2.空に帰るスタイルなんだな。
カミ男がズボン購入欲求に負け、部屋の片づけを手伝うことになると、リンとトマもその気になってくれた。
「あたしたちも、カミ男のボロズボンがどうにかなるまで、帰れないし。しょーがないから、手伝うよっ」
「私も手伝わせてもらおう。まずは、この三脚からだな」
トマはそう言いながら、例の丸テーブルもどきに手を伸ばした。
それって、三脚だったのか。
理科室に置いてある、あの三脚か?
あの三脚だったのか?!
にしてはデカすぎるだろ。
「そんなサイズの三脚、何に使うのさ」
僕は三脚を持ち上げようとしているトマに尋ねた。
「ああ、これはなあ・・・」
「こうやって使うんだよっ! 見ててスバるん!」
リンはトマのセリフを遮ると、さっきのテーブルクロスを持ってきた。それを丁寧に4つ折りにする。
4つ折りになった黒い布を三脚の上にポンと乗せると、テーブルクロスだったものは、うにょーんと形をぼやけさせ、大きめの金網に変わった。バーベキューとかで見るような網だ。
相変わらずハイテクだな。
テクノロジーじゃなくて、魔法なんだっけ?
まあ、どってでもいいけど。
続いてリンは、飛び交う矢印をボケーッと眺めていたカミ男をひょいッとつかむと、金網の上に乗せた。
リンめっちゃ腕力強いな。
それとも、カミ男が中身スカスカなのか?
どっちもあり得るな。
「おい、なにすんだよ!」
じたばたするカミ男を押さえつけて、リンは楽しそうに指をパチンと鳴らす。
「で、こうするの!」
金網の下で、炎が燃え上がった。
リンはひょいッと金網から離れた。
取り残されたカミ男は、一瞬何が起こったのか事態を察しかねたあと、
「あっっっっつ!!!!!!!!」
と叫んで飛びあがった。炎がカミ男の服をなめた。
リンはすぐに炎を消したが、カミ男のロック系Tシャツはすでに煙を上げていた。時すでに遅しというやつだ。カミ男は悲鳴を上げながら、部屋の中を駆けずり回る。
あとでご近所さんに謝りに行かなければいけないかもしれないな、と思った。
「こんなふうに人を絶叫させるんだよ! スバるんも、絶叫する?」
リンは何事もなかったかのように、三脚の説明を締めくくった。
「イヤ。いや・・・嫌」
どう考えても嫌だろ。僕は小刻みに素早く、何度も首を横に振った。
お前ら、鬼ごっこに引き続き、絶叫マシンの概念も間違ってるぞ!
「昨日は炎の妖精が、三脚下で炎役をやっていてくれたんだ」
トマは穏やかに要らない情報を付け加えつつ、Tシャツを鎮火しようとワタワタしているカミ男を、キッチンに連行した。
すぐに水が流れる音がした。カミ男の悲鳴はボリュームを絞られたように小さくなった。
無事に消火活動が終わって戻ってくると、カミ男は目に殺意をたたえてうなった。
「それ・・・ただの焼き肉用の三脚だろ! 絶叫マシンじゃねぇだろ!」
焼肉って、三脚でやるものなのか?
と聞いてみてもよかったが、今、カミ男にツッコミを入れるのはKYかな、と思い直した。
きっと魔界人は三脚で焼き肉するんだろう。と自分を納得させるにとどめた。
怒り狂うカミ男の視線の先で、リンは「てへっ。カミ男を見たらつい、やりたくなっちゃった♡ ごめ~ん笑」とへらへらしていた。
「お前ら・・・部屋片づけろよ」
僕はその辺に散っていた、雲の姿の飾りをごみ袋に入れた。
「すまないな。いつもこんなふうなんだよ、私たちは。慣れてくれ。さあ片付けるぞ」
トマは気合を入れなおすと、改めて三脚と金網を持ち上げ、玄関のほうへ向かった。ふう、やっとやる気になってくれたか。
って、どこ行く気だよ。
「ちょ、トマそれ・・・」
僕が追いかけていくと、トマは玄関を開けた。
「さあ、三脚、金網。空へ帰りなさい」
すると三脚の金網が光り輝いた。次の瞬間、三脚は小鳥に、金網は・・・小さな金網に変形すると、二羽は元気に空へ飛び立っていった。
「えーと、これは、どういうこと?」
僕があっけにとられているのを見て、トマは笑った。
「昨日はあの三脚で、鳥肉を焼いたのでな。驚かせてしまったかい?」
「はあ・・・そうですか。三脚って、鳥肉を焼くと空に帰るんだ・・・」
いや、全然説明になってねーよ。何、納得させられてんだよ。空に帰るってなんだよ。三脚は空からはやってこねーよ。っていうか鳥肉って。お前らが焼いたのは鶏じゃないのか? いったい何を焼いたら、三脚と金網が空へ飛び立っていくんだ?
脳内をたくさんのはてなマークが蹂躙した。
が、すべてに対して答えを出すことをあきらめた僕は、おとなしく片付けに戻った。
世の中には理解できないこともあるんだな、と悟った。
***
それから、僕は細かいごみを袋に詰め込み、トマが大きい物品を空に返し、リンとカミ男がその辺をテキトーに掃除してくれたので、部屋は何とかそれなりの状況になった。
時刻は8時を過ぎていた。4人がかりで1時間もかかったのか。まあ、まだ仕事が始まるまで時間はある。朝ご飯にしよう。僕はキッチンへ向かった。
今日は仕方ないからあの3人の分も用意しないとな。確か野菜類、卵系なら、たくさん残っていたはずだ。僕は記憶を頼りにそう考え、冷蔵庫を開けた。
すると、さっきの三脚と同種の鳥が数羽、ピヨピヨ鳴きながら飛び出してきた。
・・・昨日焼いた鳥肉、冷蔵庫で保管してたのか?
っていうか、マジで何鳥なんだよ?
「あ、スバるん。それ、焼いて食べてみるー?」
リンは小鳥たちを見るなり、瞬時に動いた。瞳に鋭い光が宿ったかと思うと、目にもとまらぬ速さで鳥たちの羽をおさえ込んでいく。リンはものの2秒で、すべての小鳥を捕獲した。
そしてその3秒後、小鳥たちは全てさえずるのをやめた。
・・・プロの狩人か、お前は。
「焼くよぉ♡」
リンは炎の魔法で、鳥たちをそのまま丸焼きにした。僕は図らずも、人生で最も動物虐待に近い焼き鳥に立ち会ってしまった。
リンは焼けた鳥たちを、いつの間にかやってきていたカミ男が、いつの間にか用意していた皿にのせた。
「はい。完成!」
リンは嬉しそうに言った。
なんか、食べる気がしない。
僕は冷蔵庫の中を改めて覗き込む。そしてあることに気付いた。
あれ? 冷蔵庫の中身、減ってないか?
卵がかなり減っていた。製氷用の水も尋常じゃない減り具合だ。残り物のおかず類も、何者かに食い荒らされた形跡があった。
カミ男が、冷蔵庫の卵ポケットを見て言った。
「このピヨ鳥たち、どこから出てきたのかと思ったら、この卵からかえったんだな」
「え? この卵はかえらないと思うけど。ここは養鶏所じゃないからね? 分かってると思いたいけど」
僕が言うと、カミ男はチッチッと指を振った。
「甘いな、スバル。卵はなあ、隙あらば孵化するんだよ。孵化したしたピヨ鳥は冷蔵庫の中で、食料を食い荒らして成長するんだ。ほら、この辺とか、やられてんぞ」
カミ男は残り物のおかずたちを指して言った。
いや、でも。と僕は納得がいかない。
冷蔵庫の卵はスーパーから買ってきたやつだし。
お前らみたいな異世界チックな存在じゃないし。
「人間界の卵は、孵化しないと思う」
僕はなおも言い張った。すると、リンがハッと思い出したように言った。
「昨日、恵みの妖精メグヨちゃんが、『卵に恵みあれ』って、祈りささげてたよ! たぶんそれで、その卵にピヨ鳥が宿ったんだね」
何してくれてんだよ、メグヨ。
他人の家の卵に、無断で命吹き込むなっつーの。
「とにかく、たべるよーっ!」
リンはいらだつ僕を差し置いて、ピヨ鳥の乗った皿を、元から僕の部屋にあったテーブルのほうへ持っていった。
冷蔵庫の中身も結構食い荒らされてるし。
食べるしかないか・・・。
僕はピヨ鳥の丸焼きを食すことに決めた。
***
8時半ごろ。僕らは狭いテーブルを囲んで、ピヨ鳥と相対していた。
ピヨ鳥はエメラルドグリーンと白が混ざり合った、マーブル模様の小鳥だった。文字通り丸ごと焼かれているので、羽もつきっぱなしになっている。ピヨ鳥たちが皿の上から、小鳥らしからぬ死に切った眼で僕のことを見つめてきた。
正直、あまりおいしそうではない。
「なあ、スバル。この部屋、何で椅子が二つしかないんだよ」
カミ男がテーブルの近くの壁にもたれかかりながら、不満をこぼした。
僕は椅子に座った状態で言い返した。
「仕方ないだろ。一人暮らしなんだから。椅子ばっかりいっぱいあっても、どうしようもないよ」
「いっぱいあったら、椅子でタワーが作れるぞ。私の友でかつて、椅子を200個積み上げて、5000mのタワーを作った者がいたぞ」
トマがくるくる回るタイプの椅子に座った状態で、会話に参戦した。椅子の足の部分にタイヤがついているのがお気に召したらしく、さっきから一定速度で前後に移動し続けている。
「あー、アレ。すごかったよねー! 驚異のバランス感覚っ!」
リンがホウキに座った状態で言った。ほうきの可動性がお気に入りらしく、さっきから一定速度で左右に移動し続けている。
「噂によるとあの椅子、積み上げるためだけに、全部特注で作ったらしいぜ」
カミ男は壁際でそう言いながら、なにが良いのか知らないが、さっきから一定速度で膝を90度に曲げたり伸ばしたりしていた。
お前ら、視覚的にも騒がしいな。
落ち着けよ。
話が頭に入ってこないだろ。
「僕は椅子でタワーなんか、作らないからいいんだよ」
と返事した。
僕は思った。
200個で5000mって。
椅子1個、25mもあるじゃないか。
そんな椅子、一人暮らしじゃなくてもいらねぇよ。
家の中に25mプールを縦向きに置いてるようなもんだろ。
『使い道がない』を極めたような代物だ。
「そっかー。まあ確かに、あの後、タワーが崩れて大変だったもんねぇ。やめといたほうがいいかもっ。あの椅子、全部大空に帰すの、めっちゃ時間かかったしぃ。椅子もせっかく作ったのに、もったいなかったしー」
リンはそう言って、ピヨ鳥をホイっと口に放り込んだ。
なんで家具はすべて、当たり前のように空に帰してしまうのだろうか。
リンは「んんーっ」と目を輝かせた。
「おいしいっ!!」
それに続いて、トマとカミ男もピヨ鳥に手を伸ばした。
「ふぉー、ほいふぁふぃふぁふぁ(おお、良い味だな)」
「うめぇぇぇぇぇ!!!!」
2人の魔界人も大絶賛だ。そんなにおいしいのだろうか。
ものすごく雑に丸焼きにしただけの、一口サイズの鳥なのに?
「はい、スバるん。口あけてっ!」
リンがピヨ鳥を手に取った。
そんなに僕にピヨ鳥を食べさせたいのか。
「いや、自分で食べられるから・・・っ!?」
僕が話すために口を開くと、リンの手からピヨ鳥が放たれ、猛烈な勢いで僕の口の中に飛び込んできた。世にも珍しい『人体バードストライク』が起こる。
直後、むせ返りかけた口の中に、ふわっと甘みが広がった。
「あえ・・・ふぉいふぃー(あれ・・・おいしい)」
ピヨ鳥は、肉というよりスイーツに近い食物だった。程よく焼いて表面が溶けかかったチョコレートの味。それでいてパンとグミの中間のような食感。飲み込んだ後に残る、ミント系のサッパリした後味。
おいしいな、ピヨ鳥。
ありがとうメグヨ。と僕は心の中で手を合わせる。
次来たときは、卵1ケース全部ピヨ鳥にしてくれ。
一瞬ピヨ鳥マジックで心を許しかけた僕だったが、ミントの味が消えると、再び思考力も戻ってきた。
『いや、やっぱり来るな、メグヨ。昨夜の鬼ごっこで妖精を追い返したばっかりなんだ。また追い返すことになったら、だるすぎる』と思い直した。




