おまけ
結構前に本編を投稿して終わっていたシリーズですが、当時書いていたおまけがあったのでアップします。楽しんで頂けたら幸いです。
「新郎様、お見えになりました」
結婚式場のスタッフの呼びかけに、私は「はい」と短く返事をした。
年齢のことも考え、なるべくシンプルなデザインを選んだウェディングドレスだけれど、それでもコルセットできつく締め付けられた腰は窮屈で、動きづらい。
私は、ドレスのスカートを踏んづけないようにしながら慎重に椅子から立ち上がり、控室の入り口ドアへと振り返った。スタッフの人は気を利かせてくれたのか、そのまま部屋の外に出たようだ。
「……由香さん」
「哲也くん」
私が振り返ると、やや光沢のあるシルバーがかったタキシードに身を包んだ哲也くんの姿があった。普段はワックスで毛先を遊ばせているのに、今日は少しボリュームを抑え気味に撫でつけたような髪型がいつもより大人っぽい。照れ臭そうに笑った表情にも、キュンとした。
ああ、今日、この人と永遠を誓い合うんだなぁと思うと、まだ式が始まってもいないのに胸がいっぱいになって来る。
「……信じられないくらい綺麗だ」
私の目の前まで歩み寄って来た哲也くんが、感慨深げに呟いた。
その言葉だけで、泣きそうになってしまう。
「……ありがとう」
気恥ずかしさを感じつつも、私も嬉しいと思った気持ちを、そのまま口にした。
ほかの誰にどう見えても構わない。彼の言葉が、いつも私の心を満たしてくれるから。
「……いよいよだね」
「……そうだね」
彼の言葉に、私は小さく頷いた。
今日は私達の結婚式だ。すでに籍は入れて戸籍上は夫婦になっているけれども、職場結婚でもあるしお互いの両親のためにも式はした方がいいと、近親者とおなじ所属の同僚のみを呼んだ、ほんとにささやかな結婚式と披露宴を私達はすることにした。
準備期間も少なかったから、手の込んだ会場のデコレーションも、奇をてらったような余興もない。
ただ、二人がこれから共に生涯歩んでいくのだという決意を、大切な人たちに見届けて欲しいだけだ。
「……ねぇ、由香さん」
ふいに、哲也くんが呟いた。
「……俺達は、たしかに齢が離れてるけど、それって悪いことばかりでもないよ」
「……え?」
急に真面目な顔で話し出した彼に、私は目を瞬かせた。彼は、何かもどかしそうに言葉を続けた。
「だって俺は、10齢が若い分、きっと由香さんを置いて先に逝くなんてことないよ。俺はタバコも吸わないし、酒も、量に気を付けるからきっと由香さんより長生きする。齢が離れてる分、俺は長く由香さんの傍にいれるから」
「……!」
彼の言わんとすることがやっと分かって、私は目を見開いた。そして、何だか可笑しさが込み上げてきて、くすくす笑いが漏れた。
「……笑わないでよ……また、子供っぽい発想だって馬鹿にしてる?」
「……してないよ。……ふふ……嬉しいだけ」
門出の時なのに、もう最期の瞬間まで彼は考えてる。でもそれは、逆に言えば私達が最期の瞬間まで一緒にいると迷いなく、疑いもなく、彼が信じているということだ。
「……うん、ずっと、傍にいてね?……交通事故とかで、大怪我しちゃったら嫌よ」
「うん、運転にも気を付けるよ」
「ビールは、一日2本までね」
「……3本はだめ?」
「……だめ。あまりビール腹になられても嫌だもの」
「……わかった」
私は彼の手をとり、撫でた。すると彼のもう一方の手も添えられて、結局私の手の方が彼の両手に包み込まれてしまった。
「最期まで、一緒にいようね」
私が笑うと、彼も微笑んだ。
まだチャーチに入る前なのに。そう思ったけど、私達は二人だけで先に、永遠を口にしてしまった。
かけがえのない彼と、この先ずっと歩んでいく。
彼の手が、今度は私の頬に添えられて、私は目を閉じた。