火龍と会いました②
「すごいね~、本当に死なないんだねえ。」
「はあ……。」
状況に思考が追い付かないまま固まっていたら、火龍に抱えられて崖下に連れてこられた。
俺の目には確かに普通の少女の柔らかそうな手に見えるのだが、掴まれている感触は爪のある硬くてごつごつとした何か。
トビーが言っていたのはこれの事か、確かにこの噛み合わなさは更に俺の脳を混乱させる。
実際に掴まれて分かった事だが、想像していた火龍はもっとずっと大きくて、視覚に作用して小さく見せているのかと思っていた。
しかしどうもこの感じからすると、本来の姿になったところで俺と大差なさそうだ。
「お~い、生きてる~?」
目の前で手を振られ、はっとする。
「あ、は、はあ……。ちょっとまだ混乱していて……。」
「うんうん、わかるよ、トビー君もそんな感じだった。」
一緒にしないで欲しい。
……と言いたいところだが、流石にこれは納得してしまう。
「よ~し、じゃあ特別におっぱいを触らせてあげよう!」
そう言って火龍は俺の手を無理やり自分の胸にあてがった。
見た目は少女、だが俺の手は服をすり抜けて鱗に覆われた硬い物に触れる。
駄目だ、とてもじゃないが情報処理が間に合わない……。
動けない俺を見て火龍はケタケタと笑っている。
自分がどんな顔をしているのかもわからない。
思わず目を閉じると、火龍が嬉しそうに言う。
「こんな事も出来るわよ~?」
見ると火龍は少女からトビーの姿へ変わっていた。
実際には変わっていないのだろうが、俺の視覚を弄ってそう見えるようにしているんだろう。
「ちょ、ちょっと一回顔洗わせて……。」
俺はどうにか一旦、目の前の現実から目を背ける為に川で顔を洗う。
冷たくて気持ちがいい。
唐突に色々見せつけられて驚いてしまっただけだ、冷静に理解しろ。
そう言い聞かせ、深呼吸して立ち上がる。
「もう大丈夫……、最初に感じた威圧感は多分全部演技で、見た目が変えられるだけで本来の姿は龍のまま。よし、何だ凄く簡単な事じゃないか……。」
独り言ちて振り返ると、火龍は変身を解いて本来の姿で俺を待っていた。
トカゲの様な顔に鋭い牙が生え、背中には大きな一対の羽。
長く伸びた尻尾と、二本で身体を支える脚は太く、その爪は磨かれた鋼鉄のような鈍い光と重厚感。
全身を燃える様な紅い鱗で包み、腕を組んでこちらをじっと見据えている。
龍の眼光がこれほど鋭いとは思わなかった。
「これが本当の私よ、どうしても混乱すると言うならこのままがいいかしら?」
気にかけてくれるのは非常にありがたいが、正直今が一番怖いので出来ればもっと落ち着ける姿になってもらいたいな……。
「上から初めて見た時は少女だったけど、いつもはあの姿なのか?」
火龍は尻尾をビタンと一度地面に叩き付ける。
何か怒らせるような事を言ってしまったのか……?
表情が無いから不安で仕方がない。
「ん~ん、たまたまよ? ほら、この顔だと感情が出ないでしょ? だから色々練習してるのよねえ。」
「こ、声はどうやって出してるんだ?」
龍の骨格で出せるとは思えないんだが……。
どうも口もたいして動いてないみたいだし。
「ふっふっふ……。これはね~、喉を鍛えるのよ。すべては喉なの!」
「そうかなるほど! 喉だったか!」
怖いから納得した振りをしたが、少しも納得できない。
腹話術みたいなものか?
いや、あれは舌が大事だったような……。
…………もう考えるのはやめよう、ありのままを受け入れよう。
「じゃあ、その、一番得意というか、評判が良かった見た目で頼む……。」
「そうねえ……。」
火龍は羽を大きく広げ脚に力を入れて大地を踏みしめると、次の瞬間大空に向かって一気に飛び立った。
一瞬で視界から消えたかと思ったら、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ、エプロンの似合う美しい淑女になって戻ってきた。
とても簡潔に説明するとしたら、綺麗なママ。
「一番合ってるってトビー君に言われたのはこれね。この服もトビー君の注文通りなのよ~?」
たれ目を細くして俺に微笑む火龍。
トビーの趣味がこれなのか、火龍の性格がこの見た目に合致しているのかはまだわからないが、それにしても……。
「何故飛ぶ必要がある……。」
「本当に変身する訳じゃ無いからよ、相手の視神経をロックするには、一度視界から消える必要があるの。」
飛ぶ前に言ってくれ……。




