発見された超常文書(ロスト・レポート)
さわやかな潮風が通り抜ける住宅街の道を、白瀬湊は一人、複雑な面持ちで歩いていた。
見上げる空は、あの日見た禍々しい赤黒い色ではない。抜けるように青く、穏やかな、いつもの水録市の日常の空だ。
(本当に、戻ってきたんだな……)
湊は歩調を緩め、数日前のあの事件のことを思い返す。
あの時、中間領域の闇を白銀に染め上げた、アクアカセットの記録の力を極限まで解放した技――『アクアスワロウ』。
すべてを破壊して飲み込む激流の力は、対策課の誇る『正常処理弾』の消滅効果すら上回る超高速再生を繰り返していた3階建てサイズの怪物を、再生などさせる間もなく完全に撃破した。
怪物の消滅と同時に、特殊車両を締め付けていた空間の歪みは完全に中和された。
湊が中間領域の霧を完全に抜けた直後、学校を丸ごと包み込んでいたあの『異界』は、まるで元からなかったかのように綺麗さっぱり霧散したのだ。
もちろん学校は無事に現実世界へと復帰した。そして、中に取り残され、力なく昏睡していたクラスメイトや先生たちも、後遺症一つなく全員が目を覚ました。
本人たちには異界にいた記憶がないようで、目覚める時も昼寝から起きたような感覚だったようだ。
だが、事態が完全に収拾したわけではない。異界化の影響による衝撃で、教室の壁や天井、校庭の地面などは物理的に大崩壊を起こしてしまっていた。
また、なぜこの高校に異界という空間の歪みがピンポイントで発生したのかは依然として謎のままであり、現在は原因調査のため、学校は『当面の間休校』という異例の措置が取られている。
( なのに、なんで俺だけこんな面倒なことに……。)
湊が自分の高校の制服姿で外を歩いているのには、理由があった。
超常現象対策課の中間領域で湊を発見・保護したことについての報告を受け、中間領域で自身の存在を保てたことが水録学園の上層部の目を引いたのか、学園に呼び出されたのでそこに向かう途中だった。
重い足取りで歩みを進めていると――。
「――相変わらず、警戒心の欠片もないですね、白瀬くん。」
「うわっ!?」
突如、路地裏の影から声をかけられ、湊は心臓が跳ね上がるほど驚き、バランスを崩して尻もちをついてしまった。誰が声をかけてきたのか、と思いつつ見上げると、そこに立っていたのは、見慣れた白衣に身を包んだ、研究所の人間だった。
「な、なんでこんなところに……っ」
「君が持つツールカセットにはGPSが搭載されていてね。君の居場所はいつでも知れるんだ。それはともかく、世間話をしに来たわけではない。手を出せ。」
研究員は周囲に視線を走らせながら、懐から黒い布に包まれた平たい物体を取り出し、湊の手のひらへと強引に押し付けた。
包みを開けると、中から出てきたのは――二枚の、手のひらサイズのデバイス。
「 これは……ブランクカセット?」
「そうだ。新たに我々の手で2個のブランクカセットの復元に成功したのだ。まだ何も記録されていないが、いずれ君の新たな力になるだろう。」
「それと、君に共有しておくべきデータがある。先日、我々の調査班が君の持っているガントレットや、カセットについて記されていると思しき未知の文書を発見したことについてだ。」
「カセットについての文書……?何が書いてあったんですか?」
「文字自体は未知の言語、既存の地球上のどれにも当てはまらない文字列だったため判読は無理だ。
……しかし、その文書には、光の三原色に基づく『加法混色』と、色の三原色に基づく『減法混色』のベン図に似通っている絵が描かれていた。」
研究員はタブレットを取り出し、画面に一枚の奇妙なスキャン画像を映し出した。
そこには、幾何学的な紋様と共に、複数の円が美しく重なり合う二つの混色図形が緻密に描かれていた。
その図形の下には、カセットのような図形が6つあり、それぞれ、赤、青、緑、マゼンタ、シアン、イエローの色で塗られている。
「その二つの図形をもとにした絵から読み解ける結論は、クロニクルカセットが本来この世界に全部で6本存在していたと言うことだ。
これら6つの色彩とカセットが明確に対応しており、それぞれの色に応じた自然の力の記録が内包されていることが図形から読み取れます。これを元にすると、君の持つアクアカセットは『青』の自然の力と予想ができる。」
「じゃあ、一番最初に俺が使った『ドラゴン』のカセットは、その6色の中のどれに当てはまるカセットなのか?」
「恐らくだが……あれはオリジナルである6本の枠には含まれてはいない。
ドラゴンカセットは、その文書にそれらしき図形がないカセットだ。文書を解読出来れば何かしら分かるとは思うが……。
我々研究所の解析技術を以てしても文書が判読出来ない以上、ドラゴンカセットについては実戦からのデータ収集でしか知るのは難しい。
だから、このカセットは君に返却しよう。」
研究員はそう言うと同時、そのドラゴンカセットを湊の前に差し出した。そのカセットは、光を反射してダイヤモンドのように輝いている。
湊はそのカセットを受け取り、自分の肩掛けカバンに入れた。
「そのカセットはデータ収集を強制することはないから安心したまえ。
それと……君が持っているメタルカセットは回収してこちらでエネルギーをチャージしておく。
また、アクアカセットは水がエネルギーだから、水に放り込んでおけば勝手にエネルギーはチャージされる。さあ、そのメタルカセットを渡してくれ。」
「そんな機能があったのか……じゃあ、メタルカセットに金属を吸収させれば、エネルギーがチャージされるんじゃないんですか?」
「それは出来ない。メタルカセットは、今君に渡したブランクカセットに、我々研究所の技術で『鋼の力』を無理矢理定着させて作り上げたものだ。
自然の力の記録では無い以上、研究所で製作したエネルギーチャージ用の機械を使用する以外にエネルギーをチャージする方法は無いんだ。」
「そうですか……じゃ、これを。」
そう言うと、湊はカセットを研究員に渡した。
「情報提示は以上だ。ブランクカセットはカバンの奥にでも隠しておくことを私は推奨する。……では。」
それだけを言い残すと、研究員は翻り、再び路地裏の雑踏の中へと音もなく消え去っていった。
「6つのカセット、か……。」
(クロニクルカセットを手に入れてから、色々な事件に巻き込まれている気がする……。一体これからどんな運命が自分を待ち受けているのだろうか。)
得体の知れない不安を感じながら、湊はカセットをカバンの奥底、ガントレットのすぐ隣へと慎重に仕舞い込み、水録学園の方向に向けて再び歩き出した――。




