孤児院を12
イザークは、シンロクと一緒に子供達の後ろで話を聞いていた。この場で一番びっくりしていたのは、彼だ。
「いったいいつの間に…。」
デニスが黒騎士を目指しているなど、彼ははじめて聞いた。あまりにも思いがけないことであっただけでなく、弟の野望めいた目標に驚愕させられた。
近頃ずっと、デニスが黒騎士の後をついてまわり、憧れの眼差しで見つめていたことは知っていた。この年頃の子供が騎士に憧れるのは、ごく当然のこと。弟の行動も、子供ならではの憧れだとばかり思っていた。
だが、ここで、誰に聞かせても恥ずかしくない、自分の誇れる目標として、デニスは大っぴらに自分の野心を語った。だからといって、本当に黒騎士になれるかどうかは疑問だ。
確かに黒騎士の中にも平民出身者はいる。たとえ、目標として目指すとしても、これが青騎士なら、まだ可能性は大きいと思える。青騎士のほとんどは平民出身者だ。
しかし、黒騎士はかなり狭き門だ…。イザークは知らず、身体に力が入り、手を強く握り締めていた。
いつも兄である自分を不安そうに見上げ、雛鳥のように後をついてまわった、幼い弟。あのデニスは、もうどこにもいない。
目の前には、これから孤児院で暮らすことになる子供達に対し、堂々と自分の意見を言い、皆を指導しようと先頭に立つ弟がいる。イザークは、苦笑した。
「全く…。これじゃ、どっちが兄だかわかったもんじゃない。」
何もかもを取りあげられ、弟の為と心に言い聞かせながら、その実、この弟がいなければ自分は上の学校に行けていたのに、と心のどこかで恨んでいた自分がいる。もちろん、面と向かって何かを言ったことはない。けれど、弟は敏感に自分の気持ちをくみ取っていた。
その、揺れるような眼差しに、イザークは少なからず怒りを感じていた。弟に心配される、情けない兄。苛立ちと、ひがみと、何もかもがうまくいかない状況、失ったものは大き過ぎて、もう二度と両親のいた時のように幸せな気持ちにはなれないのだ、と思っていた。
ところが弟は、今という、信じられないほどの未来を手繰り寄せてきた。あいつには、きっと強運の星がついている。
未来などない。今日と似たりよったりの相変わらずの日々が永遠に続く。運命などという言葉とも無縁だ。そう思っていた自分に、今日、という全く新しい日と生き方をもたらしてくれた。
ブックを取り戻すことができたのも、上の学校に行けることになったのも、弟のおかげ。今でも朝、目覚める度、イザークはブックの手触りを確かめないではいられない。
「あいつなら、できるのかもしれない。俺も負けてられないな。」
弟が黒騎士を目指すというのなら、少しでも彼の助けになるよう、自分も頑張らなくてはならない。しっかり勉強し、将来はカーデュエルの神社で働く。陛下はカーデュエルをとても大事にしている。そこで自分が重要なポジションを築き、弟をバックアップする…。
今まで、こんな風に未来のことを考えたことはなかった。どれだけ考えてもどうしようもない、とあきらめていたのだ。野心や野望があっても、それをかなえるには身分や金が絶対必要だ。そのどちらも、自分にはないものだ。踏みつけられて当然だった。
それは現在も変わらない。イザークはただの平民にすぎず、金も持っていない。
しかし、決定的に違うものがあった。カーデュエルの主の後見、そして新しい王の存在。弟が黒騎士を目指すというのなら、自分はどうすべきか…。
イザークは、自分にできる精一杯の力でできることをしよう、と密かに心に誓った。




