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第060話「回避できなかった誘拐」

■王歴847年 8月15日:帝国との開戦から二年四か月後


 あの帝国での凄惨な事件から気づけば二年半。

 本来なら国際裁判が起きた後に再戦される予定だった帝国との戦争は、被告人である女帝が正気を失ったとのことで、戦争はおろか国際裁判すら起きず、平和な二年間を過ごせたのだが……


「えーと、これは……ソウル家とは敵対する家だから不参加で、これは参加」

「却下、却下、却下、却下。

 顔だけ見せる。これは焼却。

 はぁー、面倒くさいなー」

「フレイヤ。

 死に戻り前もそうでしたが、社交界パーティーの選別や返答って大変ですね」


 毎日山のように来る手紙の対処で四苦八苦する毎日を過ごしていた。


「まあね。私は公爵令嬢でリリーは第一皇子の婚約者候補だからね。

 少しでも家を大きくしたいって思っている人なら私たちと関係を持つためにそりゃ社交パーティーの誘いを出すよ。

 これは貴族に生まれた限りは仕方ないよ」

「それは分かっていますが……でも……」

「それにリリーは将来この国の国母になったらこれ以上の書類を捌く毎日になるんだよ。

 だから今のうちに慣れておかないとだめだよ」

「ふ、フレイヤ。

 私とレイは婚約者候補で、まだ結婚するとは――――」

「リリーはレイと結婚するよ。

 ()()()()()()()()からレイとリリーが結婚するのは決まっているんだから」

「生まれる前からってどういうことですか?

 もしかして、フレイヤは私の知らない何かの事実を知っているんですか?」


 私の言葉にフレイヤは余計なことを言ったと言うかのような表情を浮かべる。


「あー、ごめん。

 全部知っているけど、私からはここから先は言わないようにしているんだよね。

 と言うより、何でそうなるかはリリーが17になった時にあのクソッたれ国王自身が教えることになっているから、なるべく教えるなって言われているんだよね」

「どうしても?」

「イエス」

「私がお願いしても?」

「イエ~~ス」

「絶対に?」

「イエ~~~~ス!!」

「はぁ、分かりました。

 フレイヤがそこまで言う時は絶対に喋らないことは知っているので、これ以上は聞きません」

「ありがとー流石、親友。

 よく分かっているね」

「どういたしまして。

 ただ、一つだけこれだけは答えてください。

 それは……()()()()に関係していることですか?」

「それはない。絶対にない」


 フレイヤの短くだけど力強い否定の言葉を聞いた私は思わずほっとする。

 何故なら、あの事件とは死に戻り前の時と同じならばこれから二週間後に起きる予定の私を除いたジーク様亡き後に候補者に追加されたフレイヤ含む第一皇子であるレイの婚約者候補である六人が全員誘拐された事件と関わり合いが無いことがはっきりと言われたからだ。


 誘拐。

 平民の間では特に子供を誘拐して、奴隷に落とすことで大金を稼ぐ方法として、治安の悪い国では良く起きる事件である。

 そのため家族間や親しい間柄ではない限りはそれほど話題にならなず、「へーそうなんだ。見つかると良いね」程度で済ませてしまう事件だ。

 

 しかし、これから起きる事件は全く違う。

 これから起きる誘拐事件はただでさえ常に誰かが護衛している貴族のパーティーの中でも最も厳重に警備されている現在最も次期国王に近いレイの婚約者候補たちが集まるパーティーの中で、私以外の全員が誘拐されると言うものだったからだ。

 無論、誘拐された程度であれば王国の警備隊が本気を出せば、一日で対処完了する案件で、当時も警備隊が本気を出して、誘拐犯の痕跡を探し始め、多くの人がこの誘拐事件はすぐに解決すると思われた。

 しかし、その希望は裏切られ、一日、二日、一週間とその痕跡は見つからず、事件解決まで一か月もかかった。

 しかも、その解決方法も誘拐されたフレイヤが皆殺しにした誘拐犯たちの中で殺されなかった首謀者と間諜を拷問したことで、売られた他の貴族の売られ先を喋らせ、彼女たちの惨殺死体を見つけたことで解決したと言う最悪な形で終わったからだ。


 加えて、この事件はそれだけで終わらず、更に二つの大きな問題が発生した。

 まず一つ目は王国の全警備隊が、婚約者候補たちの捜索に全力を出したことで一時的に王国の治安維持を出来なくなり、死に戻り前では当時まで続いていた戦争によって飢えた平民が商人を襲うなどの治安が悪化し、最終的にはそれと戦争被害が原因によって暴動が起きると言う事態にまで進んだこと。

 そして、もう一つは、第一皇子の婚約者候補である私だけが誘拐されなかったことで、この事件はタイム家が起こしたのではないかと言う疑惑が私に向いたこと。


 この二つの問題が起きたことと、ジーク様の死に関わっていたのではないかと疑惑の目が元からあったことで私たちタイム家が婚約者候補でしかなかった自分の娘をレイの婚約者にするために画策していたのではないかと思われるようになり……

 その後も次々とタイム家が有利になる事件が起き、最終的には私が全てを画策した犯人ではないかと疑われて、処刑された。


 だから、フレイヤがその事件の首謀者と関わっているなんてことは微塵も思っていないが、もし万が一でもその事件に関係していることをあえて黙っているのだとしたら、それは殺された五人を見殺ししたのと同じだと私は彼女を叱っていたかもしれないが……


「そうですか。

 答えてくれてありがとうございます」


 彼女がはっきりとそれを否定してくれたことで、その必要は無いことを察した私は安堵の念を感じたのだった。


「よし、よし、よしっと。

 ふぅ、あとはこれを……よし、完了」


 その後、参加するパーティーには参加の、非参加のパーティには参加できない旨の手紙を書いた私たちは最後の蠟封をした。


「セバス、ちょっと来て」

「はい、お嬢様。何でしょうか?」


 一体どういう方法を使ったのか、小さな声で呼ばれたにも関わらず一瞬で空になったカップに紅茶を追加したうえでフレイヤの後ろに跪いた姿でセバスさんは現れた。


「至急、この手紙出しておいてくれる?」

「承知いたしました。

 喜んでこちらの手紙を出させていただきます。お嬢様」

「因みにリリーの分もお願いね」

「……承知いたしました。お嬢様」


 仕方ないとは言え、主人であるフレイヤの手紙の束を喜んで受け取るのとは反対に、彼の姉を殺したタイム家である私の手紙の束を指二本で受け取たセバスさんは立ち上がると早くも、優雅な歩幅で出口へと進み、扉を開くと私たちの方へ向きなおる。


「お嬢様、それではこのセバス行ってまいります」

「はい、行ってらっしゃい」


 そう言って、ひらひらと手を振るフレイヤに満面の笑みを浮かべたセバスさんはそのまま扉を閉めて、手紙を出しに向かうのだった。

 そして、そんなセバスさんを見送ったフレイヤは今度はその瞳を私の方へと向けるとその口を上に上げて……


「さーてと、それじゃあ、手紙の返事も書いたし今日の特訓を始めましょうか」

「……はい。分かりました」

「じゃあ、着替えて鍛錬場にレッツゴー」


 私の死んだような声とは正反対に楽しそうな声を出すフレイヤは、そのまま私の手を引いた更衣室に向かい、そして……


「なにをトロトロ走っているんだ。リリー・タイム一等兵!!

 良いか。今のリリーは人間以下だ。名もなきマグロ、いやヨコワだ。

 ソウル家のこの訓練を終えた時に、初めてお前は令嬢になる。

 それまでは走っている時以外に呼吸する許可は降りないと思え!!」

「ふ、フレイア……言っていることの意味が一つも分からないんですが……」

「私も自分で何を言っているか分からん!! だが、よくも教官の言葉に疑問を持ってくれたな!!

 罰としてグランド100周追加だ!!」

「ひいー」


 自分の分の訓練をたった一時間で終えたフレイヤとは正反対に、朝から晩まで行われる自己防衛兼、今後起きる誘拐事件の対処のための訓練を二年半もの間、毎日繰り返されている私は悲鳴を上げる。

 もちろん、これが私のためだって言うことは分かる。

 何故なら、体を入れ替えられている以上は、今回もし同じ事件が起きるとしたらその時、フレイヤの代わりに捕まるのは、その体に入っている私だからだ。

 死に戻り前は、フレイヤ自身が子供のときからそう言った訓練を行ったから、フレイヤだけが生き残ることが出来た。

 だが、今度はそうはならない可能性があるからこそ、私に訓練は必須だ。

 そこは分かる。

 分かるのだが……


「なんだその腰の入っていない拳は。

 もっと腰と拳に力と殺意を込めて放て!!

 胸と尻には脂肪と柔らかさ、拳には腰と殺意を込めて、襲い掛かる暴漢の命をその遺伝子ごとこの世から滅ぼしてこそ一流の淑女。

 脂肪も無ければ腰も殺意も無い、お前は三流、いやそれ以下の存在だ!!」

「ふ、フレイヤ、それはぜ、絶対に……ち、違う」

「まだ余分な思考が出来るようだな。

 よし、なら余分な二の腕の脂肪と一緒にその思考を削ぎ落してやる!!」


 な、何で私はこんなに罵倒されながら、訓練されているのだろうか。

 そんなことを思いながら、私は死に戻り前の誘拐事件が起きるその日まで、毎日手紙の返事と訓練を繰り返す日々を行った。

 そして、事件当日。

 死に戻り前と同じように、フレイヤ含めた婚約者候補たちとのパーティーに参加した私は、日々の努力とは裏腹に、あっけなく誘拐犯たちに捕らえられてしまったのだった。

これで二章完了です。

次回から第三章「令嬢誘拐事件」が始まります。


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