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氷の妃、家出していた

ゆるく読んでいただけると嬉しいです。

氷の妃との日常をどうぞ。

晴れ渡る澄んだ空。雲一つない空を見上げて、俺は思わずほおっと息をついてしまう。街路樹を揺らしながら、風が吹き抜けていく。その心地よさに目を細めていると、少し前を歩いていた女子のブレザーのポケットから、一枚のハンカチがひらりと宙を舞った。


「ああ!私のお気に入りのハンカチが!」


「大丈夫。任せて」


そんな彼女の横をまた風が吹き抜ける。否、それは風ではなく俺の影だ。驚異的な加速でハンカチの軌道を先回りし、俺は軽やかに地面を蹴って跳び上がった。


「よっと」


着地と同時に振り返り、風のいたずらから救ったハンカチを、彼女へと差し出した。


「え...? あ、ありがとうございます…!」


呆然としながら、彼女はハンカチを両手で受け取り、無事を確認する。すると、彼女はハッと目を見張った。よく見ればそのハンカチは汚れひとつなく、まるでお店の商品のようにきれいに折り畳まれていたからだ。


「あ、あなたは?」


「ああ、俺?俺の名前は...犬飼奏葉だ」


感謝する彼女の声を背中で聞きながら、俺は、再び歩き出す。これくらい、大したことじゃない。困っている人がいれば、体が勝手に動いてしまう。それが俺の、ちょっとした、『お人好し』という悪癖だった。そんないつも通りの光景。俺は特に目的もなくブラブラと休日のまちを歩いていたとき。お人好しな俺の目に、驚きの光景が飛び込んできた。


「え?あれは...まさか」


俺の視線が釘付けになったのは、ある交差点の片隅。そこにいたのは絶世の黒髪美少女だった。それも街ゆく通行人たちが思わず二度見してしまうほどの、だ。注目を集めているうちの高校の制服を着ている彼女のことを俺はよく知っていた。高一から2年連続で同じクラスで、出席番号が俺の次である彼女は...


「戌神環です。高1の2学期という中途半端な時期の転入ですが、よろしくお願いします」


夏休み明けで沈んだ空気が一気に塗り替えられたのを俺は覚えている。あと、


(『いぬ』がみ『たま』きって...。犬なのか猫なのかはっきりしろよ。せめて『ポチ』とか犬の神なら『アヌビス』とか...。いや、流石にファンタジーすぎるな)


という最高にしょうもないツッコミも覚えている。あれほどの美少女だ。男子はもちろん、女子もすぐに彼女に興味を持った。しかし、彼女はまるで猫のように人見知りで、必要以上に人と関わることはなかった。


(性格は『たま』の方に引っ張られるんだ...)


なんて俺が考えていた頃には、クラス全員が心に深刻なダメージを負って、会話不能になっていた。クラス中が彼女の冷たいオーラに打ちのめされる中、お人好しで、お世話焼きな俺の悪癖が疼いた。放っておけなくて、俺は彼女に話しかけたんだ。


「戌神さん。この学校は広いから、慣れないうちは大変でしょ?俺が少し案内しようか?」


だが、返ってきた反応はというと、


「ありがとう。でも、大丈夫よ」


「あぁ、そう?困ったらいつでも言ってね?」


戌神環は大抵の人とすぐに仲良くなれる自信がある俺をもってして、中々距離が縮められない人の一人なのだった。そんな、クラス全員が認める『氷の妃(猫)』であり『高嶺の花(人見知り)』のはずの彼女なのだが。なのだが...俺は交差点に佇む彼女から目が離せなかった。


「えっと...ネットカフェ?がいいかしら...どこにあるのでしょうか...」


ここからでは何を言っているのか聞き取れないが、何やらぶつぶつとつぶやきながら彼女はスマホの画面とにらめっこしている。無機物に対して笑わせる気のないにらめっこを仕掛ける彼女の横には、観光客かと思うほどの大荷物が置かれている。もっとも制服のせいではたから見れば、どういう状況かわからないのだが。注目を集めている原因はそれもあるのかもしれない。


(う〜ん。あれは、家出...か?親と喧嘩したのかな...?高校生の家出は小学生のときみたいな単純なものじゃないんだよなぁ。多分、ネカフェに泊まるつもりなんだろうな)


そこまで自分の中で意見を整理すると、俺は目を開く。すると、視線の先で彼女が体をびくっと震わせる。そして、忙しなく指を動かし始めた。


(あぁ、スマホの電池切れたな。無機物も下手くそなにらめっこで気まずいとか思うのかな...って何を考えているんだ俺は)


変な方向に向かう思考を、首を振って強制的にキャンセルする。そして、俺は歩みを再開した。向かう先は勿論。


「やぁ、戌神さん。偶然だね」


「!!え、えぇ。偶然ね...」

(なんで、犬飼くんがいるの!?)


「そんなに大きな荷物を持って...どうしたの?制服だし...」

「こ、これは...あなたには関係ないわ」

(嫌なところを見られてしまったわ...どうやって誤魔化そうかしら)


「困ってるみたいだったけど...どうかしたの?俺で良ければ力になるよ」


「ありがとう...でも...」

(助けを求めるのは簡単よ。でも、ここで他人を頼っていいのかしら)


戌神さんは顔を俯け、数秒沈黙した。


(自分一人でやっていけるって言ったのよ。やっぱり自分だけで...!でも...)


とか、考えてるんだろうなぁ。俺は心の中で呟く。あくまで俺の予想だが、葛藤など細部まではっきりと想像できてしまう。意外とこの子わかりやすいな?本当は奏葉が心を読め過ぎなだけだが、自覚していない奏葉はそんな事も知らず、戌神さんへの認識を改める。すると、覚悟を決めたように戌神さんが顔を上げた。「お、決めたか」そう思い、俺は戌神さんに向き合う。そして、彼女が口を開いた。


「あの、ここから一番近いネットカフェってどこかしら?」


(あ、チキッたな。素直に頼ればいいのに...)


「なにか言ったかしら?」


「いいや?何も言ってないよ。それで、ネットカフェか...そうだな。ここから一番近いのだと...あそこにペットショップがあるだろう?あそこの角を曲がって700mほど進むとあるよ」


「え、ええ。ありがとう...そんなに具体的な返答が来るとは思っていなかったわ」


「普段からこの街中の困りごとの相談に乗ってるからね。これくらい朝飯前だよ」


俺が不安を晴らすように笑ってみせると、彼女は感心したように「へぇ……」と小さく声を漏らした。完璧な「猫」を被ろうとしているわりには、こういう時のリアクションが素直でちょっと面白い。


「でも、戌神さん。その大荷物を持ってそこまで歩くのは大変だ。もしよければ、俺が――」


そこまで言いかけた、その瞬間だった。


氷の妃との休日、ここからどうなるのでしょうか。

次回もよろしくお願いします。

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