ふたりで朝食を
「セシリア、セシリア、起きろ」
ゆさゆさと揺すられてセシリアはうっすらと目を開ける。
ぼんやりと蜂蜜色の頭が目に入る。うちにこんな髪色の人間がいただろうか。そういえば寝心地もいつもと違うような。
セシリアは急に自分の置かれた状況を思い出し、大きく目を見開いた。目の焦点があって、アレクの顔がはっきりと見えた。
「わっ」
驚いたセシリアが急に上体を起こし、覗き込んでいたアレクの額と額がぶつかる。がちん、と鈍い音がしてふたりとも額を抑えてうずくまる。
「セシリア、お前……」
アレクが先に顔を上げ、セシリアの顔を再び覗き込む。
「大丈夫か。額を見せてみろ」
セシリアは自分がぶつかってしまったということもあって、素直に額から手をはずした。
「赤くはなっているが大丈夫そうだな」
「……すいません」
「いや、驚かせた俺が悪い」
「アレクも」セシリアもアレクに手を伸ばし、蜂蜜色の前髪をかき分けた。「大丈夫そうですね」
セシリアとアレクの目が合う。ふっとアレクの視線がゆらぎ、身を引いた。自然と手が伸びてしまったが、軽率すぎたかとセシリアは少し後悔した。
「こちらに運ばせたので朝食にしよう」
寝台のわきに折りたたみの机が運ばれていて、その上には焼き立てのパンや湯気を立てている卵料理、新鮮な果物などが並べられている。
セシリアは寝台から降り、室内履きを履いた。明るい中で寝間着ひとつというのは心もとないと思っているセシリアの心を読んだように、アレクが背後からガウンを掛けてくれた。
そのまま手を取られ、流れるように椅子へと腰掛けさせられる。
「給仕は断った。朝も少し話ができるように。夜は話ができないかもしれないからな」
「それはお忙しい、ということですか」
「いや、俺ではなくお前のほうが話ができない可能性がある」
「どういうことです?」
「疲れて話どころではない、ということだ」
「?」
「妃教育は午前中は座学だが、午後はオリガに護身術を教えてもらう。オリガは手厳しいぞ」
「……はい」
セシリアは無愛想なオリガの顔を思い浮かべ、しぶしぶうなずいた。セシリアに断る権利はない。
「一応、無理はさせないように言っておいたが、オリガのことだからな、どうなるかはわからん」
「なんとかやってみます」
「さあ、冷めないうちに食べよう」
アレクにうながされてセシリアはかごに盛られたパンを手に取った。パンを割るとほんのりと湯気がたっている。一口ちぎり口の中に入れる。しっかりと小麦の味がして美味しい。
卵料理も果物も豪華なものではないが、素材の味がしっかりと美味しい上質なものだった。
一通り食事も落ち着いたところで、お茶を注ぎながらアレクがセシリアにたずねる。
「それで、昨晩言っていた俺に聞きたいこととは」
「えっと、その前に殿下はきちんとお休みになられたのですよね」
「アレク、だ」
「アレク、はちゃんと休んだんですよね」
「もちろんだ」顔色は悪くないし、特段疲れている様子もないのでいくらかは眠ったのだろう。
「私の隣で、ですよね」
「そうだ」
「私、何か変なこと言ったりとか、何もしてないですよね」
「なんだ、そんなことか。そういったことは気にしないのかと思った」
「私だって恥ずかしいと思うくらいの気持ちはあります」
「たまに寝返りをうつくらいでよく眠っていた。初夜を迎えた花嫁とは思えないほどよく眠っていた」
「それは……」
「いつ何時でも眠れる、というのはいいことだ」
アレクはお茶にぽん、ぽん、ぽんと三つ砂糖を入れてかき回した。意外と甘いものが好きなのかと思いながらセシリアは話題を改めた。
「私はなぜ共和制にしたいのか、なぜそう考えるようになったのかということをもっと詳しく聞きたいのです」
「それは」アレクは手元のカップに目線を落として、少し間を置いて続けた。「この時間では無理だな」
「そうですね」
「だが必ず時間を作って話をしよう。お前の協力が得られるかどうかは俺の考え方次第というわけだな」
「それは……わかりません。たとえアレクの考え方に共感できなくとも、私が共和制にしたほうがいいと思えれば協力する、と思います。たぶん」
「そうか」アレクはカップのお茶を飲み干して立ち上がった。
「今朝はここまでだ。お前も急いだほうがいい。座学のフリードマン先生は時間に厳しい」
セシリアも慌ててお茶を飲み干して立ち上がる。
「お前と話すのは面白い。俺ももっとお前と話がしたい。朝食の時間は短いから、重要ではない話、そう、ただの話がしたい。お互いの好きなものとか家族の話とか」
「私は別に構いませんけど」
「では決まりだな。また夕食のときに会おう」そう言うとアレクは寝室を出ていった。
アレクと入れ替わりに数人の従僕とオリガが入ってくる。
従僕は手早く朝食を片付け始め、セシリアはオリガに連れられて私室へと戻った。