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7話 今日はお披露目

 朝目が覚めたら、綺麗な寝顔がすぐ横……ではなく、隣のベッドにある。

 昨日私たちが出かけている間に、メイド的な人がもう一つ持ってきてくれたらしい。

 だからもう、あんなに寄り添って寝る必要はなくなってしまった。

 それにしても、メイドなんてどこにいるんだろう。

 それっぽい人は見かけないけど……。


「あ、おはよう。疲れはどう?」

「おはようございます。大丈夫ですよ」


 昨日歩けなくなるほどになって、ランさんの背中で寝ちゃって、夕食の時間はそのまま夢の中だった。

 飛ぶ、ってあんなに疲れるんだね。

 でも今は倦怠感とかもなく、とりあえずだけど飛べた喜びもあってすっきりした気分だ。

 次の目標は空中で静止するのと、効率の良い飛び方を身につけることかなぁ。

 

「じゃあ朝食食べにいこう。あ、おんぶしなくていい?」

「え、大丈夫ですよ」

「よかった、さすがにみんなの前でするのは勇気がいるからね」

「あはは、ですよね」


 実はちょっとしてほしいけど、私も他のひとに見られるのは恥ずかしい。

 そうだ、お姉ちゃんって呼んでみたりしたらどんな反応をするんだろう。


 ……いや、そもそもお姉ちゃんという言葉はあるのかな。

 兄に対して姉があるわけだけど、男と女という概念がないここではどうなるんだろう。

 いや、それよりもっと謎なことがある。

 この世界には子供に母親が二人いるはずだけど、それぞれをなんて呼んでるの……?

 そんなことを考えながら、ランさんと部屋を出た。


────────────

──────


 食堂に行くまでに、「救世主様おはよう!」「救世主様、今日の予定は空いてる?」と声をかけられた。

 それはいいんだけど、ちょっと気になることがある。

 私って、ずっと救世主様と呼ばれるんだろうか。

 今のところ名前で呼んでくれるのはランさんだけだし。

 花音って呼んでください、って言うべきか、うーん……。


「おーい、救世主様! とラン! こっち空いてますよ!!」

「あ、はーい」


 今日もコアさんたちと座ることにした。

 なんとなくだけど、これからもここで一緒に食べるような気がする。


「おはよう!」

「おはようございます」

「ねえ、午前中は時間あるよね? 今日は私たちと街に行こうよ!」

「ちょっと、なれなれしいわよ」

「いえ、行きたいです」


 うーん、なれなれしい、という割には「救世主様」なんだなぁ。

 もっと仲良くなれたら名前で呼んでもらえるんだろうか。

 それともやっぱり自分から言い出した方がいいのかな。

 でもなんかちょっと恥ずかしいし……。


「ランさんはどうしますか?」

「あ、私はすることがあるから行けないかな。みんなで楽しんできてね」

「そうそう、私たちだけで行こうよ! ヴァーユも行きたいでしょ?」

「まあ……救世主様がいいなら……」


 こんな私たちの会話を聞いて、私も私も、と周りに人が集まりかけたところで、隊長たちが入ってきた。

 慌てて戻るみんなはさておき、険しい顔の隊長と、疲れた顔の副隊長。

 挨拶の声にも張りが無いし、なにかあったのかな……。


「次に、本日正午からのお披露目だが、場所がメールナー広場へ変更になった。それによる諸連絡は、朝食の後にシィナから伝える。すまないが、皿を戻した後もしばらく残っていてくれ。救世主様は、食べたら私の部屋に来てほしい」


 なにかがあったみたい。

 しかも、私絡みっぽい。

 広場って、確か街の中心部だよね……そんなところでお披露目?

 ざわつく室内に、私の心はざわめいた。


────────────

──────


「ランさんも行くんですか?」

「私はもともと呼ばれてたからね。それにしても、何があったんだろう……」

「何か聞いてないですか?」

「うーん、何にも。あ、まさかばれたとか! なんて」


「そのまさかだ」


 振り返ると、渋い顔をした隊長が立っていた。


────────────

──────


 口数少ないままついていくと、真っ黒で大きな、両開きのドアの前に着いた。

 『隊長室 リーア』という金色の文字には、かなり威圧感がある。

 彫られている模様も凝っていて、まさに基地のトップの部屋、という感じだ。


「この扉、いかついだろう。先々代の趣味なんだ。私は変えようと思ってるんだが、シィナがそのままでもいいんじゃない、と言ってな」

「隊長、とりあえず部屋に入れてよ」

「おっと、すまない」


 ランさんに急かされ、重い音をたててドアが開いた。

 中は想像通りの広さで、家具や装飾もかなり豪華だ。

 絨毯の毛足は足音がしないくらい長くて、照明はシャンデリア一歩手前。

 革とも布ともつかないふかふかの椅子に座らされ、落ち着かないまま隊長の話を待った。


「さて、さっきも言ったが救世主様のことがばれた。私たちの考えが甘かったな……こんな大ごと、知られないという方が無理だったか」

「ま、まさか昨日外に出たから……」

「いや、それはないよ。あの子もしかして救世主様じゃ!? なんて思うわけないし」

「そうだな。あれだけ騒いだんだ、誰一人外で喋らないなんてありえないことだ。ちなみに、これは今日の朝刊だ。一応目を通しておけ」


 渡された三つの新聞には、どれも同じようなことが書いてあった。


『救世主様降臨!! しかし記憶喪失、その理由とは』


 一面に、どかんと私の姿が載っている。

 こんなのいつの間に撮ったんだ……。

 隣にいるのは恋人かとか、家族の方は名乗り出てくださいとか、活躍に刮目せよ、とかとかとか。

 ページをめくっても、書いてあるのはほとんど救世主関係。

 歴代の救世主の戦績? とか、なぜ今、なぜこの基地に現れたのかとか、私のグッズ計画とか。

 私のグッズ!?

 まだ何もしてないのに、ここまで救世主熱があがるとは……。


「す、すごいですね……それでえっと、私はどうすれば」

「ああ、それは今から話す。あと、ランはこの書類を急いで完成させてくれ」

「わかったよ」


 ランさんが机に行ってしまって、隊長と一対一で向き合うことになった。

 間近で顔を見てみると、細かい傷やしわが結構ある。

 きっといろんな苦労をしてきたんだろうなぁ……私がそれを増やすことになりそうだ……。


「あの、すみません……」

「ん? なんで謝ったんだ?」

「迷惑かけてるみたいなので……」

「ああ、そんなことか。どのみちいつかは公表したんだ、それが早まっただけだと思えば良い。今はそれよりも、今日、いや少なくとも明後日くらいまでを乗り切らなくてはいけない」

「は、はい」

「そこでだ、君に話すことがいくつかある」


 一息ついて、隊長が口を開いた。


「まず君の身元だが、この街に戸籍などは無かった。だから家族が名乗り出てくるまで、かなり特例だが本人の希望で、ランが保証人になっている」

「はい」


──────

───


「次に、これが入隊契約書だ。これを書かないと隊員として認められない。それから、これが健康診断書、誓約書、これが……まあ、これらは後でまとめて書いてくれ。ランに聞けばわかるだろう」

「はい」


──────

───


「それで、今日の日程だが、既に言った通りお披露目は広場に変更だ……人々の熱い要望でな。だからそれなりに段取りを組まなくてはいけない」

「はい」


──────

───


「とまぁ、こんなところだ」

「は、はい」

「そんなに緊張することはないぞ。私が救世主様だ! という気持ちでいれば良い」

「あはは……」


 基地を出たら歩いて広場に向かい、ステージに立って挨拶、軽く飛んで、質問に答えられそうなら答える。

 うーん、不安じゃないところがない。

 テレビ中継とかじゃダメなのかな……いやそもそもテレビがないんだっけ。

 あー……責めるつもりは全くないけど、ばらした人が少しだけ恨めしくなった。


「終わった? なら書類書こっか」

「あ、はい」


 ありがとうございました、と隊長の前を離れ、ランさんの隣に座る。

 この机も、取って一つとってみても、とっても綺麗だ。

 

「じゃあ名前はここね。保証人のところは私が書くから」

「わかりました」


 一応書く前に内容を見ておこう。

 えーっと、一、この承諾書に署名することで隊員としての権利を与えられ、義務を果たすことをなんたらかんたら。

 二、この承諾書の有効期間は……えー…………まあ、読まなくても問題ないよね。

 考えててもしょうがないから、とりあえず名前を書いて、どんどんランさんに渡していくことにした。


────────────

──────


「よし、これで正式にこの部隊の一員だ。改めてよろしく、救世主様」

「よろしくお願いします」

「さて、最後にこれを渡そう。本来なら入隊式で渡すんだが、今はそうも言ってられないからな」

「あ、ありがとうございます」


 500円玉くらい大きさの、銀色のバッジをもらった。

 羽の模様と数字がいくつか刻まれてて、結構分厚くて重い。


「私服で外出する時はそれを付けてくれ。あと、式典や取材の時は制服でも付けてほしい」

「お披露目でも付けるってことですよね?」

「そうだな。さて、以上だ! 時間までゆっくりするといい」

「あ、私はまだすることあるから、先に出ててね」

「わかりました。じゃあ、失礼します」


 一人で部屋を出て、はぁ、と一息。

 あー、お披露目かぁ……挨拶とか考えなきゃ……。

 あと、無事に飛べるかも心配……昨日、自分の中では頑張ってるつもりだったのに、床と天井をバウンドしてるだけだった。

 これが外になるってことは、天井がないからそのまま宇宙へ、なんてね。

 あ、お出かけどうしようかな……延期してもらおうかなぁっ!?


「だーれだ!」

「ひゃっ! だ、誰ですか?」

「あはは、私だよ」


 急に視界が真っ暗になったのに驚いて、つい間抜けな声を出してしまった。

 振り返ると、いたずらっぽい笑みを浮かべたコアさんがいた。


「ひゃ! だって! 可愛いねぇ、救世主様」

「もう……あ、お出かけなんですけど、明日でもいいですか?」

「うん、いいよ! むしろしばらくやめといたほうがいいかもね。ほら、あれ見て」


 窓の外、少し離れた門の向こうは、地面が見えないほど埋め尽くされていた。

 なんかカラフルでお菓子みたいだな、とのんきなことを考えていたら、あれ全部が私目的だと聞いて絶句した。

 オリンピックの祝勝パレードとかでもあんなに集まらないだろう。

 コアさんが窓を開けると、人々の騒がしい声と怒号が飛び込んできた。


『おい!! 飛行制限区域だって知ってるだろ!? 次入ったやつ撃ち落とすからな!!』

『はーい、門に触らないでくださーい! 押さないでくださーい!!』


 羽を広げて、飛んでこっちに来ようとしている人たちもいる。

 塀を少し越えるたびに、隊員の誰かが追い払う、すると違うところから越えようとして……のいたちごっこだ。

 ふと思ったけど、見た感じ背負ってるランドセルは同じようなものなのに、羽の大きさが違う。

 その辺も守護者とそうでない人では違うんだろうか。


「あ、今怒鳴ってたあの緑の髪の人、チラカって言うんだけど、すっごく怖いから気を付けた方がいいよ」

「そうなんですか?」

「私も小さいころよく怒られてね、耳がとれるかと思ったよ」

「あはは……」


『言ったからな!? 次は当てるからな!!』


 そのチラカさんの手元から、青い光の筋がほとばしった。

 塀のあたりをうろうろ飛んでた人たちは、一目散に引いていく。

 何かの攻撃なのかな、もしあれに当たったらどうなるんだろう……こわ……。


「あ、そうだ。お披露目の時間まで私の部屋に来ない?」

「部屋ですか?」

「そうそう、いろいろおしゃべりしたくて」

「おしゃべりですか、でもお披露目で話すことも考えたくて……」

「そっか、じゃあそれも一緒に……おっと、誰かが……え、飛んでくる」


 振り返ると、廊下の向こうの角を誰かが曲がるとこだった。

 そしてすごい勢いで向かってきて、『廊下では飛行禁止』の貼り紙の前で止まった。

 通った跡は、羽のせいかかなりぐちゃぐちゃで、壁に傷がついて窓にひびが入っている。

 あの貼り紙がある理由がよくわかるね。


「ちょっと、よりにもよって隊長室の前で……」

「いや、それどころじゃないぞ! 救世主様、隊長は!?」

「え、はい、部屋にいますよ」


 私が言うが早いか、その人は勢いよく扉を開けて叫んだ。


「隊長!!」

「どうした?」

「民衆が……お披露目を早くしろと! もう今にも基地になだれ込む勢いだ!!」


 『おい!! わかったから!! 今呼んできてるから待ってろ!!』と遠くで叫んでいる。

 部屋でおしゃべりどころか、何かを考える時間もなさそうだ。

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