プロローグ
「こんにちは。依頼達成報告をいいですか?」
冒険者ギルドの受付カウンターに声をかけると、顔なじみの受付嬢が柔らかく微笑んだ。
「おかえりなさい、ユキさん。薬草採取でしたね」
俺はマジックバッグから束ねた薬草を取り出し、カウンターに並べていく。ヒール草十束、傷病草十束。それと、依頼には含まれていないが常時買取対象のヨモキ草も十束だ。
受付嬢は手慣れた様子で一つひとつを鑑定していく。
「今回も品質は最高品ですね。依頼分が合わせて五千リラ、ヨモキ草が八百リラで、合計五千八百リラになります。品質がいいので少し上乗せされています。ギルドカードに振り込みますか?」
「二千リラは現金で。残りはカードにお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
受付嬢は奥へと下がり、会計担当と手続きを行う。待っている間、周囲を軽く見渡す。昼過ぎのギルドはそれなりに混んでいて、依頼帰りの冒険者や、これから依頼を受ける者たちで賑わっていた。
しばらくして、受付嬢が戻ってくる。
「お待たせしました。こちら二千リラ、銀貨二枚です。残りはギルドカードに入っていますので、後ほどご確認ください」
「はい、ありがとうございます」
銀貨を受け取りながら、俺は本題を切り出した。
「それと、明日から王都に行こうと思っているんですが、何か情報はありますか?」
ラーズの街から王都までは、馬車でおよそ一週間。徒歩なら十日ほどかかる距離だ。冒険者は基本的に徒歩移動が多い。道中で魔物を討伐したり、採取をしながら進む方が効率がいいからだ。
「そうですね……今のところ特に大きな変化はありません。魔物の出没状況も平常通りですし、天候も安定しています」
「そうですか。では、王都までの配達依頼はありますか? 報告猶予が一ヶ月半くらいのもので」
「ユキさんは……マジックバックをお持ちでしたよね?」
「はい、中サイズを」
「でしたら、商業ギルド宛の荷物が三つと、冒険者ギルド宛の手紙が四通。それとドレン子爵家宛の手紙が一通あります」
子爵家。
その単語を聞いた瞬間、即座に選択肢から除外する。
貴族関係は、とにかく面倒だ。下手に関われば、何が原因でトラブルになるかわからない。
基本的に、貴族宛の荷物や手紙はギルド止まりにするのが通例だ。そこから先は、執事やメイド長が受け取りに来る。平民が直接屋敷に届けるなど、トラブルの種でしかない。
俺もまだ、そんな面倒事に首を突っ込むつもりはない。
「荷物は全部受けます。手紙は冒険者ギルド宛のものだけで」
「かしこまりました。……やはり子爵家のものは受けませんか」
受付嬢が苦笑する。
「直接はトラブルの元ですからね。『鉄の斧』の人たちにも、命が惜しいならやめておけって言われてますし」
俺がそう言うと、受付嬢は小さく頷いた。
「賢明だと思います」
手続きを終え、荷物と手紙を受け取る。
「では、いってらっしゃい。道中お気をつけて」
「はい」
軽く手を振り、俺はギルドを後にした。
街の門を抜け、西の森へと足を向ける。しばらく進んだ先にあるのが、俺の拠点――ログハウスだ。
明日から王都へ向かうとはいえ、実際はそこまで大変でもない。
日が暮れればテレポートでここに戻り、休息を取る。そして翌朝、日の出前に前日の地点へ戻ればいい。
多少面倒ではあるが、この力を人に見られる方がよほど厄介だ。
「……朝が苦手なのは、どうにもならないけどな」
小さくぼやきながら、ログハウスの扉を開ける。
中に入り、簡単に荷物を整理したあと、机に向かう。紙とペンを取り出し、短い手紙を書き始めた。
宛先は『鉄の斧』。
この街に来てから何かと世話になっているAランクパーティだ。今回のことも、一応伝えておいた方がいいだろう。
――しばらく王都に行ってくる。
簡潔にそう記し、最後に軽く挨拶を添える。
書き終えた手紙を手に取り、呪文を唱える。
「――汝は鳥。我の思い描くもののもとまで飛び、その姿をもとに戻せ」
言葉が終わると同時に、手紙は淡い光を帯び、次の瞬間にはスズメほどの大きさの鳥へと姿を変えた。
小さく羽ばたいたそれは、迷いなく窓から飛び立っていく。
『鉄の斧』が今どこにいるのかは知らないが、この魔法なら問題なく届くだろう。
「さて……準備はこんなもんか」
椅子に背を預け、小さく息を吐く。
王都行き。
特別な理由があるわけじゃない。強いて言えば、もっと世界を見てみたいと思ったからだ。
この三ヶ月で、俺の生活は大きく変わった。
冒険者として依頼をこなし、魔物と戦い、素材を集める。そんな日々を繰り返しているうちに、気づけばこの世界に馴染んでいた。
だからこそ――
「まだ」なのか、「もう」なのか。
感じ方は人それぞれだろう。
だが、俺にとっては確かに言える。
あれから三ヶ月。
そして今でも、あの日のことははっきりと覚えている。
祖父の遺品整理の最中に見つけた、あの扉。
何気なく開けたその先に広がっていた、まったく別の世界。
あの一歩が、すべての始まりだった。
「……本当に、変わったよな」
ぽつりと呟く。
不自由はなかったはずの人生と、今こうして自由に世界を歩く日々。その両方を、俺は行き来できている。
皮肉なものだが――悪くない。
むしろ、楽しいとすら思える。
立ち上がり、軽く体を伸ばす。
「明日から、王都か」
まだ見ぬ場所。
まだ知らない人々。
そして、これから起こるであろう出来事。
それらすべてに、ほんの少しの期待を抱きながら――
俺は静かに、夜の支度を始めた。
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