11 旅の始まり
朝日と共に寮を出た私達を出迎えたのはあのホウキ兵だった。
「来られましたかフィリア様。ちゃんと普段とはお姿を変えておりますね」
私は普段の令嬢服ではなく町娘の様な簡素な格好に外套を羽織っている。対して、彼女は罪人服の上からローブを被り、魔石の首輪を見えなくしていた。
恭しく私にだけ頭を下げた後、ホウキ兵はふっと肩の力を抜き、粗野な雰囲気を纏った。
「っと、ここから先、この口調じゃまずいよな」
ホウキ兵は周囲を見渡した後、声を落とす。
「ロスティ・メモワールの記憶探しの途中、いちいちフィリア様と読んでいたら目立つだけだ。俺とロスティは兵と罪人、フィリア様はそうだな、司法局からの同行人って形を取らせてくれ。まあ、裁定の記録役とでも言っとけばオッケーだろ」
罪人、その言葉に彼女は曖昧に笑い、私は目を伏せる。
つまり、私はこれから彼女をロスティと呼ぶのだ。それはとても嫌だ。
だけど、今、その感情は邪魔だ。雲の流れる時間すら惜しいのだから。
「俺の名前はカイル・セディリック。アルベルト様のホウキ隊の隊長だ。ま、隊長に成ったのはつい最近だ。大した奴じゃない。俺の事はカイルと呼んでくれ。そっちの事もフィリアと呼ばせてもらうぜ。少なくとも道中はな」
息を大きく吐いて、ホウキ兵、カイルを見る。ホウキ隊の隊長が変わったのはつい最近だ。成り上がりの平民が隊長にまで上り詰めたらしく、私の耳にも入っていた。
ホウキ隊はアルベルト様の手の様な物だ。その中で隊長は第二王子の懐刀だ。それを護衛兼監視として寄越してきた。私に断る権限は無い。
「分かった。よろしく、カイル」
「よろしくお願いします、カイル様」
「素直さは美徳だぜ。逃げようとか、無茶しようとかしなけりゃ痛い思いはさせない。俺はお前ら二人ほどじゃないが、結構珍しい鎮静魔法の使い手でね。荒事は任せてくれ」
カイルがヘラヘラと笑う。その態度に湧き上がりそうな怒りを押し留め、私は言葉を続けた。
「時間が無いの。早く行きましょう。……ロスティ、追憶石の光は?」
「はいっ。あちらを指しています」
ロスティが持つ白い追憶石は昨日と同じ様に光っていて、その光は北空を指していた。
「北か。距離はどれくらいかね」
カイルが空を一瞥し、寮の壁に立て掛けていたホウキを引き寄せる。軍用のそれは私が持つ学園用より一回りも大きい。
「荷物は俺が持ってやる。ついでにロスティも乗せて行っても良いが、どうする? 途中で休憩は取るが、基本は飛びっぱなしだぜ」
言外に、ロスティをこちらに渡せとカイルは言う。それを無視して私はホウキへと跨り、ロスティへと視線を合わせた。
ローブ奥の紅玉の瞳がこちらを見る。
「……乗って」
「はい」
短い返事。躊躇い混じりにロスティは後ろに座り、そして、私の外套の裾をそっと握る。
私は何も言わず、ホウキへと魔力を込め、足で大地を蹴った。
魔力を浴びたホウキが飛行の魔法を発動し、私達の体が浮かび上がる。
「わ」
「ちゃんと掴まって」
ロスティが僅かにバランスを崩した後、私の背へ腕を回した。
その手から感情が伝わる。不安と驚き、そして僅かな高揚だった。
私達は空を飛ぶ。急速に寮の屋根が小さくなる。
王城が朝日の方向に見え、光を浴びた尖塔が白く輝いていた。
少しだけその王城を眺めた。ロスティ様と飛んだ時もこうしていたのを思い出す。
背後には既にカイルもホウキで浮いていて、私がホウキを走らせるのを待っていた。
「追憶石が指す場所は」
「あ、あちらです!」
指差す方角は北の空。追憶石の光を頼りにホウキは飛ぶ。
空の風が頬を撫で、左耳の魔石のピアスが冷えていく。風は短くなった私の髪を揺らした。
この光の先にきっとロスティ様の記憶がある。そう信じて私はホウキへ魔力を込めた。
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