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魔法少女アイアン・ベル 蒸気歯車都市クロニクル  作者: 大西さん
第1クール「歯車が回り始める」
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第1話「やれるかどうかじゃない」(後編)

 走った。


 倉庫から飛び出した。赤い空の下。壊れていく街の中を。銀色の装甲が蒸気の白い尾を引いて。ステッキの歯車が回転して。ギアが隣を飛んで。


 走りながら——叫んだ。


 「やれるかどうかじゃない!」


 ギアの言葉を。しかしもう——ギアの言葉ではなかった。自分の声で。自分の胸から。


 「やるんだ!」


 広場に出た。


 ジャミングが——目の前にいた。


 近くで見ると、もっと大きかった。建物の三階分。黒い歯車の歯が何十本も突き出している。街の歯車機構に歯を食い込ませて、噛み砕いている。金属の破片が散る。路面電車のレールが歪む。街灯が倒れる。


 足が止まった。


 大きい。大きすぎる。ベルの体の二十倍はある。こんなものにステッキ一本で何ができる。


 「止まらないで! 走って! 近づかないと届かない!」


 ギアの声で足が動いた。走った。ジャミングの足元に向かって。


 ステッキを構えた。蒸気が噴き出した。白い蒸気の塊をジャミングの歯にぶつけた。


 当たった。


 ——手応えがない。


 蒸気が黒い表面で散った。傷一つつかない。もう一度。もっと強く。当たった。散った。効かない。


 「効かない——!」


 「当然よ。蒸気をぶつけるだけじゃ歯車は壊れない。あなた、歯車を壊すために歯車職人になったの?」


 「……違う」


 「でしょう。壊すんじゃない。——よく見なさい。あなたの目で」


 見た。技術者の目で。変身が補正した鮮明な目で。


 ジャミングの構造が見えた。黒い歯車の歯が——十二本。噛み合いの角度が——七十度。急すぎる角度で街の歯車を噛んでいる。だから歯車が砕ける。


 「七十度——」


 ベルの口から、技術者の言葉が出た。


 「噛み合いの角度が急すぎる。だから歯車が砕けるんだ。四十五度なら——滑らかに噛み合う。壊さずに止められる」


 ギアが目を丸くした。「弱点が見えたの? もう?」


 「弱点じゃない。設計の問題。四十五度で噛み合わせれば——ジャミングの歯車も安定する。暴走が止まる」


 「つまり——倒すんじゃなくて」


 「直す」


 ステッキを構え直した。蒸気をぶつけるのではない。歯車エンブレムを——ジャミングの歯に、直接噛み合わせる。四十五度で。


 しかし中心軸は——三階分の高さの、ジャミングの内側にある。走って飛び込めるような隙間は——。


 「ギア!」


 「わかってるわよ——!」


 ギアが翅を全開にした。金色の光の粉がベルの歯車翼に降り注いだ。六枚の翼が——加速した。蒸気が噴き出した。歯車翼が高速回転して蒸気を巻き込んで——推力になった。


 ベルの体が——浮いた。


 飛んだ。歯車翼の蒸気推進。地面を蹴って三メートル。ジャミングの歯と歯の隙間に向かって——斜め上に。銀色の装甲が蒸気の白い尾を引いて。ギアの金色の粉が軌跡を描いて。


 歯と歯の隙間に突入した。装甲の肩アーマーが黒い歯に擦れた。火花が散った。金色と赤の火花。


 内側に入った。ジャミングの中心軸が見える。黒い軸。ここが全体を動かしている。


 ステッキを突き出した。歯車エンブレムを中心軸の歯車に——当てた。


 七十度で噛んでいる軸の歯車を、四十五度に矯正する。


 噛み合おうとする。しかし角度が合わない。二十五度の差。力が要る。物理的な力だけでは——足りない。


 手に力を込めた。押した。歯車エンブレムが軋んだ。蒸気が噴き出した。動かない。七十度が抵抗している。千年分の慣性が。


 「動け——!」


 叫んだ。


 その瞬間——ステッキが、光った。


 金色の光。蒸気の白ではない。ギアの翅と同じ金色。歯車エンブレムが——輝いた。ベルの感情に応えるように。怖い。でもやる。この街を守りたい。その想いが——ステッキに流れ込んだ。


 光が歯車エンブレムから溢れて、ジャミングの中心軸に伝わった。黒い歯車が——金色に染まった。一瞬だけ。しかしその一瞬に——。


 がちん。


 噛み合った。四十五度。


 技術だけでは動かなかった七十度が——想いの光で、動いた。これが魔法。蒸気歯車の魔法。技術者の手と、心の光が、歯車を正しい角度に導く力。


 ジャミングの動きが——止まった。


 街の歯車を噛んでいた黒い歯が——離れた。四十五度では食い込めない。滑らかに噛み合うから。砕く力がなくなるから。


 ジャミングの全体が——震えた。中心軸の角度が変わったから。千年間七十度で回っていた歯車が、四十五度に矯正されたから。体を支えていた力学が——変わった。


 崩れた。


 内側から砕けた。自分の歯同士がぶつかって。新しい角度に耐えられない古い歯が折れて。黒い破片が——金色の粒子に変わった。


 金色の粒子が——赤い夜空に昇っていった。何千もの光の粒。ジャミングの闇が光に変わって、空に溶けていく。


 広場全体が——金色に染まった。


 街灯のガス灯の光と、金色の粒子が混じり合って、広場の石畳が一面に光った。砕けた歯車の破片が金色の光を反射した。壊れた路面電車のレールが金色に光った。倒れた街灯の硝子が、虹色に輝いた。


 ——きれい。


 壊れた広場が。ジャミングが消えた広場が。金色の光に染まった広場が。


 魔法だった。歯車の角度を直しただけ。しかし——結果は、魔法だった。


          ◇


 膝が——笑った。


 広場の石畳の上に膝をついた。ステッキを杖にして。


 変身が——解けた。装甲が消えた。歯車翼が消えた。制服に戻った。石畳の冷たさが膝から伝わってきた。


 メガネが顔に戻った。銀色のフレーム。少しだけ歪んでいる。


 世界がくっきりした。割れた歯車の破片が散らばっている。しかし——ジャミングはいない。


 「……勝った?」


 「勝ったわよ。中心軸を直接矯正するなんて——乱暴だけど、初めてにしては上出来」


 ギアが肩に降りてきた。翅を畳んで。疲れている。


 「上出来って——死ぬかと思った」


 「死ななかったでしょ」


 「……うん」


 手を見た。ステッキを握っていた右手。歯車を矯正した手。


 震えていた。今は。戦闘が終わって——今になって。戦っている間は震えなかったのに。


 怖かったんだ。ずっと。ただ——手が、歯車を組む手が、怖さより先に動いてくれた。


 立ち上がった。膝がまだ震えている。しかし立てた。


 帰ろう。


 家に帰ろう。お母さんが待っている。明日も学校がある。課題がまだ途中だ。八番目の歯車から先。


 石畳を歩いた。壊れた広場を横切って。割れた歯車の破片を踏みながら。


 メガネの奥の目が——濡れていた。泣いていた。いつの間にか。怖くて。嬉しくて。生きていて。


 拭かなかった。泣いたまま歩いた。家まで。


 歯車が回っている。


 この街が動き続けるために。

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