮮明になった。シャッテンラートの黒い靄の粒が一つ一つ見えた。


 ステッキを構えた。蒸気が噴き出した。


 ——さて。どうやって倒す?


 昨日の方法は使えない。靄に歯車はない。矯正できない。


 蒸気を撃った。白い蒸気がシャッテンラートの靄にぶつかった。


 すり抜けた。蒸気が靄を通り抜けた。手応えがない。


 もう一度。出力を上げて。


 すり抜けた。


 「物理攻撃は通らないって言ったでしょ!」


 「じゃあどうすればいいの!」


 「考えなさい! あなたは——」


 「技術者でしょ、わかったよ!」


 考えろ。考えろ。


 靄。実体がない。物理攻撃が通らない。蒸気も通り抜ける。


 しかし——靄には弱点があるはず。靄とは何か。水蒸気の粒子が空気中に浮遊している状態。霧と同じ。霧を消すには——。


 光。


 太陽が出れば霧は消える。光のエネルギーが水滴を蒸発させるから。光が強ければ——靄も散る。


 「光だ。影は光で散る」


 ステッキの歯車エンブレムが回転している。ここから蒸気が出る。蒸気は物質。靄に通じない。しかし——光なら?


 ステッキから光は出る。昨日の変身で光が溢れた。しかしあれは変身のエネルギーで、武器としての光ではなかった。広がる光。拡散する光。


 靄を散らすには——拡散ではなく収束。一点に集中した強い光。


 「ギア。エンブレムの歯車——レンズの代わりになる?」


 「は?」


 「歯車の歯と歯の間に光を通せば、スリットになる。複数のスリットを通った光は干渉して——一点に集まる。回折格子と同じ原理」


 「あんた何言ってるの?」


 「いいから——エンブレムを回して。最高速で」


 歯車エンブレムの回転速度を上げた。ステッキの内部歯車を全速で回した。エンブレムが高速回転する。歯の隙間が——光のスリットになる。


 蒸気の中の光が、回転するスリットを通過して——干渉した。散乱していた光が一本の線に集まった。


 しかし、ただの光ではなかった。


 ギアの光の粉が蒸気に混じっている。金色の粒子が光の線に乗って——回転する歯車模様の軌跡を描いた。光の線が空気中に歯車の紋章を刻みながら、まっすぐにシャッテンラートに向かって伸びていく。


 収束光。


 白と金の光の線が——ステッキの先端から伸びた。細い。しかし強い。歯車模様の残像を空気に刻みながら。


 シャッテンラートの靄に当てた。


 靄が——裂けた。


 光の線が通った場所から、黒い靄が蒸発するように散っていく。霧が太陽で消えるのと同じ。しかしこれは太陽光ではない。歯車のスリットで収束させた、人工の光。


 「通った——!」


 しかし一撃では倒せなかった。散った場所が再び集まろうとしている。


 「核があるの! 靄の中心に核がある! そこを狙って!」


 核。影の中心に——何かがある。靄を維持する源。


 収束光で靄を剥がした。一層ずつ。光の線で靄を切り裂いて、内側を露出させていく。三発目で——見えた。


 靄の中心に、黒い小さな歯車。


 「——あった」


 収束光を核に当てた。光が黒い歯車を貫いた。ギアの金色の粉が光の線に沿って走り、核に触れた。黒い歯車が一瞬——金色に輝いた。正しい角度を思い出すように。そして——。


 歯車が——砕けた。


 シャッテンラートが散った。黒い靄が金色の粒子に変わって、風に溶けた。午後の太陽が裏門に差し込んだ。金色の粒子が光の中で踊るように舞って——消えた。


          ◇


 変身を解いた。メガネをかけた。


 裏門にベル一人。ギアが肩の上。


 膝が——少し震えていた。昨日ほどではない。


 「……勝った?」


 「勝ったわよ。新しい技まで編み出して。収束光。回折格子の応用——よくあんなこと思いついたわね」


 「工房で光学実験やったことがあるの。レンズの代わりにスリットを使うやつ」


 「学校の勉強が役に立つとは思わなかったでしょ」


 「……思わなかった」


 手を見た。


 ステッキを握っていた手。収束光を放った手。


 昨日は歯車の矯正で倒した。今日は光の収束で倒した。敵が変われば——倒し方も変わる。同じ方法は通用しない。毎回考えなければいけない。


 毎回——技術者として。


 「ギア」


 「何」


 「明日も出る?」


 「出るわよ」


 「……明日はせめてパンを食べ終わってからがいいな」


 ギアが翅を揺らした。金色の粉がベルの肩に散った。


 「贅沢言わないの」


 ベルは校舎に戻った。午後の授業に。


 ステッキはバックパックの中。メガネの奥の目が——昨日より少しだけ、強くなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ