3.デジタル時計がどうかしたのか。
9時前になった。そろそろ仕事の準備をすることにした。とりあえずノートパソコンをケースに入れて、それをカバンの中に入れる。
パソコンの充電器の横には、昨日大活躍だった金属棒が無造作に放り出されていた。こいつで焼き芋を撃ち返したり、ミイラを撃退したりしたっけ。道端で拾った金属棒が、こんなにも役に立つとは。
まったく、イカれた日常だ。
パソコンが置いてあった机の横には、同じく昨日、僕を大いに助けてくれた空飛ぶスケボーが立てかけてあった。小さいころ、遊びで作ったプログラムがこんなにも活躍する日が来るとは、夢にも思わなかった。
とりあえず金属棒を手に取った。どういう仕組みか知らないが、この金属棒は、僕の思考に合わせて形状を変えられるはずだ。昨日の魔界式鬼ごっこが、夢じゃなければ。
金属棒を手に取って、念じた。
ボールペンになれ。
すると金属棒は、あっという間に『よくある普通のボールペン』に変形した。
試しにぐるぐると、線を書いてみる。普通に書けた。
便利かよ。
僕は続いて、金属棒に向かってソファーになれと念じた。
が、それには反応しなかった。
どうやら自分の体積を大きく超えるものには、変身できないらしい。
僕はボールペンに変身した金属棒を、ポケットに収めた。
次にスケボーを手に取ったが、またすぐに戻した。
こいつは高速移動にとても便利だが、今日のところは必要ないだろう、と考えたのだ。
なにせ今日の依頼人は、まさに僕が住んでいるこのマンションの住人だからだ。
依頼内容も、シンプルだ。
確か『デジタル時計を修理してほしい』という内容だったはず。
心穏やかにこなせそうな内容だ。
昨日の夜から心穏やかでない僕には、もってこいの仕事だと思った。
僕はカバンのポケットに部屋の鍵が入っていることを確認して、玄関のほうに向かった。
僕が歩きだしたのを、リンが目ざとく発見した。
「スパるん、どっかお出かけするの~?」
彼女はほうきに乗って、ふよふよとこっちに漂ってきた。
「お出かけっていうか、仕事だ」
と僕は返す。めんどくさいヤツにからまれた感じの気持ちになった。
いったい僕はどうして『家の中でめんどくさいヤツにからまれる』なんてことになってしまったのか。
一人暮らしのはずなのに。
リンは仕事ときいて、興味を示した。
「スバるん、どんなお仕事してるの?? あっ、もしかして、プロの鬼ごっこ選手?」
「違うよ。プロの鬼ごっこ選手って、そんな職業ないから・・・たぶん。僕は『修理屋』をやってるんだ。依頼があったら出向いていって、色々修理する仕事だ。今日は壊れたデジタル時計を直しに行くんだよ」
そして彼女にくぎを刺した。
「すぐ終わるから、家で待ってて」
またこいつらに町に出られたら困る。魔界人の回収がどれだけ大変か、昨夜身をもって学習した。
リンは僕の横にホウキで回り込んできた。
「おもしろそーなお仕事! ねね、一緒に行っていい?」
コイツ。話を聞いてなかったんだろうか?
僕は一言一句はっきりと、トマやカミ男にも聞こえるように言った。
「絶対に、この部屋から、出るな。一歩たりとも!」
「あ・・・うん、わかったー」
リンはスーッとスライドして、カミ男たちのほうに戻っていった。
よし。
僕は依頼主の部屋へ向かった。
***
僕が住んでいるのはマンション・スクワッシュの10階なのに対し、依頼人の部屋は5階だ。エレベーターで5階まで下りて、505号室の前に立つ。インターホンを押した。
数秒後、
『はい』
と声が聞こえた。
僕は依頼人の情報が記載されたデジタルメモをチラ見しながら、お仕事用ボイスを出した。
「一之瀬昴星と申します。修理の依頼があったので伺いました。えっと・・・源ジャイ衛門さんですよね」
僕はメモに書かれた依頼主の名前を読み上げた。子供たちに大人気のあのアニメのキャラクターをミックスしたような名前に、初めて聞いた時は戸惑ったし、今も戸惑っている。本当にこの名前であっているのだろうか、と少し不安になった。
インターホンから声が返ってきた。
『ああ、はいそうです。ちょっと待ってくださいね』
やっぱりこの名前であってるのか。
強烈なネーミングセンスだ。
しばらくして、ドアが開いた。
「今日はよろしくお願いします」
現れたのは、吸血鬼の仮装をした男性だった。night町は一年中ハロウィンなので、普段から仮装をしている人も多い。すらっと背が高くて、そこそこイケメンだったため、僕は少し意外だった。
名前を見る限り、オレンジの服を着たガキ大将風の猫型ロボットみたいな風貌かと思ったんだけどな。人は名前によらないってやつか。
僕はあったようななかったようなことわざを創出しつつ、挨拶を返した。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ジャイ衛門は僕を部屋の中に案内した。
「デジタル時計の修理ですよね」
と何気なく話を振った。
「そうなんです。最近どうも、様子がおかしくて・・・」
彼は部屋の真ん中で立ち止まった。そのまましゃがんで、床に手を這わせる。
すると、床板がカパッと外れた。
「こっちです」
ジャイ衛門は、たった今出現した四角い穴の中に入っていった。
地下室か。と僕は納得しかけて、あわてて首を振った。
ここって、マンションの5階じゃなかったっけ?
なんで地下室??
僕は穴を覗き込んだ。
下に向かって梯子が伸びているが、電気がついていないので、そのほかの様子はよくわからない。
僕は恐る恐る、梯子を下りていった。
「源さん」
と僕は暗闇に向かって話しかける。
「マンションって、地下室ありますか、普通?」
僕の質問に、ジャイ衛門はあははと笑った。
「ああ、ここは地下じゃなくて、4階ですよ。真下にもう一つ、部屋を持ってるんです。何でも405号室は『訳アリ物件』らしくて、安かったんですよ。あ、いま電気つけますね。・・・あれ、どこだ電気。暗すぎて見えねぇ・・・あれ・・・電気君!! どこー?」
なるほど、それは斬新なスタイルの部屋の買い方だ。すごいな。真上の部屋とつながってるとか、なかなかおしゃれだ。
ただ、訳アリ物件ってのがな・・・。僕は電気のついていない暗がりの向こうを、薄気味悪いと思いながら見ていた。
幽霊でも出るんだろうか?
昨日Wi-Fiで異世界を作り出していた3人組幽霊を見たな。と僕はぼんやり回想する。
あんな感じだったら怖くもなんともないだろう。またブラックホールで撃退してやる。
と、その時。
部屋の奥から何かが聞こえた気がした。
ハッとなって、僕は耳を澄ます。
『・・・タ・・・ヨ・・・』
なんだ?
暗くて何も見えないが、これは明らかにジャイ衛門の声ではない。何かのうめき声だ。
怖くなって僕は身を固くした。じっと息をひそめる。
『・・イヨ・・・ウ・・・ッ』
また何か聞こえた。
かすれた、死を目前にしたような声だ。
もしかして・・・?
僕はジャイ衛門のほうを見た。彼は平然と電気君を探している。
っていうか、まだ電気のスイッチ、見つからないのか。自分の家だろ。
電気を見つけられない彼のうしろ姿に、僕はまた話しかけた。
「源さん・・・あの。この部屋、訳アリって言ってましたよね。何か聞こえるんですけど」
僕が不安を訴えると同時に、ようやく
「あ、見つけた」
という声がして、部屋の電気がついた。
僕は部屋の中を見渡した。
何かの研究室のような部屋だった。よくわからない機器が、大小さまざま置いてあった。
そして、相変わらず先ほどのうめき声はやまない。
不気味だ。
だが、ジャイ衛門は、何事もないかのように、部屋の奥からデジタル時計を持ってきた。
もしかして、この人にはこの声が聞こえていないんだろうか?
余計不安になってきた。
ジャイ衛門はデジタル時計を僕に差し出した。
「このデジタル時計なんですが。最近おかしくなってしまって、ずっとうめき声を発しているんです」
「・・・はい?」
僕はきょとんとした。
何って?
デジタル時計がどうしたって?
「ほら聞いてみてくださいよ」
ジャイ衛門が、時計を渡してきたので、それを耳に近づけた。
『・・・ウ。・・・タイ・・・ヨウ・・・』
本当だ。うめいている。
なんだ、幽霊じゃなかったのか。僕は少し安心した。
が、同時に別の種類の不安が芽生えた。
デジタル時計の様子がおかしいって・・・そういう感じ?
パネルが壊れたとか、電球が一部つかなくなった、とかじゃなくって?
「え・・・っと」
僕が困っていると、ジャイ衛門はさらに詳しく説明してくれた。
「このデジタル時計、night町の太陽の電池が切れる前から使っているもので、乾電池式と太陽光発電式のハイブリッドだったんです。ここしばらくはずっと、電池のみで動いていたんですが、先日から急に太陽を求めるようになってしまって・・・」
「なるほど?」
僕はもう一度、時計の声を聴いた。
『タ・・・イヨ・・・ウ・・・』
ほんとだ。タイヨウって言ってるよ。
「僕はもともと趣味で天体観測をやっていたので、この時計がうめくようになってから、太陽の研究も始めたんです。どうにかコイツに、太陽光を浴びながら活動させてやりたいと考えてるんですが・・・」
僕は改めて室内の設備を見渡した。
この研究設備は太陽を復活させるためのものだったのか。
でも、吸血鬼コスプレで太陽復活は、かなりシュールだぞ。
「あの・・・」
と僕は、言葉を選びながら返答する。
「研究を始める前に、新しい時計を買った方が良かったのでは・・・?」
ジャイ衛門は苦笑した。
「まあ・・・そうなんですが。しゃべってる機械を捨てるのって、なんか不気味で。結局買い替えるの、やめました」
「ああ、そうですか」
僕はさらなる可能性を考える。
「電池切れとかですかね。電池がなくなったから、太陽光を求めている、という可能性はありませんか?」
電池が切れたのに、太陽光で発電もできずに困っている時計が、果たしてうめき声を発するのかは疑問だが、一応筋は通った仮説な気がする。
「それも疑ってみたんですが、電池を交換しても改善されませんでした。それに、今のところこいつは正常に時を刻んでいます」
「そうですか・・・」
僕はほかの可能性も考えてみたが、何も思いつかなかった。
「あの・・・何とかなりそうですか?」
ジャイ衛門は、恐る恐る聞いた。
正直、何ともなる気がしなさすぎる。
でもなあ。
僕はジャイ衛門の顔をまじまじと見返した。
太陽の研究まで始めるほど、この時計を気に入ってるんだもんな、この人。
「この時計、いったん持って帰ってもいいですか? どうにかならないか、考えてみます」
僕はとりあえずそう答えた。
「本当ですか!」
ジャイ衛門は目を輝かせた。
というわけで僕らは、505号室へと階段を上り始めた。家に帰って、この時計をどうするかじっくり考えなければならない。
が、最後に一つ、聞いておきたいことがあった。
「405号室って、どういう訳アリ物件だったんですか?」
ジャイ衛門は梯子を上りながら言った。
「マンションを建てるとき、405号室だけ、ドアと窓をつけ忘れたらしいです。あと、505号室の床板を外しただけで、405号室につながってしまうというセキュリティの低さも難点で、買い手がつかなかったそうです」
確かに、言われてみればこの部屋は、ドアも窓もない完全な密室だった。そりゃあ買い手がつかないわけだ。部屋に入れないんじゃ、買う意味がない。
って、どんな訳ありだよ!?
ただの手抜き工事、というかもはや事故じゃないか。
「あ・・・そうなんですね」
僕は間の抜けた答えを返して、手渡された時計を見た。
『タ・・・イヨウ』
ああ、これはかなり難しい仕事になりそうだ。
僕はとりあえず、うめくデジタル時計をカバンの中に格納した。