探偵と騎士と美容師と(4)
キ、キスを……してしまいました!
王都中のお姉様方に人気の、リン様に! リン様のお鼻に!
どうしましょう!
リン・アラベスク様の噂は、私でも聞いたことがあります。身分は一代限りの騎士爵を先日賜り、若くして立派な方と評判です。キリッとした美しいお顔立ちと誠実そうな瞳をしていらっしゃいます。まだ独身でいらっしゃるので、理想の騎士様と、貴族はもちろん平民のお姉様方にまでファンがたくさんいます。お姉様の同級生の方々が、きゃあきゃあ噂をされていて、とても印象に残っているのです。
逞しく均整の取れた体は背が高く、私など抱きしめられたらすっぽり隠れてしまいそう……って、私ったら何を考えているのかしら! はしたない!
「アナスタシア様……おかわいそうに」
きっと私の顔色が青くなったり赤くなったりしていたのでしょう。
ミナが今にも泣きそうな顔で言います。
「違うのよ、私は大丈夫です」
ミナの両手をきゅっと握ります。
ごめんなさい。侯爵令嬢の私がキスを、身内でもない……婚約者でもない男性にしてしまったなんて噂になったら、大変なことになってしまいます。そばにいたミナは解雇くらいで済めば良いのですが……お父様がどこまで許すかわかりません。
私はどうしたら良いのでしょう?
はっ! そうだ! 良いことを思いついたわ!
「リン様!」
「はい、なんでしょう?」
「私と結婚してください!!」
見上げたリン様の瞳が、思い切り見開かれました。
ぶーっ! と誰かが吹き出す音が聞こえて。
「アナスタシア様?!」
……それと同時に、ミナの絶叫。
ごめんなさい。今日はいっぱい叫ばせてしまったわ。後で喉に優しい蜂蜜をプレゼントするから許してね。
「ブライト!」
アリスさんが、怒り声をあげます。
ぺちん! という音が響きました。
……ええと。その音、かなり強烈な頭部への平手打ちの音なのでは?
「痛ッ!」
吹き出したのはブライトさんのようですね。
アリスさんは私のところに来ると、
「アナスタシア様も落ち着いてください。……どうしてそのようなことを言っているのか想像は出来ますが、今ほどの事故が公になることはございません。私が保証いたします。勿論王太子妃殿下にはお伝えいたしますので、侯爵様のお耳には入るかと思いますが、噂になることはございません」
ええと、そうなのですか?
よくある異世界転生では、主人公が前世の知識を生かして……ってことも多いようだけど、私は前世単なる学生で、しかも、まだ恋もしてなかった気がします。
経験値ゼロなのです。
だからとりあえず、こういうハプニングにどう対処したら良いのか想像もつかず……とりあえず結婚? なんて思ったのだけれど、違うのですね。
「アラベスク副隊長、今回の件、他言無用です」
「心得ています」
「ブライト。アラベスク副隊長を呼んだのは、あなたですか?」
「いや」
ブライトさんは苦笑しながら頭を撫でている。リン様が、
「私は隊長より、こちらで、ツリーハイン子爵の指示に従うように、と指示を受けております」
アリスさんはその事実を聞いていなかったのか、少し怪訝そうな表情をした。先ほどから、アリスさんの感情がちらっと読めてしまっているのですが……氷が溶けてきているようです。
「あら、王妃殿下の指示なのね?」
「そういうことかと」
ブライトさんはにんまり笑う。人の悪そうな笑顔ですわね。
「なんでも人のせいにするのは良くないよ」
あら?
そういえば私、今、少し気になることを聞いた気がします。
私はブライトさんを見ました。
「ええと、ツリーハイン子爵?」
するとブライトさんはにっこり微笑んだ。
「ええ、そうです。私はブライト・ツリーハイン。アリスの弟です」
「申し訳ございません。アナスタシア様。我が弟、ブライト・ツリーハインは、天才の皮を被った馬鹿なのでございます」
え……それってひどい言いようじゃあありません???
アリスさん。