『力水(ちからみず)』
アッシュの目の前に既に事切れた竜の頭部。
(?????????)
アッシュには全く訳が分からない。
アッシュは再度暗黒騎士の方へと振り返りギョッとする。
アッシュの視界には今正に起き上がっている途中の暗黒騎士の姿。
だが、そんな事はどうでも良かった。
アッシュ自身あんな膝蹴りで暗黒騎士を倒し切れるとは思っていなかったからだ。
アッシュの視界、暗黒騎士の起き上がっているその先………………
横たわる頭部の無い飛竜の図体…………………………………
の先…………………………
飛竜と同等かそれよりやや大きめの生物がそそり立っている。
(あれは何だ。巨大な………………ネズミ??)
アッシュは自身に自問する。
(あの特徴的な真っ赤な耳。間違いない。)
「リリア、耳赤マウスだ。」
完全に起き上がった暗黒騎士はアッシュの方を見ている。
そしてその後ろに転がる変わり果てた自分の飛竜を見て一瞬固まった。
その暗黒騎士の様子を見てアッシュは直感する。
(アイツには俺がこの飛竜をヤッた様に映っている。)
アッシュは咄嗟に暗黒騎士に見える様に暗黒騎士の背後を指で差してサインを送った。
疑う様な様子で暗黒騎士はゆっくりと自分の背後へと振り返った。
暗黒騎士と耳赤マウスの目が合う。
耳赤マウスが右腕を横に振りかぶり目の前に転がる頭部の無い飛竜の身体に張り手を一発。
パァンッッッ!!
空気が炸裂する様な音と共に飛竜の胴体が彼方へとスッ飛ばされて行った。
正に『一発』。
アッシュは悟る。
(飛竜の頭部を飛ばしたのはあの張り手だ。)
(世界でも最強クラスを誇るドラゴン種をたったの一発で…………………………。)
アッシュが目の前で起きたあまりの出来事に固まっていると、そこへ暗黒騎士が追い付いて来る。
(ヤロウ、この状況でまだやるってのかよ。)
アッシュはドラゴンキラーを固く握り警戒する。
が、暗黒騎士はアッシュの腕を掴み走りながら大声で怒鳴った。
「逃げろ!!」
アッシュは暗黒騎士に腕を引かれるままに走ったが途中でそれを振りほどく。
二人は全力で並走した。
「い、一体何なんだあれは!?」
アッシュが問う。
「アレは耳赤マウス。」
「それは知っている。」
「まさかここいら周辺が耳赤マウスの縄張りだったとはな。」
「だから?」
「奴らは発情期になると縄張りとメスを奪い合う。」
「だから?」
「奴らの発情期間は1年の内に3日間のみ。」
「で?」
「その3日間だけ奴らの体内では特殊なホルモンが分泌されどんな攻撃も効かない防御力と如何なる物をも破壊する攻撃力が備わる。世界で最強の生物となるのだ。」
「んじゃアイツらはどうやって勝敗つけんだよ。」
「相撲だ。」
「相撲?って、あの相撲??」
「そう。足以外の部位が地面に付いたら負け、のあの相撲だ。」
「てか、お前何を馴れ馴れしく話かけてんだよ。俺を殺しに来たんじゃないのか!?」
「そのハズだったがこの状況ではそうも言っておられん。お主を殺すのは奴の縄張りから逃げ切ってからだ。幸い耳赤マウスは走りが遅い、闘うのは無理としてもこのまま走れば逃げ切れるかも知れん。」
突如、アッシュ達の前方の砂地が盛り上がる。
ズッザァァァァァァァ……………………
砂の中から耳赤マウスが現れた。
ザザザザザ。
二人同時に急ブレーキで止まる。
「何!コイツ地中を移動して来たのか!?」
「違うな。」
と暗黒騎士が答える。
アッシュは後ろを振り返った。
そこには先程の耳赤マウスがじわりじわりと迫って来ている。
「もう一体!?」
「だろうな。後ろの奴があんなに警戒モードって事は相撲の『相手』が近くに居るって事だ。これはマズイな、史上最大の相撲に巻き込まれるぞ。」
「逃れる術は?」
「無い!ひと度繁殖期の耳赤マウス同士の相撲が始まれば辺り一体が更地と化す。幸いここは砂漠で周りには何も無いがな。」
「だが、まだお互いに距離がある。取っ組み合いが始まる前にできるだけ遠くへ!!」
「ダメだな。遠くへ逃げてもぶつかり合った時に生じる衝撃波に追い付かれてヤられる。」
「何も効かねぇ、逃げもできねぇんじゃどうすんだよ。お前だって巻き込まれりゃヤられんだろうがよ!!」
「策が一つ。」
「有んのかよ!ソレはよ!!」
「奴らの相撲が始まる前にどちらか一体を、倒す!!」
「はぁ!?『倒す』???って、相撲的な意味でって意味で??先に相手が転倒したらそこで試合終了って事??」
「いや、耳赤マウスの相撲はお互いに取っ組み合ってから試合開始だ。『倒す』ってのは亡きものにするって事だ。」
「何も効かないのにか?」
「外からはな。だから精神を攻撃する。」
「精神なんかいくら攻撃したって死ぬ程のダメージになんのかよ。」
「私はその術を一つだけ知っている。だが、一つだけ条件がある。」
「何だよ、早くしろよ。何だよ条件て。」
「お主を殺しに来た私をお主は助ける事ができるか?」
「ンだよそれ。」
「私は今からあの耳赤マウスにその術をかける。だがそれに費やすパワーは絶大で私の肉体は一時的に行動不能に陥る。」
「だから?」
「お主は行動不能になった私を連れて逃げろ。」
「嫌だと言ったら?」
「ここで二人共に全滅。」
「俺がお前を助ける保証は?」
「無い。信ずるのみ。」
……………………しばしの沈黙。
徐々に耳赤マウス同士の距離が狭まる。
「分かった、乗ったぜ。」
「承知!見せてやろう、窮人が鼠に噛みつくその技を!!!」
「リリア、ドウズさんに迎えの合図を送る。アイツが技を放った後に竜巻を上げる準備をしておけ。」
「分かったわ。」
暗黒騎士は胸の前で合掌し何やら呪文を唱え出した。
「…………ゲム……………後光……………雲雷……風来…………リンガン……………ピーノポン………………………超級…………………………」
所々聞き取れるがアッシュには何を言っているのか分からない。
暗黒騎士の足元からボコボコと禍々しいオーラが沸き上がり暗黒騎士を飲み込んでゆく。
その禍々しいオーラからは時折魂をえぐる様な、この世の全ての負の要素を帯びた様な不気味な雄叫びが地の底からぬるぬると響く様にこだまする。
「オゥエェェェェェッ、カハッ、ゲブッ、オゥエェェッ!!」
側に居たアッシュは気分が悪くなり嘔吐する。
(何なんだこのとてつもない負のオーラは。)
「ハァァァァァアアアアアアアアッッッッ!ジュゲム!!!」
ドゥムゥッ!!
暗黒騎士の身体全体から溜め込んだどす黒い気の塊が前方の耳赤マウス向けて放たれる。
力を使い果たし膝から崩れ落ちる暗黒騎士。
片や暗黒騎士のオーラに中られ嘔吐を繰り返すアッシュ。
暗黒騎士のオーラを受けた耳赤マウスは全身が真っ黒に染まり、目玉がぐるぐると回り、顔面のあらゆる部位から様々な体液を垂れ流し、胸部を掻きむしってもがき苦しんでいる。
「ちょ、ちょっと、アッシュ!合図は?」
「あ、あぁ、分かっている。………………リリアはこのオーラ何とも無いのか?オゥエッッ。」
「ワタシもかなり気持ち悪いけどアンタ程じゃないわ。」
「お……オーケィ分かった、じゃあ空螺旋いってみようか………………ゥエップ。」
アッシュはリリアからの力を剣で増幅させ、ドウズへの合図の竜巻を上空へと打ち上げた。
(頼むぜ、早く来てくれ。)
アッシュは竜巻を地面に残す様にそっと剣から解き放つと暗黒騎士へと駆け寄る。
「おい、立てるか?」
暗黒騎士からの返答は無い。
(ここから少しでも離れなければ、もう一匹の耳赤マウスが来てしまう。)
傍らでは暗黒騎士の攻撃を受けた耳赤マウスがのたうち回っている。
アッシュは暗黒騎士の両腕を掴み引きずろうとするが動かない。
「重ッッ!!!」
(仕方ない、武器は諦めて貰おう。)
アッシュは暗黒騎士が背負っている大剣を外し、その場に放置した。
(これで少しは………………。)
「うぉらぁっ!!」
全身甲冑なのでまだ重いが、何とかズリズリと動き出した。
パァンッッ!!
近くで耳赤マウスの強烈な張り手の音がした。
アッシュが目をやるとさっきまでそこにあった飛竜の頭部が無くなっている。
(何て威力だ………………、ヤバい、ヤバいぞ。もう、すぐそこまで来てやがる。………………ドウズさん!)
ズリズリズルズル。
暗黒騎士を引きずりながら耳赤マウスから逃げるアッシュ。
ズズイ、ズズズイ………………
摺り足でじわりじわりとアッシュ達に迫り来る耳赤マウス。
ドウズはまだ来ない。
アッシュがふともう一匹の耳赤マウスを見てみると、のたうち回っていたさっきとは打って変わって大人しい。
耳赤マウスは自分で掻きむしった胸部の肉は抉れ、その表情は苦痛に歪み、どす黒い塊と化していた。
(………………し、死んでいる。)
(暗黒騎士の攻撃が効いたのか。)
アッシュがそんな事を考えている内に、ノーダメージな方の耳赤マウスがかつて耳赤マウスだった塊へと差し迫る。
死の張り手がもうすぐそこまで。
(クッソ、俺一人なら走って逃げられるモノを………………、いっそこの暗黒騎士を放っていくか??)
危機的状況の打破に己を掛けて一役かった暗黒騎士との男同士?の約束を破るそんなゲスい考えがアッシュの脳裏をかすめる。
………………かすめるが、実行はしない。
アッシュは何とか暗黒騎士と助かる為に、必死に迫り来る『死』から逃げながらドウズの迎えを願う。
パチィィィンッッ!!
また張り手の音だ。
アッシュがまた音のする方に目をやる。
もうそこに耳赤マウスの亡骸は無くなっていた。
張り手の音がする度に何かが消える。
そしてもう、アッシュと暗黒騎士以外に耳赤マウスの標的になりそうな物は無い。
(ヤバい、ヤバいぜドウズさん。早く来てくれ。)
ズリッズリズリッッッ。
遂に耳赤マウスがアッシュ達の方へ方向転換して来た。
いくら耳赤マウスの摺り足が遅いとは言え暗黒騎士を引きずるアッシュの移動速度よりいくらか早い。
じわりじわりとその距離を詰められる。
ズズイ、ズズイ………………ズワッ!!
耳赤マウスの眼が標的を捉え、腕を振り上げた。
(クッ、ダメだ俺達も彼方まで張り飛ばされる!!)
ヒュオッ!
パチィィィンッッッ!!!
耳赤マウスの渾身の張り手が炸裂。
「待たせたな。」
そこへドウズの馬車が到着する。
「ヒ、ヒィィィィ、ハヒハヒ………………ド、ドウズさん………………もぅダメかと思ったぜ。」
一瞬、死を覚悟したアッシュが地面にへたりこんで何やらハヒハヒ言っている。
「アッシュよ、何だあのクソデカい鼠は?」
「いいから、コイツを乗せて早く発車してくれ!」
「コイツって…………お前の敵なんじゃ???」
「いいから!早くッッ!!」
「お、おぅ。」
パチィィィン!
バチィィィィィィン!!
耳赤マウスはアッシュの作り出した竜巻に何度も張り手を喰らわせている。
その度、竜巻は小さくなってゆく。
「急いでここから逃げてくれ!あの竜巻が消滅した時が俺達の死ぬ時だ。」
「何だか分からんが、分かったぜ。」
二人で荷台に暗黒騎士を放り込むと、ドウズは急いで愛馬に馬乗りになり馬車を急速発進させた。
トガラッ、トガラッ、トガラッ……………………
ドウズの愛馬、サイオウガは砂漠を快調にトバす。
アッシュは荷台から耳赤マウスの姿が小さくなってゆくのを確認すると、一気に体中の力が抜けた。
「い………………生き延びたぁ。」
アッシュは無意識にそんな言葉を漏らした。
アッシュは、砂漠での闘いと死と隣り合わせの緊張感からの解放で喉がカラカラだった。
辺りを見回すと荷台にはドウズが仕入れた水の樽が積んであった。
(ドウズさんには後で謝ろう。)
アッシュは一つ樽の蓋を開け水を手で掬って何度か飲んだ後、頭からも水を被った。
「ぁぁぁあああああッッッうめぇっ!生き返るぅ!!体中に染み渡るぜ。この水のお陰で体の底からみるみる力が回復してくる感じだ!!」
荷台の中で一人わめくアッシュを余所に、ドウズの荷馬車は静かに次なる町『ドーサ』を目指す。




