042:社畜、総当たりする
世界が改変できたら普通はどうします?
チートで無双? ハーレム生活? 大金無双!
ここにいるのは記憶の扉を開ける社畜
今日もまた佐藤匠海による、自身の心の絶対的平穏を勝ち取るための戦いが始まる
よりによって初手からパスワード解析かよ……。
……思わずため息が出る。
俺は一文字も打つ気がしないまま、ターミナルに表示されたPassword?の文字を眺めていた。
時間は藤原補佐がストレッチをやりたがるので、何となく分かる。あれは時報としては便利だな。
まだ午前中ではあるが、これを期限までに解くには相当なラッキーを引くか、総当たりの解析コードを使うしかないだろう。
こんなところで運を使う必要はないな……。
俺はバイト時代のことをできるだけ思い出し、ヒントがないか探ることにした。
◇
「寺本さん、凄いですね!昨日言ってたのもう組み上がったんですか?」
「たくみちゃ〜ん。何言ってんのォ。ボクはプロのエンジニアなんだよぉ?これくらいはできないと恥ずかしいジャン」
そうそう寺本さんは凄腕のエンジニアだったな……。
言動は変だが仕事は速くて手堅い。そんな人だった。
よく宿題出されたな。
「これ、今日中にこの仕様で作っといてね〜。作れなかったらオシオキィ〜」
寺本さんは忙しい合間を縫ってバイトの俺によく課題を出して鍛えてくれた。
見た目と言動は軽かったがとても優しい先輩だった……。
「あ、こういうやり方したんだァ〜。これだとボクの意図と違うからやり直しィ〜」
「えっ?仕様通りに出来てますよね?」
「ボクの頭の中の答えと違うから認めない〜残念!仕様書から依頼主の頭の中の中まで想像しないとね〜」
「そんな無茶な」
「ハイハイ。文句言ってないでサッサと始める〜。期限きちゃうよォ」
……前言撤回。結構ムチャクチャな人だった。
まぁ仕様書の行間を読んで先回りというのを教えてくれたのは確かだけどな。
……そうだ。竹田さんもいたな。
あの人もある意味凄い人だった。
「竹田さん。その仕事って、納期月末じゃなかったですか?」
「そだよ。だから今やっとくんだ」
「早く終わらせて早めに納入するんですか?」
「しないよ。終わらせたら次の会議までは遊ぶ」
「え?いいんですか?」
「だって向こうが言ってきた納期だもん。俺はそれまで自由時間を貰ったんだよ」
「はぁ……」
……そうやって何日も徹夜して仕上げて、その後は納期まで遊ぶという人だった。
あの頃はそういう人でも仕事ができれば文句言われない世界だったな……。
そういえば竹田さんが凄いのはそれよりも中間の会議の時だったな。
「……その仕様変更ですと工数がかかりますので、15日ほどいただかないと難しいですね」
「できれば10日でお願いしたいです」
「分かりました。どうにかその納期でやらせていただきます」
帰ってきた竹田さんはずっと遊んでるんだよ。
思わず大丈夫なのかって聞いたね。
「え?だってもう作ってあるもの。ここを有効にしてやるだけで完成するのよ」
顧客の要求を先回りして作っておき、遊ぶ時間を確保するというとんでもない人だったわ……。
......いかん。思考が変な方向に逸れた。
パスワードのヒントを探すつもりがバイト先の社員を思い出してしまった……。
多分このパスワード処理作ったのは竹田さんだと思うんだよな。
何かそんな感じがする。
……竹田さんならどんなの掛けるだろうか?
あの人なら自分の名前とかにしそうではある。
TakedaTakeshi
とりあえず入れてみないことにはな。
PasswordError
あ、やっぱりダメか……。
画面の向こう側の竹田さんと寺本さんに嘲笑われているような気さえしながら、俺はあてもないパスワード探しを何時間も黙々と続けていくのだった。
◇
突然会議室のドアが開いた。
振り向くとそこには峯本さんが立っていた。
「佐藤さん。もう定時過ぎてますよ」
「これからが本番ですから。私はもう少し試してみて帰ります。峯本さんは遅くならないうちに帰ったほうがいいですよ」
心配そうな峯本さんであったが、まさか初手で躓いているから帰れませんとは言えない。
「無理しないで下さいね。……私の依頼ですけど」
峯本さんは微笑みながら言う。……相変わらず魔性の微笑みだな。
「気にしないでください。これが私の仕事ですから」
俺もいつも通りに返す。
「分かりました。無理だけはしないでくださいね。お先に失礼します」
峯本さんの靴音が遠ざかって行く……。
そして事務所に静寂が訪れた。
そろそろ一段階目の目標、50話が見えてきました。
50話超えたら別作品投稿も考えています。
また来週をお楽しみに!




