探偵と騎士と美容師と(2)
百合の花のような人だわ……。
男性なんですけど。なぜお花に例えたくなってしまったのでしょう? 不思議です。
優しそうなお顔立ちのせいでしょうか? あら、瞳は一重でいらっしゃる。切れ長で、男性的なキツさもお持ちなのに。
私はぼうっとそんなことを考えていましたが、ミナが小さく咳払いをしました。
はっ! いけないわ。私から自己紹介をしなければならないのに、ついつい考え事をしてしまった。
「私はアナスタシア・タンザナイトです。はじめまして、探偵様」
すると、探偵事務所さんは少しだけ驚いたようだった。でもすぐににっこり微笑み、
「探偵のブライトです。はじめまして。僕のことは、ブライトとお呼びください」
平民なのかしら。
「ブライトさん、とお呼びしても?」
「アナスタシア様が、それでもよろしければ。どうぞ、侯爵邸のソファに比べたら、地面に座っているようなソファですがおかけください」
ソファに促されて座るが、私はついつい心細くなって、
「ミナも隣に座ってちょうだい」
と言ってしまいました。
アリスさんが、ソファの後ろに静かに立つ。
「ブライト。事情は話したとおりだけど、もう一度アナスタシア様からお話していただきます。その方が。あなたもよくわかるでしょう?」
あら? 少しアリスさんの口調が気安い気がするのだけれど……気のせいでしょうか?
「いや、それについては問題なさそうだ。アナスタシア様、お手に触れてもよろしいですか?」
「は?」
にっこり微笑んで言われ、私は一瞬間抜けな声を出してしまいました。
「なんと無礼な! こちらのお方をどなたと心得る!」
ミナが声を荒げる。
すると、アリスさんが、
「私の方から説明を。こちらの探偵は、最近では珍しい、真実の目の持ち主です」
「真実の目」
私は振り返って、背後にいるアリスさんをみつめた。
そういえば、認識阻害の魔法を解除をしていないです。探偵さんに会えると期待と緊張で、すっかり忘れていました。それなのに、ブライトさんは私たちが見えていました。
聞いたことがある。
真実の目という特殊能力を持つ魔力持ちのことを。
真実の目とは、相手の将来を暴く真実なのだという。
魔力を持つ者が少なくなった現代において、真実の目を持つ存在は、幻のようなものだ。
以前その存在のことを初めて聞いた時は、嘘発見器のようなものかしらと思いましたけど。
ブライトさんは嘘発見器なのかしら? でも私、嘘などついていませんよ?
「ブライトの力は、相手に触れ、魔力を吸うことで発揮されます。ですから、魔力なしには何の役にも立ちませんし、本人が“知っていること”のみしかわかりません」
「私の知っていること……?」
と言うことは。
「聖騎士様を、もし一瞬でもしっかり見ていれば、私が覚えていなくても、ブライトさんは聖騎士様のお顔を再現できるということですか?」
「そうです」
なるほど。ペリドット様はそこまで考えていらっしゃって、私をブライトさんに会わせたのですね。
私は納得してふむふむ頷いていると。
「違いますよ」
「え?」
私は驚いてブライトさんを見る。
「は? 何なの、急に。話が違うわよ?」
アリスさんの不機嫌そうな声。
ええと……氷のレディーが、なんだかガラの悪い方になっているような気がします……。
「アナスタシア様。僕はずっとこの日を待っていた。バグったあなたの真実をみきわめるために」
ば、ばぐ?
馬のお道具?
「僕はもともと王立医大の外科医です。僕に触れられたところで、侯爵令嬢としてのあなたの価値にはなんら変わりはない。診察の一つだと思えば良い」
この方が、お医者様ですって? こんなにお若い方が?
普段淑女教育で、できるだけ表情を変えないよう訓練されていても、間抜けな表情をしていたのだろう。
「王立医大の医者だったのは真実です」
アリスさんが答える。
「侍女殿。最近アナスタシア様の言動に違和感がありませんでしたか? そうですね……以前のアナスタシア様からは考えられないほどきつい物言いをするなど……」
ブライトさんの言葉に、ミナはハッとした表情になる。
「以前のアナスタシア様は、言葉遣いがとても丁寧でした。「です、ます」口調と申しますか……一生懸命お話しされる小さなお子様のようでとてもお可愛らしく。でも、最近、まるで別人のような、厳し目の口調と言いますか……まるで今のアリス様のような、自立なさった女性のような言葉遣いをされる時があるのです」
「やっぱりそうなのですね」
え? そうなの?
全く気づかなかった。
って言うか、何気にミナに酷いことを言われた気がします。
「アナスタシア様。あなたは選ぶべきだ」
選ぶ? 何を?
ブライトさんがにっこり微笑んで私の手を取る。
何かがスッと抜き取られた気がする。
「この世界のあなたなのか、それとも……“正しく”聖騎士を選んで召喚した、もう一人の別のあなたなのか」
ブライトさんの手からキラキラと輝く何かが、私に流れ込んでくる。
正しく、聖騎士様を?
私は、聖女様をお呼びしたかったのに?
「あ……私……」
ぱあん!と、何かの鎖が弾け飛んだような感覚。
星屑のような光がキラキラ私にまい落ちる。
そうだ。
思い出した。
悪役令嬢アナスタシア。それが私のもう一つの姿。
あちらの世界では、傲慢で最強最悪な、わがままな女性だった。
王族全員を亡き者にして、あげく召喚した聖騎士を傀儡にし、スターライト王国を乗っ取ろうとした、ラスボス令嬢。
それが、“正しい”もう一人の私。
アナスタシア・タンザナイト。