夢の中の世界
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俺が妙な夢を見るようになったのは、一週間ほど前の話だ。
地球とは違う、言うなれば中世ファンタジーのような世界の話。
その世界の辺境の村出身のノエルという平凡な少年、それが俺の夢の中の自分だった。
ノエルという名前は俺の本名と似ても似つかないが、違和感を覚えることはなかった。
何故かというと、ノエルというのは俺のSNSをやるうえでのハンドルネームだからだ。
名前の由来は俺の誕生日がクリスマスであること。
クリスマスは英語でノエルというらしく、その響きが気に入った俺はインターネット上でノエルと名乗っているのだ。
そんな俺、いやノエルは夢の世界のリールッドという村で暮らしていた。
両親は日々畑仕事に勤しんでおり、現実世界と同じく十七歳であるノエルは両親の仕事を手伝うのが日課だった。
幼馴染のカイルという少年と行動を共にすることが多く、ファンタジーよろしく魔物が存在する世界のため、魔物と戦える力を得ようと剣の稽古を一緒にしたりしている。
ここまでを目の前のタイガとユキナにしたところで、二人がぽかんとした顔をしているのに気づき、俺は喋るのをやめて一つ咳払いをした。
「何をおかしなことを、と思われても無理ないんだが…」
「いや、違うんだアラト」
タイガがふるふると首を横に振った。
ユキナも真剣味を増した顔つきで頷く。
タイガの口から続いて出た言葉に、俺は衝撃を受けた。
「俺たちも、同じような夢を最近見るんだ」
☆☆☆
午後の授業も滞りなく終了し、俺は机の上の物を鞄にしまい込むと帰路に就くため教室を後にする。
教室を出て数歩歩いたところで、俺と同じように教室を出たタイガが声をかけてきた。
「今日も行くのか?」
「ああ」
今日は週に一度病院に行く日だ。
といっても、俺の身体に何か異常があるわけではなく、面会のためである。
面会相手と話ができたことは一度もないのだが。
「妹ちゃん、早く良くなるといいな」
「ありがとう」
「それはそうと、昼の話なんだが…」
昼の話、というと俺の見た夢の話、そしてタイガとユキナが同じような夢を見たという話のことだろう。
なんでも、俺が辺境の村で暮らしているのに対し、タイガは流浪の商人、ユキナはルカ―リッドという王都で騎士団に所属しているらしい。
地名がいまいち不明なので、同じ世界なのかはわからないが、一週間前からというタイミングが完全一致することと、世界観があまりにも似ていることから、単なる偶然とは思い難かった。
「まあ、あれこれ考えても原因は分からないだろ」
「うーん、そうだよな…」
タイガが眉をしかめて唸る。
夢によって何か害があるわけでもないし、今のところは放置するしかないだろう。
「あっ」
「ん?アラトどうした?」
「今日行く病院の先生に聞いたらもしかしたら何かわかるかもって思ってな」
「あー、なるほどな。もし時間が合ったら聞いてみてくれよ」
「おっけー」
そこで俺はタイガに別れを告げ、学校前のバス停へと向かう。
校舎を出ると、視界の端にバスがすでに見えていた。
タイガとの話は思ったよりも時間がかかっていたらしい。
俺はバス停までダッシュし、何とか乗車することに成功する。
二十分ほどバスに揺られ、目的の病院に到着する。
受付で面会の予約を伝え、待つこと数分。
名前を呼ばれたので、看護師さんの案内に従って妹のいる病室まで向かう。
ここに通うのもすっかり慣れたな、とそんな思考が頭の隅を通過しつつ、俺は目的地にたどり着いた。
「おお、よく来たね」
妹が横たわるベッドの傍らに、ふくよかな体型をした白衣の男が立っていた。
柔和な笑みを浮かべたその男の胸には、青井良晴というネームプレートがぶら下がっている。
「先生、こんにちは」
この青井という男は、妹の担当医だ。
俺の面会に合わせて時間を作ってくれたらしい。
「まあ、かけたまえ」
「ありがとうございます」
俺は、青井が促した丸椅子に腰かける。
ここまで案内してくれた看護師が一つ礼をし、病室を後にする。
静かにスライドさせた扉がストンと音を立てて閉じると、青井が口を開いた。
「まずひとつ、いいニュースがある」
妹が目を覚まさなくなってから初めて聞く言葉に、俺は目をぱちくりさせた。
そして言葉の意味を理解し、身を乗り出す。
「い、いいニュースってどういうことですか!?」
「まあ落ち着きたまえ」
俺の勢いを手で制した青井は、一枚の紙を取り出し、俺に見せる。
「これは…?」
「ユズハさんの脳波だよ」
ユズハ、というのは俺の妹の名前だ。由比藤柚葉。
そう言われ、俺は気づいた。
ずっと低空飛行を続けていた波形が、一瞬ではあるが、跳ね上がっている。
その事象はここ一週間のうちに何度か発生していた。
「これは一体…」
「これまでずっと非活性状態だったユズハさんの脳波が、ここ一週間で何度か活性状態になっている。これは確実に良い傾向だと言える。原因は不明だがね」
ここ一週間、という言葉を聞いて、俺は一つ思い当たることがあった。
「あの、先生」
「ん、なんだね?」
「馬鹿馬鹿しい話ではあると思うんですが…」
俺はそう前置きし、今日タイガやユキナと話した内容を掻い摘んで青井に話した。
話を聞き終えた青井は、ふむ、と顎に手を添える。
「アラト君は、《ミューチュアル・ドリーム》という現象を知っているかい?」
「《ミューチュアル・ドリーム》…ですか?いえ…」
「《ミューチュアル・ドリーム》というのは、集団で同じ夢を見るという現象のことだよ。家族、恋人、友人…近しい存在との間で発生することが多いと言われてはいるが、何も解明されていない。宇宙人からの交信だとか、そんなオカルトまがいの話に近い。だが、君の話を聞いていると、君の身に起きている現象は《ミューチュアル・ドリーム》のように聞こえるね」
青井はそこでひとつ息を吐くと、立ち上がり、窓の側へと移動した。
随分日も落ち、窓から差し込む夕焼けのオレンジ色の日差しに俺は目を細める。
「心理学の世界では、集合的無意識と言われる、個人に依存せず全ての人間が自己を確立する前から先天的に持つ領域が関係していると言われることもある」
「なんだか、随分詳しいですね」
「ふふ、ネットで少し調べればわかることだよ」
何故そんなことまで知っているのだろうと俺が驚いていると、青井が窓の外へと向けていた視線をこちらに戻す。
その目には、何か複雑な感情が渦巻いているようにも見えた。
「だけどね、僕はこの世界がもっと幻想的でいいと思うんだ。君たちが同じような夢を見て、ユズハさんにも何か影響を与えている。それがどのようなロジックで起きたことだとしても、それはとても神秘的で、素晴らしいことだとは思わないか。むしろ、証明できないからこそいいのだと」
そこで、青井はふっと相好を崩し、元の柔和な笑みに戻った。
「あまり医者らしくないことを言ったね。すまないが、僕も詳しくは分からないんだ」
青井が申し訳なさそうに頭を下げた。
俺は慌てて首を横に振る。
「いえいえ、何か分かればラッキーくらいだったので!」
「そうかい。それなら良いんだけど…」
「気にしないでください!今日はありがとうございました。また来週来ますね」
「ああ、待ってるよ」
俺は青井に礼を言って、病室を後にした。
外へ出ると、案内してくれた看護師が待機していた。
ずっと待ってくれていたのだろうか。
病院を出た頃にはすっかり日も落ち、夜の闇がオレンジ色の空を追い立てていた。
病院前のバス停でバスを待つ間、青井の目に浮かんでいた感情の正体が気になった。
あれは申し訳なさというよりも―、
そこでププーという音が前方から聞こえ、思考が中断される。
反射的に視線を上げると、到着したバスの乗り口の扉が開かれ、乗らないなら置いていくぞと圧をかけてきていた。
「す、すみません、乗ります!!」
慌ててバスに乗り込んだ俺の頭からは、既に先ほどの思考は霧散して消えていた。




