入居します⑮
「貴公は貿易の経験があるのか?」
「いやいやいや、ないですよそんなの、しがないクロウでしたからずっと。さっぱりです、まったくです。」
一瞬ハバキ様の眼が輝いたように見えたが、変な期待をされても困るのでしっかりと伝えておく。
「あら残念ですね。暇を潰すにはとてもいい仕事ですのに。」
「仕事は探そうと思ってるけど無茶言うなよ、知識0だぞ。」
「そうか、仕事自体はまだ特に決めていないのだな。これから他の貴族達もここに来る予定だ、その時にでも……」
「今何て?」
「仕事はまだ決めていないのかと。」
「そうじゃなくて、その後ですよ! 他の貴族が来るというのはどういうことですか?」
「いや、狩りが中止になったと伝えに戻ったのだが、すでに皆準備万端でな。理由を聞かないと納得しないというので、唐突にエルフの先代女王がここに住むことになったから、祝いで忙しいと胡麻化したのだ。」
そんな嘘……、いや嘘ではないのだが、俺達を出しに使うなよ。どこまでの範囲の貴族達に声をかけてるのか知らないが、近い場所に他国の王族が住むとなれば挨拶に来ちゃうよなそりゃ。
「話は何とか飲み込めましたが、それにしても今日っていくら何でも……、まだ初日ですよ? 落ち着いても無いんですよ?」
「そうだ、だからこうして食材と食器を優先して持ち込んだのだ。」
「そういう話じゃないんですが……。ハバキ様がトビーの友人ってのがよくわかりました……。」
二人から同じ様な空気の読めなさをひしひしと感じる。常識人だと思ってたのに、いや、疎いだけで一般常識自体はあるのか……、よくわからなくなってきた。
「皆一度自分の館に戻ってから来ると言っていたからな、早い者から夕刻には到着し始めるだろう。」
「そうですか……、もう好きにしてください。」
「あまり相手をする気はワシもないのじゃが、人数はどれくらいなのじゃ?」
呆れた俺に対して元女王は手慣れてるな、冷静だ。
「十人です。それぞれお付きのものがどれだけ来るかはわからないですが……、先代女王立っての希望で公表はしていないから、私と王は一人で行く、と伝えてあるので、護衛くらいしか連れて来ないと思います。」
「それくらいなら庭でいいじゃろう。ワシは町人じゃ、立派な会食なぞ開かんでも良い。むしろこの程度かと思わせたほうが後々楽になるしの。」
下手に未だ力があると思われると、政治的に利用しようとする奴やパイプを繋ごうと必死になる奴が現れるって事かな。
「ローラン、今からで悪いんじゃがハバキが持ち込んだ物で出来る限り料理を用意してもらえるかの?」
「畏まりました、ですがこれでは少し足りないかもしれませんね。」
「買い足しは自由じゃ、調理器具や他に必要な物があれば今から全て用意してくると良い。」
そう言ってキイはローランに財布を渡した。
「ついでに昼食も済ませて良いのじゃ、ただし昨日のような量は無しじゃぞ。」
「ふふふ、食べようと思えば食べられるってだけですよ。」
ローランはお辞儀をして市場の方へ歩いて行った。
「そうか、ここだとローランの料理が食べられるのか。」
何故かハバキ様が嬉しそうだ。領主館のご飯は美味しくないのだろうか。というか俺達もローランの料理は食べた事はないのだが、大丈夫なのか?
「ローランの料理って美味しいんですか?」
「ああ絶品だ、店を出せば三日もせずに繁盛するだろうな。」
「へ~、楽しみですね。じゃあハバキ様の所で厨房担当して貰えばいいのに。」
「断られたよ。この屋敷に居る時は自由にしていいっていうのが条件だろう、とな。」
「料理くらい作ってあげればいいのに。」
「仕事以外では気分が乗った時だけしか作らないんだそうだよ。その気分が乗ったという時に作ってくれる物がとにかく美味しいんだ。」
ちょっとだけ楽しみが出来たな。
取り敢えずハバキ様の持って来た物を厨房に運び込んだ。冷蔵室はあるけど、長らく誰も住んでいなかったので、冷蔵状態を作り出す肝心の氷蟲が居ない。
ローランはここを見ていないので、もしかしたら氷蟲は買って来ないかもしれないな、先に買いに行くとしよう。
「俺氷蟲買って来るから、後の事は任せるよ、テーブルとか足りないならトビーの所に家具屋さんがいるから、最悪数だけでも揃えるといい。」
「わかったのじゃ、結局昼食は一緒に取れなかったのう。」
夕方って言ってたよな、集まり始めるの。
「ハバキ様、今の聞きましたよね? 任せましたよ。」
「ん? ああ、心得た。」
俺は無関係のハバキ様に丸投げして、キイの手を取って外に出る。
「なんじゃなんじゃ、どうしたアレン。」
「トビーとハバキ様のせいで予定が狂っちゃったし、あいつらにも手伝わせよう。俺達は予定通り昼食を取って、氷蟲を買って戻る、そうしよう。」
俺の言葉を聞いて、ゆっくりとキイの口元が緩んでいく。
「ふふ、そうじゃな、そうしよう。」




