探偵と騎士と美容師と(3)
目の前に無数の星が光っています。
七色のカーテン……オーロラまで出ています。綺麗すぎて目が痛いです……。
ブライトさんに触れられた私は、それまで忘れていた、たくさんのことを思い出しました。
私が最強で最凶最悪の悪役令嬢アナスタシア・タンザナイトとして生まれたこと。
2歳の頃、転んで頭を打ち、自分の未来を見てしまったこと。
その頃の私はまだ、家族に溺愛されても傲慢に育ってはいませんでした。当然かもしれません、まだ2歳児ですから。
元々の物語では、成長していく過程でどんどん傲慢になってゆき、最終的には女王の座を狙ってしまいます。そして、王子とヒロインである聖女に、闇騎士に堕ちてしまった聖騎士と共に処刑されてしまうのですが……私は普通の女子高生で、その物語を知っていました。ただ、若くして何かの事故で死んでしまい、異世界に転生したようなのです。ただ、どんな事故だったかなど、その辺の記憶は曖昧です。
そんなことを、2歳児の体で思い出した私。
そして、思いました。
……無理ですから。悪役令嬢なんて。
自分の決められた未来を知った2歳児、恐怖で大泣きです。いくら女子高生だったとはいえ、生まれ変わり、2歳児として生きていました。知能も感情も、ばっちり2歳児に。
だから、とにかく怖かったのです。
血まみれになって高笑いする自分が。悪事に手を染め、周囲からどんどん疎まれ、畏怖の対象になっていき、挙句処刑される……そんな自分の死に様が。
悲惨な自分の未来を見てしまった幼児なんて、そんなものではないでしょうか?
今思うと、それが全ての始まりだった気がします。
もしかして、頭を打ったのが5歳頃だったら、既に手遅れで、その後スクスクと悪役令嬢として立派に育ってしまったのかもしれません。邪悪に育つきっかけになったのは、5歳の頃に使用人の子供を怪我させたことですから。それが、まだ2歳の頃に残酷な未来の自分を見せられても……「そんなわるいことなんてあたちできまちぇん!」となって当然ではないでしょうか。なんたって、幼児用絵本で、勧善懲悪の物語を読んでいるような頃です。
とにかく私は全てを知って、その上で、悪女になるのは無理! と思いました。
そして、運命に抗うことを決めたのですが、当時の私にできることは、いつまでも幼く天使のように無垢な幼児でいること。
だから私は、無意識に自分へ暗示をかけていたようです。
幼い無垢な自分でい続けられるように、と。そして、思い出したことさえ忘れるよう、自分に暗示をかけたのです。演技に自信がなかったので。
年齢よりも幼い行動や、ドジなのは、その暗示のせいでしょう。……ええ、そうです。そうに決まっています。天然ではありません、絶対。私は本来、もっと知的で素敵なお嬢さんになれるはずです。悪女になるほどの素質を持っているのですから、素敵で知的な女性になるのなんて楽勝だったはずです!
こうして、いるはずの悪女が消えてしまった。
それが、バグの原因ですわね。
ところが、物語がスタートする時期になり、いわゆる「物語の強制力」が働いたのでしょう。悪女になりたくない今の私と、悪女にしようとする物語の、せめぎ合いがあったのではないでしょうか?
物語にはなかった、第二王子に対するほのかな恋心も、さらに元の物語から外れていく原因だったのかもしれません。ただ、私だけのせいではないはずです。物語の第二王子は、もっと情け無いダメ男だったのですもの。でも、この世界では、大変優秀な方です。なぜかは知りませんが。
こうして、喜んで殺す予定だった相手に恋心を抱いた私は、暗示のせいだけではなく、恋心ゆえますます悪女から遠ざかっていきました。
でもそれでは、物語が始まらないのでしょう。前世の言葉で言うところの、物語の強制力が働いたようなのです。
何かに操られるように、でも物語を拒否するように聖女召喚をし、強制力で聖騎士を召喚させられてしまった、というのが真実なのでしょう。
ブライトさんは言いました。
選ぶべきだ、と。
どちらの自分を選ぶのか。物語の自分か、今の自分か……。
それなら決まっています。
私が選ぶのは。
「悪女になど、なれません」
悪女から解放された、今の自分を選びます!
決めた瞬間、体中の力が抜けていきます。
「……アナスタシア様!」
ミナの悲鳴のような声。
魔法を使う力も出ず、床に激突する衝撃を覚悟した私でしたが、なぜか衝撃はありませんでした。
誰かに抱きとめられたようです。
「力を使う時は、いつも周囲を気にしろと言ってるだろうが」
落ち着いた、バリトン。若い男性のよう。
良い声です。
私の目の前でチカチカ瞬いていた星達が消えていきます。
「大丈夫ですか?」
私はそっと目をあけました。
はい、もう大丈夫なようです。
背後にいるであろう人にお礼を言おうと、背後で支えてくださった手を外すようにほんの少しだけ前に出て、ゆっくり振り向きました。
ところが。
私を助けてくださった方は、なぜか少ししゃがむような姿勢をとっていたようです。
後で思ったのですが、身長差がありすぎて、幼い(ように見えた)私を怖がらせないように、しゃがんで目線を合わせてくださろうとしていたのだと思われます。
「アナスタシア様ぁぁぁ!」
ミナの絶叫が響く。
ミナがこんなふうに叫ぶなんて珍しいのです。
が。
私も心臓が止まるかと思いました。
なんて言ったらいいのでしょう? 前世で言うトーストくわえて曲がり角でドン的な?
私の唇が、相手の方のお鼻に、ちゅっと触れてしまいました!
だって、家族のする挨拶のキス以外で、他人にするファーストキス? です!
「いやぁあああああああ!」
思わず、相手の方を思い切り突き飛ばしてしまいます。あ、ちょっと3mほど吹っ飛ばしてしまいまして。魔力出ちゃいましたね。
ブライトさんがひゅうっと口笛を吹き、アリスさんに叩かれました。
「こ……これは失礼を……タンザナイトのお姫様になんてことだ……」
動揺した声。
お父様かお兄様に殺されるかもしれませんものね。すみません……でも私もショックなのです!
でも、この方、私が魔力で突き飛ばしたのに、吹っ飛ばされはしたもののちゃんと受け身を取られていますわ。すごい。
それにしても、私のファーストキスが無くなってしまったわ! どうしましょう! ……と思いつつ、驚いて相手の方を見つめると。
そこにいたのは、王都警備隊の副隊長。
16歳の私でも知っている、独身のお姉様方に大人気、強くて素敵と評判の22歳の警備官、リン・アラベスク様でした。




