第6話 豬突豨勇 ②
外界との関わりを絶ってもう一週間か……。
(訳:ヒキニートになって一週間経ちました。)
『なんだか私とは対応が雲泥の差ですね。同じような見た目なのに』
突然の嫉妬の声。今すぐツッコんでやりたいところだが、あいにく今は少女と並んで歩いているので、それがかなわない。
「どうかされましたか?」
「えっ?」
「いえ、何か少し困り顔をされていたので……」
いきなり何事かと思ったが、どうやら無意識のうちにセインの一言で顔を曇らせてしまっていたらしい。そうか、返事しなくても表情が突然変わったらおかしいよな。今度から気を付けよう。
「ううん、なんでもないよ」
「そうでしたか。……あの、冒険者……ですよね?」
ホッと安堵した少女は、少しだけ間を空けておずおずとそんなことを聞いてきた。
「そうだよ。魔法使いやってる」
「やはりそうでしたか……!」
さっきまでの様子はどこへやら、またパァッと表情を明るくする少女。いちいち可愛い。
そして今度は前を向き、少しだけ何か迷った素振りを見せると、またこちらを向いて。
「えっと。お名前伺ってもよろしいですか……?」
「ミラ、だよ」
「や、やっぱりそうなのですね! 水の魔法使いのようでしたから、もしかしてと思いまして……!」
お、おお? この子は全く面識がないハズだが。
水の魔法使いといえばミラ、と思われるほどに有名になっちゃってるのか? ちょっと嬉しい。
「それにしてもすごいです! 魔法使いの上位互換であるリッチーを撃退するなんて……!」
……そういえば昨晩の飯と今日の朝の騒ぎで忘れてたけどそんな話もあったな。
これあれだ。聞かれる前に話変えないとダメなやつだ。
「と、ところで。名前なんていうのか聞いてもいい?」
我ながらヒドい話の変え方だと思ったが、幼い少女はハッとした表情になった。
どうやら意識を逸らしてくれたようだ。チョロい。
「も、申し遅れました……私アイリスといいます」
こちらを上目遣いで見上げながら、自分の名をアイリスと名乗った少女。
見た目がかわいければ名前までかわいいんだな。
「アイリスか、よろしくね。……アイリスも冒険者?」
「い、いえっ! 私はまだ12なので……。来年からなりたいとは思っていますが……」
『どう見たってまだ13歳超えてないじゃないですか。考えてから質問してくださいよ』
なんで叱責されているのかは分からないが、推測するに13歳以上じゃないと冒険者になれない的な法律か何かがあるのだろう。
ていうか説明責任もロクに果たしてないくせに偉そうにするなよ。
しかしそれはさておき、少女の様子がどこか悲しそうである。
そ、そんなに傷付けちゃったのだろうか。
「ご、ごめんね? 一人で水を貰いに行ったりしてるから、てっきりもっとおっきいのかなって」
「そ、そうじゃないんです。それは全く気にしてないので……!」
咄嗟に思いついた方便は意味が無かったらしい。
しかしこれじゃ結局話が振り出しに戻っただけである。
「じゃあ、どうしたの?」
「……実は私、先天性のマナ欠乏症なんです」
「……えっと。先天性のマナ……?」
『「欠乏症です。生まれ持った病気なのですが、身体に魔力が蓄積……」』
「ごめんストップ」
心無しか声が二重に聞こえた気がします。疲れているのでしょうか。
「ご、ごめんなさい! 重たい話をしてしまって……!」
「い、いや違う、ごめん。一瞬呼ばれた気がして、気のせいだった」
我ながら話の腰の折り方が最低だな。人によっちゃ絶交されかねない。
とりあえず恒例の【ディスペルフォース】撃っとくか。
「つ、続けてくれる?」
「は、はい。身体に魔法が蓄積されにくいんです。人によっては一日まともに活動ができなくなる人も居ます。私はそこまでの重症ではないんですが……」
なんかファンタジックな病気だなあ、とぼんやり考えていた頭を思いっきり殴られた気がした。
魔力というのは要はエネルギーで、これが枯渇すると動けなくなるらしいのだが、一日まともに動けないというのはそれほどに身体に魔力が溜まらないのだろう。
「それで魔法系は無理、と」
「はい……前衛職もこの身体じゃ……」
アイリスが心配する通り、その身体は良くも悪くも「少女」という感じだった。
重い剣を持つ姿なんて到底想像がつかないし、そもそも前衛で活発に戦うことすら想像しがたい。
「あとは……盗賊か」
「そうですね、一応……」
盗賊は基本職の中で一番条件が甘かったはずだ。
だが、しかしそれでも一応と付け加えたこの子の気持ちはよく分かる。そういうタイプには見えない。
そもそも冒険者をやるところが想像つかない。まだ幼いから、というのもあるのだろうが……。
と、気が付けば少し重たい空気が流れていた。
そしてそれを嫌ったのか、あるいは偶然か、少女が話のベクトルを一気に逸らした。
「ところで、【ポーチ】は使われないんですか?」
「へ?」
「いえ。その、ずっと瓶を抱えてらっしゃるので……」
あー。【ポーチ】って魔法の話か。
俺はこの大きな水瓶をずっと抱えていた。確かにこの世じゃおかしな話だ。
大きさも重さも無視できる以上、使わない手はない。
こういうところは、まだ馴染みきっていないということだろうか。
とりあえず俺はそれを【ポーチ】へとしまった。
「お、アイリスちゃんじゃん。それに隣はミラちゃん、かな? ウィラーから話は聞いてるよ?」
「ど、どうも」
「ローザさん、おはようございます」
突然聞こえてきた女の人の声。誰かは知らないが。
ウィラーって確か前の飲食店のおっちゃんの名前だったな。何の繋がりだろう。
「二人は知り合いだったの?」
「いえ、転んでしまったところを助けていただいて。今家まで送ってもらってます」
本当は俺とぶつかって転倒したのだが、非を全て自分に集めて俺を立ててきた。良い子すぎる。
「そうか。邪魔して悪かったね。じゃあアイリスちゃん、明日はよろしくね」
「はい、こちらこそ」
「……明日、何かあるの?」
「私、酒場で歌ってお金を貰ってるんです。それで明日はローザさんのところで」
な、なるほど。その歳で働いているのか。素直にすごいな。
……と、そういやこの世界に来てからというもの、音楽にとても疎遠な気がする。
「ね。ちょっと歌ってみてよ。お金払ってもいいから」
「えっ!? ……は、恥ずかしいですけど……ではお礼に、少しだけ」
無茶振りからと思ったが、割とすんなり引き受けてくれた。きっとこの子のことだから、何かお礼をしなければと考えていたのだろう。
そしてアイリスは歌い出したのだが……想像を遥かに上回ったその歌声に、俺は一瞬で魅了されてしまった。
芯があり伸びやかで、しかし優しさを併せ持った、その可愛らしく幼げな様子からは想像もできない、その歌声に。




