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贖罪~ハッピーエンド~




 処刑台へと、一歩、一歩。静かに足を運ぶ。

 それは死への歩み。地獄の境界線へと、足を踏み入れる行為だ。


「ユラン・ドイナーク。最期に何か言い残すことはあるか?」


 憎悪の目を向ける処刑人が冷たく言い放つ。

 信頼が地の底へ落ちる瞬間、人は被害を被っておらずとも悪感情を向ける。裏切られた、ただその思いで、相手を悪と見なして。

 私がそんな彼に向けるのは、慈愛の目と、負い目。


 私はもう、他の誰かに憎まれても、蔑まれても、もうどうでも良かった。彼以外からの目線はもう、どうなろうと良かったのだ。

 だから私が最期に残す言葉は、1つだけ。


「……もし、あるとすれば」


 空を見上げ、澄んだ青色を視界いっぱいに入れて。


「お慕い申しておりました」


 彼と同じ瞳の色に、愛の告白を。

 処刑人が、私の身体と処刑台を繋げたロープへ刃を向ける。

 あれが切り離された瞬間、私の身体は宙に投げられ、穴へと落ちる。


「ユラン・ドイナーク。己の罪を闇の中で溶かし、来世では清く美しい魂になることを」


 罪人への詩を告げ、ロープは切られた。

 穴の奥底、暗い暗い闇夜へ溶け込む。そうして私の罪は償われる。


 殿下の婚約者でありながら、貴方を愛した罪を。


 離れていく青い空へ手を伸ばしても、届くことはない。

 それが、アンリエッタ・ドイナーク。そして、ユラン・ドイナークの、贖罪だ。



「俺の一生の願い、まだ叶えてもらってないぞ。───アンリエッタ!!」



 私の身体が力強い何かに引っ張られた。


 いや、何か、じゃない。私の胸のざわめきが誰かを教えてくれる。

 この、私の胸がざわついて、どうしようもなくなる程、もどかしくなる様な声は。


「ジーンっ……!?」


 彼が、宙へと投げ出された私の身体を奪い去った。


「何をしているのです、離しなさい!私は罪人。それを助けたとなれば貴方もっ……!」

「罪人だろうか知ったことか。それに、お前が俺を匿ってくれるんだろう?問題ない」

「何を……」

「俺の一生の願い、まだだぜ?あの後、容赦なく城の衛兵につき出しやがって」


 そこにいた彼は、無邪気な笑顔を向けるあの人。


「アンリエッタ。罪人を助けた俺と、どこか遠い場所で、一緒に隠れてくれないか?」


 匿ってくれと私の部屋に突撃してきた、あの少年だ。



 あの後、逃げ出した私達を追いかけてきたのは殿下の軍だった。

 ジーンの話によると、私を連れて、王族直属の軍以外から身を潜めながら、殿下達に先に発見してもらう事が今回の任務だったそうだ。


 あの処刑は、王族の預り知らぬところで動いていたらしい。

 殿下は処刑を止める為奔走していたが、本来ならば処刑の前に行う事も無視して異常に早く事が進みすぎて、止めることも敵わず処刑へと至ってしまったとのこと。


 その後、私は殿下達に匿われ、ユラン・ドイナークに関する再調査が行われた。

 裁判官や裁判に関わる部署で、惚れ薬が使われた事。

 その惚れ薬の出所が、リリア嬢であること。

 

 つまりは、惚れ薬でユラン・ドイナークの裁判に関わる人を全て抱き込み、私を確実に処刑する為にリリア嬢が仕組んでいた。

 こうして、一連の事件は幕を閉じた。



 だが、事はそう上手くは運ばない。


「お前の罪状を言い渡す」


 私は、殿下の前に膝まずき、殿下の言葉を待つ。


「ユラン・ドイナーク、……いや、アンリエッタ・ドイナークよ。お前は王族にアンリエッタが病弱と嘘をつき、また、自らがユランであると、名と性別を偽った。相違ないな?」

「はい」

「ふむ。……では、お前は王族を騙ったとし、不敬罪へと処す。それに伴い、私とアンリエッタ・ドイナークの婚約は破棄させていただく」


 冷たい声音で告げる彼に、私はとはい、と受け入れる。

 と、そこで殿下がため息をついた。


「……ここまで淡々と同意されると、私も傷つくのだが」


 責めるような口調でありながら、慈愛に満ちた声だった。

 殿下が嫌いという訳ではない。だから、少しだけ心が痛む。


「……申し訳ありません」

「いや良い。言わずとも、分かりきっていたことだ」


 では続きを、と殿下が続ける。


「アンリエッタ」

「はい、殿下」

「お前との婚約は破棄したが、伯爵家との繋がりは消したくない。よってお前に、王族と繋がりがある新たな婚約者を当てる」

「はい」


 貴族に愛ある結婚は認められない。

 王族と繋がりのある方といえば、公爵家だろうか。

 政略結婚は、貴族の務め。良い相手でありながら、私はそれから一度逃げ出した。

 だからもう、逃げることは赦されない。


 覚悟を決めて殿下を見上げると、殿下はイタズラ少年のような笑みを浮かべた。


「ジーン。お前、アンリエッタと結婚しろ」


「……は?」


 そんな抜けた声を出したのは、誰だっただろうか。

 その場にいた誰もが驚いた。ただ一人、殿下を除いて。


「アレックス!お前、何を勝手な!!」

「いいじゃないですか父上。この方が、面白い(・・・)


 どうやら殿下の独断らしい。勿論、私も驚いている。


「アンリエッタ、お前があいつを好いている位、初めて会わせた時から気付いていた。なのに、お前らと来たら……ククッ」

「で、殿下!お戯れを!私には貴方という婚約者がいたのです、そのようなことは決して!」

「いい、いい。全く、いつになったらお前らは素直になるのだと楽しみにしていたのに。2人揃って頑固すぎるぞ。……まぁ、その方が面白かったのだがな」

「……殿下。貴方って人は」


 笑いを堪えながら話す殿下に、辟易とする。


「ほらジーン。お前もいつまでも顔を赤くしてないで告白の1つでもしたらどうだ?」

「私が殿下の婚約者を慕うなんてことは、」

「取り繕ったとしてもバレバレだ」


 背中を押され、茹でダコの様に顔を真っ赤にした彼が、私の前に立つ。


「……最初は、貴方が殿下の婚約者だとは知りませんでした」


 罪を告げるように、彼はポツリポツリと語り始める。


「共に下町に降りて、貴方と過ごす日々は、輝いていて。時折見せる貴方の笑顔に、私の心は甘く蕩けさせられてしまいました。好きでした。貴方の笑顔も、話も、人柄も。殿下の婚約者なのだと知っても。離れられずにいました。勿論、このままだとダメだと分かっていても。……私もまた、貴方と同じように罪を犯していたのです」


 静かな声での罪の告白。誰かに諌められるのを恐れるような、そんな気持ちが隠れ見えた。

 

「惚れてはいけない相手を、惚れるどころか、深く、愛してしまったのです。慕ってしまったのです。」

 

 熱心に見つめる彼の瞳には、覆っていた氷が溶けたように熱だけがある。

 彼が内に秘めていた熱の先は、私にだけ向けられたものだった。


「アンリ。そんな罪を犯した俺でもいいなら、一緒になってほしい。……いや」


 一歩踏み出した彼が、私の体を包んだ。


「ほしい、なんてぬるいものでもない。もしお前が俺を拒むなら、」

「拒むなら、どうするの?」

「お前を永久の檻に閉じ込める」


 背中に回された腕が私を強く、固く閉じ込めようとする。

 そんな強さがあるのに、彼の腕は震えていて。


 怖いのだ。誰だって。


 罪を認め、罪を許されないことが。


 だから私は、彼の腕を優しく包む。もう、怖がることなんてないよと、震える腕を受け入れる。


「……拒みません。あなたの罪は、私が許します」


 怯えた腕が、震えを止める。


「私は、あなたの()を呑み込んでしまうほどに貴方を愛しているのですから」


 私達、貴族の愛は罪だ。決して認められない、許されない罪。

 罪人には、誰もが非難の目を向けるだろう。だが、そんな彼らには決して分からない、理解されたくもない。


 罪を犯す者は、手に入れたいものが禁じられたものであっただけのこと。


 許されないのを恐れながら、許されるべきだとも思わない。


 だけど、罪を犯してしまった私には、彼らの気持ちが分かる。

 彼らは、悲しい人たちなのだ。

 涎を垂らし、ミスぼったらしい姿になって、我慢して我慢して。いつしか限界をこえ、手を出してしまった彼らを、誰が非難しようか。


 少なくとも、分からない者達に非難される謂れはないのだ。


 勿論、その罪の結果実害がそこにあった場合、彼らも同じ境地に立つのだから非難してもいいだろう。

 殺したいほど憎む気持ちは、私達愛を持った貴族と同じ罪人──『悲しい人たち』なのだから。



 だから私は、同じようにそんな悲しみを背負わせてしまった彼を、優しく包み込む。



「先に進めるんだが……、いつまで抱き合ってるつもりだ?」


 ニヤニヤと楽しそうに、意地悪そうに笑みを浮かべる王子が一声かけると、私達は恥ずかしくなって急いで離れる。


「ふむ、意地悪なことをしたかな」

「い、いえ、とんでもありません!」「殿下……」


 私は否定を、ジーンは怨めったらしく殿下を見る。


「ははは。だが、おめでたはお前達だけじゃないからな。つい聞いてほしくて仲を割いてしまった。許せ」

「おめでた、ですか?」

「あぁ。私は今さっき婚約者を失った可哀想な身でな」

「……すみません」

「ははっ、なに、謝ることはない。さて、そのおめでたとやらを教えてやろうではないか。───リリア嬢?」


 言われて出てきたのは、ゴッテゴテなまでに宝石を全身につけられ、疲れた顔を見せるリリア。あんなに欲しがった宝石を身に付けられてはいるが、なんだか手錠でもかけられているように私の目には写った。


「婚約者の代わりといってはなんだが、彼女を側室として迎えようと思ってな」


 あ……、出た。殿下の『悪魔の笑顔』。

 あの顔をした時は大抵、誰かが悲惨な運命にあうのだ。


「そう、ですか。おめでとうございます……?」

「何もよくなんかないわよ!この王子だけはダメ!メインルートの癖に一回も攻略されないと思ったら、最後まで関わらないでいると攻略ってなんなのよ!あんた、頭可笑しいんじゃないの!?しかもしたらしたで、鬱コメがあって誰も話したがらないと思ったら、まさか、ペットルートだなんて!いやよ!もう犬のカリカリだけはもう嫌なの!せめて人間の食べ物を………、ワンワンワン!ワワン!」

「ははは、リリアも嬉しくてつい高ぶってしまったようだ」



 殿下今、何かさらっと禁術使いましたよね?とは、恐ろしくて言えない。



 何か言いたげなリリアが、今度は必死に「にゃー!にゃー!」って吠えている。言葉が話せなくなるなんて。禁術って、恐ろしいわ。


「とにかく、ここに2つの結婚が報告されたのだ。さぁ、みんなで宴でもしようじゃないか」


 その後、城下町で三日三晩続く宴が開かれた。

 町では豪華な食事が振る舞われて、私達も町の人と一緒になって笑う。



「アンリ」


 彼が愛おしげに私の名を呼んだ。


「……愛してる」


 昔や、助けた時のような無邪気な笑顔はもう見せない。

 私達は大人になったのです。彼は寡黙に、私は上っ面な顔をよく見せるようになったけれど。


「ジーン。私もよ。……愛してる」


 それでも、この()だけは決して消えない。


 これは、私達が一生償っていく、()なのだから。

ハッピーエンド、ということで。

後日談はまた今度。一応、完結とさせていただきます。


読んでいただき、ありがとうございましたm(*-ω-)m

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