9.完璧だ。全てが狙い通りだ
王宮一階、大広間に構築された防御陣地。
弓や杖を構えた兵士たちが号令に従い、地下から現れた男へ照準を合わせる。
「全隊、斉射! 撃てーッ!」
「〈二重結界〉」
防御術式めがけ、弓と魔術を一斉に放つ兵士たち。
彼らの頭上を、巨大な光線が通り過ぎる。ゴーレムによる射撃だ。
この地下都市で最も優秀な魔術師であろうと……仮に女王シルドルその人であろうと一瞬で蒸発してしまうほどの、猛烈な火力。
ほとんど同時に無数の全力攻撃が着弾し、瓦礫と土煙を盛大に巻き上げる。
「……女王直々の指示とはいえ。やりすぎじゃありませんか?」
「ガハハ、火力はあればあるほどいい! ……だが、流石にやりすぎか。攻撃中止!」
兵士たちが武器を降ろし、爆心地を取り巻いて眺める。
……土煙が、鋭く揺れた。不可視の透明な風刃が三つ、煙を切り裂きながら飛ぶ。
それは超音速の衝撃波と共に、ゴーレムたちの持つ杖を半ばから切り裂いた。
「……この程度か? 魔力量の力押しに頼るなら、もっと違うやり方がある」
風が渦巻き、視界が晴れる。黒衣の魔術師が、傷一つ無い姿で仁王立ちしていた。
「……なにい!? これだけの攻撃を受けて無傷だと……!?」
杖を携えた指揮官のエルフが、露骨に狼狽える。
「受けてなどいない。あらかた〈フォースフィールド〉で逸らしたからな」
「な……」
「お前らの戦術は未熟にすぎる。正しい魔術戦闘を教えてやろう」
空間中に漂う攻撃魔術の残滓、使い切られていない魔力が、彼の持つ杖へと吸い寄せられていく。
「……ぼ、防御! ゴーレムの魔力も防御に回せ! 密集して防御術式を厚くしろ!」
渦巻いた魔力が、不吉な黒色へと変わった。
……その黒い魔力が、杖の動きに従い、兵士たちを守る半円状結界の前面へと漂う。
「何を……」
「〈ライトニング〉!」
虚空から生まれた雷が、周囲の空気をプラズマ化させながら結界を打つ。
ゴーレムによる光線攻撃よりも更に強烈な攻撃だ。
とても一人の魔術師が一瞬で生み出せるようなものではない。
「……ガハハハ! とんでもない威力だ! が……こちらには三体のゴーレムと、多くの魔術師がいる! 一人で結界を破れるかよォ!」
「正面から破る必要などない」
一人、また一人、と結界の中にいるエルフが倒れていく。
「な……」
「お前らの張っている結界は半円状だ。結界を維持するために魔力が消費されれば、そこへ魔力が吹き込んでいく……地面の下から、汚染された魔力がな」
結界の外にあったはずの黒く汚染された魔力が、結界の内側に漂っていた。
「〈ピュリフィケーション〉! ……ハハハ、バカめ! ネタを自分からバラすとは! 中の汚染は全て浄化してやったぜ!」
「正しい魔術戦闘の方法を教えてやったまでだ。少しは学んだろう」
「負け惜しみを言うなよ!」
「どうかな」
黒衣の魔術師が、杖を構える。
「〈エクスプロージョン・ランス〉」
柱状に収束した爆発が結界へ殺到した。
ガラスの割れるような音と共に、結界が粉々になって砕け散った。
同時に、まだ外で漂っていた汚染魔力が操られ、エルフたちに纏わりつく。
「ご、ゴーレム! 自動戦闘!」
「無駄だ」
その魔術師は化け物じみた身のこなしでゴーレムへ近づき、一瞬で無効化した。
魔力の汚染により周囲のエルフたちもほぼ全滅状態だ。
残っているのは……いや、残されているのは、指揮官の彼だけ。
「表の兵士に降伏勧告を出せ。俺と戦えないのはよく分かったはずだ」
「……化け物め……俺は折れねえぞ! この都市を失うわけにはいかねえんだ……本国のエルフたちが、きっとこの魔石で幸福に……」
「奴隷労働に支えられた幸福か。大義があるとは思えん」
「ハ、知るかよ! この世は弱肉強食なんだ!」
「誰が弱者で、誰が強者だと?」
指揮官のエルフは、弱々しく魔術師を睨む。
「お前はなんつー名前なんだ、ええ? ダークエルフに組する化け物が」
「オベウス。天才魔術師だ」
「……俺は負けんからなァ! ウオオオオッー!」
指揮官のエルフは短剣を抜き、突進した。
が、その途中で剣を取り落とし、地面に倒れる。
オベウスが汚染魔力を操り、彼を気絶させたのだ。
「仕方ない。表の兵士はエアナたちに任せるとするか」
オベウスは謁見の間へと続く階段を見上げる。
その先に強大な魔力を感じ取っていた。
女王は明らかに強大な武装を周囲へ起き、自らを守っている。エアナたちが総力を決して戦ったとしても、まず敵わないだろう。
その防御を剥ぎ取り、エアナ達でも勝負になるようにしなければいけない。
「お膳立てはしてやる。途中で死ぬなよ、エアナ」
彼はつぶやき、階段を上りはじめた。
- - -
オベウスの足元から赤絨毯がまっすぐに伸びる。
数段ばかり高くなった場所にある玉座へ、美しいエルフの女王が鎮座していた。
オリハルコン製の魔力供給ケーブルから流れ込んでくる異常なほど多量の魔力が、玉座の下に刻まれた魔法陣で変換され、彼女の付近へ強固な結界を構築している。
「立派な結界だな、女王シルドル。効率は悪いが、素晴らしい強度だ」
女王へとゆっくり歩み寄ながら、オベウスは結界の強度を計算した。〈対消滅魔力砲〉以外の手段では、あの結界を短時間で破ることは難しい、という結論を導き出す。
いくらか威力の加減は可能だが、最小でもかなりの破壊をもたらす魔術だ。
この状況では、撃てない。
「……貴様、人間だな? 何故ここにいる? 本国から転移してきたか?」
「いいや。地上からロケットで月面まで来た後、地下を掘って侵入した」
「ほう? ただの人間がそこまで進んだ技術を?」
「天才だからな」
オベウスは目を細めて立ち止まった。地面へ杖を着け何かを探ると、ほんの一瞬だけ天井へと視線を向ける。そして小細工を仕掛けた。
それから、女王を睨む。
「……そうか。反乱軍が鎮圧されていないのは、貴様が原因だな」
女王が玉座から立ち上がり、オベウスを睨み返した。
その表情が、憤怒に歪む。
「よくも……我が王国をかき乱してくれたものだ。下賤の人間ごとき一匹が、この我に逆らえるとでも? 今すぐにその頭を垂れたなら、八つ裂きで許してやろう。身の程も知らず逆らおうとするのなら」
女王の指に嵌まった指輪が輝きを放つ。
謁見の間の左右に垂れた幕が上がり、並んだ小型の……しかし秘めた魔力は大型のゴーレムと遜色ない、いくつも腰に武装を差した薄い緑色のゴーレムたちが姿を表した。
他のゴーレムと違い、魔石は内部に格納されている。
「殺してやらんぞ! 拷問と蘇生を繰り返してやる! 永遠にな! 古代より我が一族へ伝わる秘宝、〈生死の環〉の力を持って、貴様の精神を完膚無きまでに蹂躙し……」
「退屈だ。まだか?」
ととん、と挑発的に、オベウスが地面を杖で叩く。
高まった魔力が地面に伝わり、複雑な曲線を描きながら消えていった。
「……無礼者め! 我が権力の結晶を、真に高貴なる者の偉大さを思い知るがいい!」
薄緑の近衛ゴーレムたちが戦闘態勢に入った。
半数が遠巻きに火球を撃ち、もう半数が剣や槍を抜き放ってオベウスヘ突撃する。
その戦術指揮は女王が行っているようだ。
「偉大だと? 結界の後ろに隠れ、操り人形のゴーレムに頼る臆病者の、どこが?」
「ハ! 他人に仕事をさせることこそがな、高貴さの証よ!」
オベウスは最小限の動きで攻撃を躱しながら、〈ライトニング〉を接近する近衛ゴーレムへと放つ。わずかに表面が焦げた。
「無駄だ! 近衛ゴーレムこそ、月へ招いた技術者たちの最高傑作! 我が命によってのみ動く、完全無欠の戦闘機械よ!」
後退しながらオベウスが杖を巧みに振り回し、飛び込んでくる近衛ゴーレムたちの攻撃をいなす。杖に伝わってくる近衛ゴーレムの魔力から、彼は内部回路を推測し、その作りを逆算した。
「違うな」
「何?」
「完全無欠ではない」
オベウスが杖に全力で魔力を込め、剣を携えた近衛ゴーレムと切り結ぶ。
激しい衝突音と共に、一合、二合と武器が衝突した。
そのたびに、杖から剣へ、剣から近衛ゴーレム本体へと魔力が移る。
……急激に、そのゴーレムの動きが遅くなった。
オベウスが杖で一撃を叩き込むと、黒煙を上げて完全に動かなくなる。
「魔力過多によるオーバーヒートだ。核を格納した代償だな」
「……ふん! たかが一体を倒した程度で!」
女王がゴーレムたちを一気に下がらせた。その全機が弓と杖に持ち替える。
まったく隙間がないほどの密度で遠距離攻撃が放たれ、オベウスへ殺到した。
が、それは直前で捻じ曲げられて、四方へと散乱する。
「〈フォースフィールド〉。遠距離戦は無駄だぞ?」
「バカめ、そんな挑発に乗るとでも! 浅ましい! 近づき杖で魔力を転送できなければ、貴様に勝ち目はないのだからな! 一昼夜でも遠くから撃ち続けてやるわ!」
「やってみろ」
オベウスがフォースフィールドを纏ったまま、走る。
と同時に、地面へと杖を突き立てた。地面を魔力が走り、魔法陣……挑発的に杖を叩いた時、魔力を使って地面に焼き付けた魔法陣を光らせる。
結界よりも遥かに洗練された防御術式、強固な〈シールド〉が謁見の間を横断するように展開された。近衛ゴーレムたちの逃げ道を塞いでいる。
「切り結ぶほかに道はないぞ」
オベウスは杖に魔力を込めた。近衛ゴーレムたちに逃げ道はない。
勝負は決した。
……かに思われた瞬間、オベウスの回りを結界が取り囲んだ。
「何?」
僅かな驚愕を浮かべながら、オベウスが立ち止まる。
彼は結界めがけ〈エクスプロージョン・ランス〉を放った。
だが、ビクともしない。彼は杖で結界を叩き、魔力を計ってその強度を見積もる。
間違いなく、これは女王を守っているのと同じ代物だ。
「くくく……くははは! まさか、近衛ゴーレムが追い詰められるとは思わなかったが」
女王が愉快そうに高笑いを上げて、結界に囚われたオベウスを見下す。
「残念であったのう! 貴様にはな、最初から勝機なんぞないのよ。この部屋には仕掛けがあるからな……大仕掛けがな!」
天井で、何かの仕掛けが動く物音がした。
オベウスは杖に魔力を込め、身構える……そして。
凄まじい勢いで、風が吹いた!
「罪人用の廃棄孔だ! さらば人間よ、宇宙で凍え死ね!」
天井が稼働し、穴が開く。
それは細い管のようになっていて、月の地表へと繋がっていた。
気圧差により、オベウスの体は超高速で外へめがけて射出される。
暴風にもてあそばれながら、彼は必死で体の向きをコントロールした。
外へ通じる管の壁面には、風を操る魔法陣が無数に並んでいる。
つまり、風を操って更に加速させているのだ。
全身をへし折りかねないほどのとてつもない加速度で、速度が増し続ける。
そして……彼はまさに今、宇宙めがけて放り出された!
「完璧だ。全てが狙い通りだ。天井の機構に気付いた瞬間から、これを狙っていた」
体の自由が効くようになった瞬間に、彼は杖を構え、その管へと狙いを定める。
完璧な状況が整っていた。
部屋を横断するように張られたオベウスの〈シールド〉。
管の先の空間を取り囲んでいる、”女王を守っているのとまったく同じの”……つまり、同じ供給源から魔力を供給されている結界。
そして何より、距離。
オベウスはいま、その場所から遠く離れていて、自爆の心配がない。
「……喰らえ……!」
彼の全身を濃密な魔力が巡り、巨大な術式が練り上げられていく。
風など吹くはずのない真空の空間にも関わらず、彼のローブがはためいた。
自らの魔力が生み出した余波である。
彼は巨大な杖をくるりと回し、月の地表へ開いた孔へと向けた。
杖の先端が眩く光る。
「〈対消滅魔力砲〉!」
二条の光線が孔の中へ飛び込み、着弾点が鋭く光る。
それは廃棄孔の周囲を囲む結界を叩き壊し、近衛ゴーレムをすべて壊し、王宮を半壊させ、女王を守る結界の魔力供給源を過負荷で壊し、しかしオーバーヒートしてから実際に結界が消え去るまでのタイムラグにより女王本人の命は守られ、そして〈シールド〉の効果によって市街への被害は防がれる。
この一発で、オベウスは全てのお膳立てを整えたのだ。
彼は天才であった。