第3話 異世界四重奏 ⑥
後書きにようやくエルヴァくんが出てきますよ。
ゴブリン。
それはどこの世界でも最弱で知られるモンスター。
緑の体色をした二足歩行型で、体長は1.0mから大きくても1.3mくらいまで。個体によっては木製の棒や兜を装備しているが、共に脆い上に、群れを成す割には連携もバラバラで行動パターンも一定。
数の利を持ってしても前線で盾を構え、ほとんど攻撃しないミストとエルヴァの二人に大したダメージを与えれないほどの弱さ。
後衛で待つ俺の元へは天地がひっくり返ってもやって来なさそうだと安心しきれるレベルである。
さて、観察はこんなところにしておいて、そろそろやりますか。
俺は二人を巻き込まないよう斜め後ろに陣取ると、まず手始めに《アクアボール》で水を浮かせる。それを《フリーズ》で固め、囲むという戦術すら知らずに律儀に正面からの突進を繰り返すゴブリンへ狙いを定める。
「《アイスニードル》ッッ!」
二人の前に並ぶゴブリンの後方めがけて宙に浮いた氷のつぶてを飛ばした。
前線の二人に夢中になっていたゴブリンのほとんどはそれに気付かず、狙った通り半分が血液と思わしき液体を流しながら地に伏せた。ちょっとキモい。
「すっごい! かっこかわいいよ! ミラちゃん!」
「えへへ、ありがとう」
自分でもかっこいいと思いながらシルヴィアの言葉に調子に乗ると、またアクアボールで水塊を浮かせ、今度はそれを指先に集める。そして圧縮させて……。
「《アクアビーム》──ッ!」
「うおおおおおお!!」
さっきの範囲攻撃に対し、今度は一体にしっかり当てる魔法だ。
先の魔法でこちらに敵意は向けているものの、前方の盾を突破できずに攻めあぐねているゴブリン一体一体に穴を開けていく。
「すごいすごい! 命中率も100%じゃん!」
「私も、百発百中だからね!」
俺はいつかの誰かの言葉に答えるように、少し大きめの声でシルヴィアに答えた。
そして数の居たゴブリンもとうとう残り一体になると、二人にゴブリンの突破を許すように声をかける。
盾という障壁がなくなったゴブリンは、仇を取るつもりなのか、シルヴィアには目もくれずに俺に向かって突っ込んでくる。
「じゃ、シルヴィ。私のB級魔法、見せてあげるね」
「ほんと!? B級! やったあ!」
街中で見ることのない強さを聞いたシルヴィアは、一層目を輝かせてこちらを見てきた。
俺はその眼差しに応えるべく、右手に水を集めてひとつの武器を形作っていく。
「うわあ! 《リキッドブレード》だあ!」
以前お風呂場での練習の時に名前が出てきた魔法である。
剣の形をした水を高速回転させて斬撃力を生み出す魔法だ。原理としてはチェーンソーみたいなものだろうか。
そしてその水の剣を右手に構え、学習せずに突進を繰り出してくるゴブリンへ左手を構える。
「《エアインパクト》──ッ!」
「ギイィィッッ!!?」
まさに殴りかかろうとするゴブリンへ向け、左手から空気の衝撃波を生み出す。風のC級魔法だ。
真っ直ぐ突っ込んでくるターゲットはその衝撃波に怯み、動きを止める。そして動かない的となったそのゴブリンへ、右手に持った水の剣で斬撃。そうしていともあっけなく、最後の一体も息絶えた。クエスト成功である。
「すごいすごい! ミラちゃん風魔法まで使えるの!?」
「うん。こっちはC級魔法しか使えないけどね」
「それでもすごいよ! こんなに早く!」
「そ、そうかな……?」
あまりにも勢いの強いシルヴィアの言葉に照れてしまい、思わず声を小さくさせてしまう。
そんなにすごいのだろうか。意外と魔法の本来の習得速度は遅いものなのかもしれない。
「いや、本当にすごかったよ。魔法の連携も完璧だった」
『ですです! さすが私の見込んだ男! ……あ、女の子でし……』
ミストのありがたい言葉に便乗するノイズを抹消すると、これは流れ的にエルヴァがツンデレ的な絡みで褒めてくれるのではないだろうか、なんて期待して目をやってみる。
しかし当の本人は、二人の高いテンションには全く付いてこずに、森の奥をじっと見つめている。
おやおや、これは俺がすごすぎるあまりに声も発せない感じでしょうか。エルヴァも意外な一面持ってるな。ここは俺がひとつ先導してやろう。
「ちょっとエルヴァは褒めてくれないのー?」
「ちょっと待て」
邪魔をするな、と言わんばかりに手で制すエルヴァの見る先に目をやってみるが、特に変わったところはない。なんだコイツ。ここまで来るとツンデレ云々の話ではないぞ。
そんな不満を持っている俺は、どうやらエルヴァのことを見誤っていたらしい。
「おいみんな走れ! ブラッドウルフだ!」
「「ブラッドウルフ!?」」
エルヴァの非常事態宣言に、二人が驚きの声をあげる。
おそらくモンスターの名前なのだろうが、今一度見てみても、何もそんな生物は見当たらない。
「ど、どこ? 私には見えないんだけど……」
「いや、確かに居る。とにかくこの死体から離れるぞ」
訳も分からず、とにかく焦って退却を始める三人について行く。
おそらくヤバいモンスターであるのは間違いないのだろうが、それにしても状況が分からなさすぎる。
「ね、ねえ。そんなにヤバいの?」
「はあ!? お前ブラッドウルフ知らないのか!? 獣型で五本の指に入る凶悪モンスターだぞ!?」
「う、うそ!?」
「とにかく走れ! 多分このゴブリンの血が目的だ!」
血が目的……? 血を好物とするモンスターなのか?
「そ、それだったらあんなに血を流したのがダメだったの?」
「いや……。ブラッドウルフが普通ゴブリンの血なんて求めないよ。彼らが欲しがるのは強者の血。生命力や魔力が高い人の血だよ。だから、ゴブリンの血なんて……いったいなんで……」
「頭回してる暇があったら足回せ!」
俺に説明しながら事態を冷静に考えるミストに、エルヴァが遮るように発破をかける。
いつもは調子のいいエルヴァが焦り、元気の良さが売りのシルヴィアは青ざめ、思考力に長けたミストが頭を悩ませている。やはり異常かつ緊急事態なのは間違いないようだ。
しかし俺たちは先のゴブリン戦においては誰一人として傷を負っていない。ならば、いくらミストに疑問が残ったとしても、状況的にゴブリンの血以外に目的がないはずだ。
もうだいぶ走った。今頃そのモンスターはゴブリンの血のポイントで止まっているはず。
「な、なんで……何でこっちに来るの!?」
そろそろ大丈夫かと振り返った四人の視界には、もう第一発見者のエルヴァ以外の誰でも視認出来る黒の狼が居た。
目はギラギラと赤く輝いており、体毛は地獄を連想させるかのような漆黒のそれをまとっている。
かつて日本のテレビで見た狼なんて比べ物にならない恐ろしさを、その黒い影は身に宿していた。
モンスター紹介
名 称:ゴブリン
分 類:二足歩行型
分 布:森
危 険 度:★☆☆☆☆☆☆☆☆
エルの解説:
緑の体色をした二足歩行型で、体長は1.0mから大きくても1.3mくらいまで。個体によっては木製の棒や兜を装備しているが、共に脆い上に、群れを成す割には連携もバラバラで行動パターンも一定。