1.これほどまでに果たしたくない再会があるか。
僕は目覚まし時計の音で、はっと目を開けた。
朝7時。
外はいつも通り真っ暗だ。
night町の太陽の電池が切れてから、はや数年。毎日太陽が昇らず、毎日ハロウィーンのようなお祭り騒ぎのこの町にも、ようやく少し慣れてきた。
ベッドから出て部屋の電気をつけた。ぐちゃぐちゃに散らかった部屋の惨状が目に飛び込んできた。空き巣にでも入られたのかと思うほどの、悲劇的なテイストの部屋。自分一人で暮らしていたら、絶対にこうならないと言い切れるほどの散らかり具合。
僕は部屋を見回してため息をついた。
昨夜、僕の部屋は謎のハロウィン生命体による侵略を受けた。魔女やら吸血鬼やらオオカミ男やらに部屋を乗っ取られ、勝手にハロウィーンパーティを開かれた挙句、よくわからない鬼ごっこにまで付き合わされ、夜の街を駆けずり回った。
その結果、僕はへとへとに疲れ切り、部屋はすっかり『マナーの悪い人が去った後のパーティ会場』になってしまった。
だが、どうにか魔界人たちを魔界に送り帰すことには成功した。それだけでも救いだな。と自分を慰めた。あいつらとこれ以上関わっていたら、僕まで脳みそが腐りそうだ。
ったく、出だしから日常系小説とはとても思えない単語ばかりだな。
もはや異世界モノなんじゃないのか、この話。
と僕は、誰にとは言わないが文句をぶつけた。
話を戻そう。
散らかりすぎた居住空間の話だ。
僕の部屋には見覚えのない丸テーブル、いす、部屋の飾りなどが散乱していた。誰かが持ってきて、そのまま置いて帰ったものだ。今からこれを、片付けなければならない。僕が散らかしたわけじゃないのに。
ホント、迷惑なやつらだった。
帰ってくれて、せいせいした。
飾りつけは全部捨てるとして、テーブルなんかはどうしようか。と僕は部屋を歩き回る。
おいておくには、あまりにも大きい。邪魔だ。一人暮らしを想定した部屋なので、余分な家具を放置できるほどスペースは余っていない。面倒だが、こいつをどうにかして部屋から運び出し、捨てなければならない。
僕はテーブルにかかっていた、床につきそうなぐらい長い、真っ黒なテーブルクロスをつかんだ。
部屋の異様な散らかりっぷりに対し、このテーブルの上だけ、なぜか何も置かれていなかった。不自然だな、と思いつつ、テーブルクロスを外した。
そして僕は、硬直した。
テーブルの下に見覚えのある顔ぶれがあった。
カミ男、リン、トマだった。
3人は仲良くテーブル下で眠っていた。
大きめとはいえ、まだ常識的なサイズの丸テーブルの下に、よくもまあこんなにキレイに収まったもんだ。人が3人も眠れるようなスペースはなさそうなのに。
3人は立体パズルのように折り重なって寝ていた。最密充填構造という単語が頭の中を駆け抜けていった。
そして、テーブルクロスを外したことにより、もう一つの新事実が明らかになった。
丸テーブルだと思っていたものは、実はテーブルではなかった。本来物を載せるであろうはずの場所が、くりぬかれていた。これでは、ただの『足のついた輪っか』だ。
なるほど、だから何も上に置いていなかったのか。と一人で納得する一方で、こんな疑問も浮かび上がる。
じゃあこれはいったい、何に使うための何なんだろうか。
いや、今はそれはどうでもいい。僕は他人の家で眠りこけている3人の魔界人をにらみつけ、叫んだ。
「お前ら! 魔界に帰ったんじゃなかったのか!!」
朝っぱらからセリフがtwitters送りになる。が、それは無視した。いちいち反応してられない。
僕の怒号に、カミ男とリンが目を覚ました。
「ふぇー?」「ふぉー?」
完全に寝ぼけている。トマに至っては、起きる気配すらない。
「3人とも、昨日帰るって言ってたよな。ワープロードに入っていったよな」
リンは「んあー」とあくびをしながら伸びをした。
「なんかー、カミ男が、帰り道にある関所で、ドレスコードに引っかかっちゃってぇ」
「ドレスコード?」
僕は思いがけない発言に、訊き返した。
「そんなのあるの?」
リンはテーブル、というか足のついた輪っかの下からもぞもぞと這い出した。
「そぉなの! カミ男のズボンが破れすぎだったから。3人まとめて送り帰されちゃった。ホント、やんなっちゃうよねー」
やんなっちゃうのはこっちだよ。僕は思いながら、カミ男のズボンを確認した。
もともとダメージジーンズだったズボンは、昨日の鬼ごっこでさらに激しく破れていた。もはや布よりも破けている部分のほうが多いぐらいだ。
マジか。
送り帰されるのか、こんなことで。
「っていうか、なんで3人とも返ってきたんだよ。カミ男だけでいいだろ」
僕が言うと、リンは
「連帯責任なんだってー」
とめんどくさそうに言った。
なにその無意味な連帯制度!
せっかくややこしいのがいなくなって、スッキリした朝を迎えたのに。
ぬか喜びだったとは。
リンに続いて、カミ男がテーブル状の足つきリングから這い出てきた。
「ったく、どいつもこいつも、俺のイカしたファッションをボロボロとかぬかしやがって」
起き抜けから不機嫌なカミ男に、リンが油を注ぐ。
「イカれたファッションのまちがいじゃないのー?」
カミ男はさらに不機嫌そうな顔をして、立ち上がった。
「おいスバル、きいてくれよ! 関守のヤツよぉ、俺のこと見るなり『ズボンが自然に帰りかけてんぞ。帰れ』って言ったんだぞ。ふざけんな!ファッションだっつーの!」
知らねーよ。僕に報告するなよ。
トマがようやく輪っかの下から出てきた。僕らの会話で目が覚めたらしい。
「だが、カミ男」
トマは落ち着いた老紳士的ボイスで、落ち着きのないオオカミ男に語りかけた。
「お前のジーンズが、昨日の鬼ごっこでボロさを増していることは、弁解の余地もないほどの事実だ。諦めて、新しいのを買ったらどうだい?・・・スバルもそう思うだろう?」
「ボロさとか言うな。れっきとしたファッションだ。まあでも、新しいのを買うってのは、悪くない。なぁ、スバル?」
「えー。そんなボロいデザインのズボン、人間界では売ってないんじゃないのぉ? ねぇ、スバるん?」
僕は3人の視線を一身に浴びて、つぶやいた。
「いちいち僕に話を振らなくていいから。それより、部屋の片づけ、手伝ってくれないかな」
「そんなことより、スバル。俺は新たなダメージジーンズを・・・」
カミ男が文句を言い切る前に、彼のセリフを遮った。
。
「部屋が片付いたら、そーゆーロック系の店、教えるから。店が開くの10時からだし、それまでは片付け手伝え。っていうか、元はと言えば、お前らが散らかしたんだからな!」
「わかったよ。スバルがそこまで言うなら、仕方ないな」
カミ男はしぶしぶうなずいた。
それを聞いたリンは
「え、こっちでもボロズボン、売ってるの?」
とビビッた。