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勇者の告白、魔王の決意。二人の未来に幸あれ!

 がらーんがらーんがらーん。

 

 大聖堂のてっぺんにある大きな鐘が鳴る。わたしはその大聖堂のてっぺんに続く細長い階段を上っている最中なので、耳が痛くなるくらい大きな音だった。


 午後六時を知らせる鐘だ。

 ……うん。ちょっと遅刻した。

 いやー、だって大聖堂広いからねー……。一応、スマホで遅刻する旨は連絡ずみだけど。


 長い長い階段の先に、光こぼれる出口があった。


 わたしは屋上に出た。


 まだ鐘が鳴り響いている。まるで音のどしゃぶりだ。

 その鐘を吊り上げた小さな塔の足下――この場所はちょっとした広場になっていた。沈みゆく太陽の残光が赤い輝きで広場を染め上げている。そこから見える王都の町並みも真っ赤にきらめいていた。


 広場の奧、柵のすぐそばに先客がいた。

 先客――レインさんが。


 がらーん……がらーん……。

 鐘の音がやむ。

 わたしはレインさんに近づいた。


「遅れてすいません!」

「大丈夫ですよ、連絡ももらってましたしね」


 レインさんがにっこりと笑って応じる。

 わたしは周りを見渡した。


「ここ……誰もいないんですね?」

「はい。本来は立ち入り禁止区域なんですよ。無理を言って貸してもらいました――人払いがしたかったので」

「そうなんですね」


 わたしはにこりとほほ笑むだけで詮索しなかった。

 人払いがしたい。

 それが意味することなどひとつしかない。


「ミヒリアさん」

「はい」

「自分が勇者だと名乗ったとき、どう思いましたか?」

「うーん……ビックリしましたね」


 マジでその言葉しかでてこない!

 ビックリした!

 レインさんが頭をかく。


「すいません……驚かせてしまって。だけど先のことを考えるなら黙っているわけにもいかなくて……」


 それからこう続けた。


「自分が勇者だと知って――どうでしょうか? ミヒリアさんは先のことを考えてもいいと思えました?」


 まあ……問題はありまくりなのだが。

 とりあえず!

 それはうっちゃると決めたから!

 えい!


「大丈夫です。気にしていませんから!」


 ホントはむっちゃ気にしているけど!

 わたしの言葉を聞いてレインさんは心底からほっとしたような表情を浮かべた。


「よかった……」


 そんな様子を見て、わたしはレインさんのわたしへの想いの強さを知った。

 彼は本気なのだ。

 本気で私を失いたくないと思っていて、断られたらどうしようという気持ちでここにいる。

 だから、わたしは言葉を重ねた。


「大丈夫ですよ。本当に気にしていませんから」


 いや、マジでホントはむっちゃ気にしているけどね!

 落ち着いたレインさんが話を戻す。


「おそらく気づかれているとは思うのですが……自分がここにミヒリアさんを呼んだのは先の話がしたいからです」


 先の話――

 それが意味するものは――

 わたしは身体がこわばるのを感じた。


「自分はミヒリアさんと気が合うと思っています。これからも一緒にいられればなと。だから――」


 そこでレインさんはわたしの目を見て続けた。


「自分はミヒリアさんと真剣交際に進みたいと思っています。ミヒリアさんはどうですか?」


 わたしは心臓がどきりと跳ねるのを感じた。

 きた。

 レインさんはカードを切った。あとはわたしの返事だけ。進むか戻るか。ここが最後の撤退ポイント。わたしの言葉だけで未来は大きく分岐する。


「考える時間が必要ですよね。返事は今すぐでなくても――」

「いえ。もう返事は考えてきました」


 そう、返事など決まっている。

 メフィストとの会話のおかげで腹は決まった。


 はい。お願いします。

 その言葉を口にするだけ。


 だが、それはそれでやはり最後の1%がひっくり返らない。わたしの99%はそれを口にするだけなのに。

 最後の1%がわたしにささやくのだ。


 本当にそれでいいのか?

 後悔しないのか?

 なぜこの道を選んだと過去の己を呪わないか?


 わたしは手をきゅっと握った。ちらつく言葉を吹き飛ばすように内心で叫んだ。


 黙れ!

 後悔などしない!

 わたしはこの道を進むと決めたんだ!


 瞬間、わたしの心から迷いが消えた。まるで晴れ渡った夏の空のように心が輝いた。


 今だ。

 わたしは自分の覚悟が色あせる前に、それを口にした。


「わたしもレインさんと真剣交際に進みたいと思っています。こんなわたしですがよろしくお願いいたします」

「本当ですか! 本当に!」


 喜んだレインさんががばっと腕を伸ばし、わたしの両肩に触れた。


「あ、ごめんなさい!」


 しまった、という表情でレインさんが手を戻す。


「そうですね。成婚退会まではお触り禁止ですよ」


 わたしはくすくすと笑いながら応じた。


「でも大丈夫です、こんなの気にしてませんから。まずは握手から。それくらいならお触りには含まれないでしょ?」


 わたしは朗らかにほほ笑み、右手を差し出した。

 レインさんがわたしの手を握り返した。背の高い男性らしい、大きな手だった。


「ミヒリアさん、よろしくお願いします」

「はい。こちらこそ」

「ミヒリアさんとなら真剣交際だけじゃなくて――もっと先も考えていけると思っています」

「わたしもです」


 レインさんに言えなかった事実がある。


 わたしが魔王であること――


 レインさんは勇者であることを教えてくれたけど、わたしはわたしの秘密を口にしなかった。

 その罪悪感が黒い染みのようにわたしの心に広がる。


 それを口にすることが怖かったのだ。

 わたしは本当は魔王なんです。でも、あなたが好きです。


 そう伝えたときにレインさんがどんな反応を示すのか。彼には勇者としての責務がある。わたしと同じ反応をするとは限らない。

 ひょっとすると彼はわたしと同じくわたしを受け入れてくれるかもしれない。


 それはそれで彼を苦しめるだろう。

 今、わたしが苦しんでいるように。


 だから、わたしは沈黙することにした。何も知らなければ彼は幸せのまま。こんな気持ちになるのはわたしだけでいい。


 いや、それは言い訳だろう。

 不幸なのは自分だと言って、自分の役割から逃げている。

 わたしは伝えるべきなのだ。わたしの正体を。そして、その結末を受け入れるべきだ。


 かりそめの未来と砂糖菓子でできた夢を守るため自分勝手にも沈黙を守る。


 卑怯だろうか。

 卑怯だろう。

 本当に自分が嫌になる。


 だから、わたしは自分への罰としてひとつだけ誓いを立てた。


 必ずや人間と魔族の和平を成し遂げてみせると。

 そうなれば何も問題ない。


 その日こそわたしは仮面を外して素顔でレインさんと相まみえよう。そして、にっこりと笑ってこう言うのだ。


 わたしが魔王です。今まで嘘をついていてごめんなさい。でももう戦う必要はないんです。互いの憎しみは過去にしかありません。ずっとずっとこの日が来るのを夢見ていました。これからは静かに暮らしましょう――

 それがわたしの見つけ出した一億の悲劇のなかにある、たったひとつの幸せの道なのだ。


 きっとそれは大変な道だろう。考えるだけで気が遠くなる。魔族も人間も主戦派ばかり。大昔から続く流血の歴史と憎悪はそう簡単には消えない。


 それでもやるのだ。


 レインさんとの未来にはそれだけの価値がある。

 それがわたしの決意だった。


 だけど、今日は――今日だけは今この胸にあふれる甘い気持ちにひたらせて欲しい。

 レインさんがわたしを見つめて言った。


「これからも楽しい時間を過ごしましょうね、ミヒリアさん」

「はい、一緒に楽しい時間を」


 わたしはにっこりとほほ笑んだ。

 ほとんど沈みかけていた太陽の残光が、まるでわたしたちを祝福するかのようにきらりと最後の輝きを投げかけた。


お読みいただきありがとうございます。


婚活魔王、これにて終了でございます。


ぜひとも最後に評価をお願いします! 次作への励みになりますので!


スマホの場合、評価は画面下の「ポイント評価」から可能です。









タイトルに成婚退会ってあるのに真剣交際で終わっているけど! というツッコミをいれたあなた、鋭い! そう……打ち切りなんです……人気がね……(涙)


ただ、堅実なご支持はいただいていて、じわじわとブクマは増えていました。


なので続けてもよかったのですが、コツコツ育成作品だとすでに45万字書いている「オレ魔王」を連載しているので、コツコツ系を2つは維持できない感じでして……。


きりが良いところまでは書いたので、コンパクトにまとまった中編として楽しんでいただければと!


もしよければ、連載中の


「オレ魔王、勇者学校で適性ゼロ判定されたけど最強ステータスで無双してたら成り上がってた ~お前強いから魔王倒せと言われても困るんだけど~」


もチラ見していただけると嬉しいです!


無双もので異世界恋愛じゃないけど! とぼけた魔王と切れ者の副官のコンビは一緒だよ!


今まで応援ありがとうござました!


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― 新着の感想 ―
[良い点] こういうね、ほのぼのラブコメすきですよ。 それを正面からやってるのがイイ。 ひねったモノばかりだから、こういうストレートなのが逆に好感度が高い。 [一言] 魔王が自身を告白するとこまで読ん…
[良い点] ユーモア溢れる文体や2人のすれ違いの面白さが印象に残りました。 ミヒリア様の性格は、おそらく男性読者から反感を買わないようなものを意識して設定されたのでしょうね。 全体を通して読者が読…
[良い点] 一気読みしました、大変面白かったです。 打ちきり残念ですが、こういう終わりもよかったと思います。 これからも執筆頑張って下さい。
感想一覧
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