『矛盾』
キロスの荷馬車は5号門からの出発手続きを終え、フォース方面へ向かい砂漠へと走り出す。
「ねぇ、アッシュ。アンタ何で何も無さそうなフォース行きを選んだのよ?」
リリアが不意に自分の中の疑問をぶつけてきた。
「えぇ?な…何、突然??」
アッシュはリリアの問いに動揺したが、悟られないように丁寧に言葉を紡ぐ。
アッシュの脳裏にペネルタの事でリリアの機嫌を損ねかけた出来事が掠める。
「だって、お父さんの情報を集めるなら人が居そうな場所の方が良くない?キロスさんはフォースには何も無いって。」
(クッ…この妖精、案外鋭いな。)
(ここで答えを間違えればまた機嫌を損ねかねない。……躱せるか!?)
「いや、まぁ、確かに親父の情報を集めるならそうなんだが…………ただ、『一夜にして消えた街』なんて言われたら……その、ミステリーロマン的な……男心をくすぐられる的な…………。」
視線だけでそっとリリアの表情を窺う。
「アンタ、父親の情報より男のロマンを優先するタイプだったのね…………。」
とやや呆れ顔。
(よし、何とか躱した。)
アッシュは安堵する。
「でも、確か…………」
リリアが人差し指を顎に当てて何かを思い出す仕草をする。
(『でも、確か』?……な、何だ?何を思い出そうとしている!!?)
再びアッシュに暗雲立ち込める。
「例のあの魔法使いの女の子…………」
再び話の矛先が例の魔法少女に向く。
(ヤバイ!まだ躱し切っていない!!)
「ホースだか、フォースだか……の魔法学校の子じゃなかったかしら??」
(ま、マズイ!!)
「え?……えぇ…と……そうだったっけ??」
「あ!さてはアッシュ、またあの子の事…………」
(ッ!!ダ……ダメだ、避け切れない!!)
「え?あ、え……と、あの子とは?ペ…………」
「アニキィ!…………アニキィ!!」
「誰が『アニキ』だよ!!」
アッシュがリリアにツッコむ。
「アタシそんな事言ってないわよ。」
リリアは首を振る。
「アニキィ!…………アニキィッ!!」
(?????…………どうやら外から聞こえてくる。)
アッシュは荷馬車の幌を少し開けて顔を出す。
「あ、アニキ!別れの挨拶も無しに出て行くなんて冷たいじゃないスかぁ。」
声の主はネオだった。
(『ネオ・ファルメロ』 ドーサに来た初日に俺の財布をスリやがった奴じゃないか。)
(別に今更その事を根に持ってはいないが、そんなに親しくなった覚えも無い。)
(……ただ、コイツの乱入のお陰でリリアとの会話をギリギリで凌いだ。ナイスだネオ・ファルメロ。)
「お!おぉ……ネオじゃないか、どうしたんだ?」
「アニキの乗り込んだ馬車が5号門から出て行くのが見えたから追いかけて来たんスよ。」
「お?あ、あぁそうなのか。わざわざ俺なんかの為に。」
「アニキには世話になったッスから、最後の挨拶ぐらいしたくて。」
(え?てか、エグいエグい。コイツ普通に話かけてくるけど、俺、今、馬車に乗ってるんですけど?しかも足場、砂地ですよ??)
(足の速い奴だとは思ってはいたが、これ程なん??)
「ホラ、コレ見てくれよ!」
ネオは背負っていた『モノ』をアッシュに見せ付ける。
「あ。」
それはアッシュが無くしたと思っていたドラゴン(亜種)の鱗で作った盾だった。
「やっぱりアニキのだったのか。ホラ、俺がアニキの財布を盗んだ日、確かコレと同じ盾を持ってたのを覚えててさ。」
(さすがスリを生業にしていただけの事はあるな、金目の物を記憶しているのか。)
(確かに俺の盾ではある。だが証拠が無い。そして、ネオが生きてきた世界では『それがどんなに怪しかろうが持っている奴の物』がルール。)
(取り返す手段が無い。)
「た、確かに俺の持っていた盾に似ているようだが…………。」
「あのさ!この盾、俺に売ってくれないかな!?」
(ん?『売って』??……話が変わってきたぞ。)
(自分の物にするつもりじゃないのか……。)
「来魔戦でモンスターにヤラれそうになった時、たまたま拾ったこの盾で命拾いしてさ。……でその後、アニキの盾だって思い出して、もしまたアニキに会えたら売ってもらおうと思ってたんだ。」
(ネオ……本当にスリを辞めたんだな。)
アッシュの表情が緩み薄く口角が上がる。
「俺さ……武器はまだ無いけどこの盾でモンスター退治してドーサを守りながらジェムで稼いでみるよ。生前、俺の親父がそうしたように。」
「だったらよ…その盾、譲ってやるよ!」
「それはダメだぜアニキ。『正当な品物には正当な対価を。』だぜ!!」
ネオはそう言ってアッシュに何かを投げつける。
パシィッ!!
アッシュは右手でキャッチする。
『正当な仕事にはそれに見合った対価が支払われる。』
細部は異なるが、それはかつてアッシュがネオに言ったセリフだった。
アッシュは右手を開き、見る。
そこにはアッシュがネオに『地下マーケットの案内役の報奨』として支払ったドラゴンの逆鱗。
「……ネオ、お前。」
「じゃあな、アニキ!またどっかで会おうぜ!!」
「お、おう!!お前も達者でやれよ、ネオ!!」
互いに手を振る。
次第にネオは走るスピードを緩め、キロスの荷馬車との距離が離れてゆく。
「あの子、もう大丈夫そうね。」
リリアが優しく囁く。
「そうだな。もうスリなんかしなくても今のネオならうまくやっていけるさ。」
アッシュはネオの姿が見えなくなるまで外を見ていた。
リリアはその横顔を見ながら一人のスリの少年を更生させたアッシュの人柄に心が温かくなった。
そんなアッシュの脳内は、
(お前のお陰でリリアとの話題の矛先が変わってマジ助かったぜ。ありがとう、ネオ・ファルメロ。)
だった。




