#8
こんな風に懇願するのは逆効果だと分かっている。
恐らく、今の夕夏は時限爆弾のようなものだ。カウントダウンが始まったらもう止めることはできない。あとは爆発するのを待つだけ。
そう分かっていながら、彼を押さえる手を離すことはできなかった。離したら今度こそ、遠いところへ行ってしまう気がする。ただでさえ分からないこと、知らないことがたくさんあるのに、これ以上距離を感じたくなかった。
だからかもしれない。夕夏を押し倒し、強引に唇を塞いでいた。
「ん……っ!」
絶対、このタイミングですることじゃない。そう思いながらも、容赦なく彼の唇を貪った。
以前と全く変わらない、柔らかい感触。
「……やめろって。誰かに見られたらどーすんだ」
本当に触れ合うだけのキスだったから、胸を押されれば簡単に離れてしまった。それが助かったとも言えるし、勿体ないとも言える。どちらにせよ、言葉にすることはできない。さらに困惑させてしまう。
夕夏はゆっくり起き上がり、静かにため息をついた。
「どけよ。立てないだろ」
「その前に、付き合ってる奴らの邪魔はしないって約束して。おかしいじゃんか……俺達は付き合ってるのに」
「俺らはな。でも他の奴らは別れさせた方がいい。さっきの奴も、大して好きじゃない後輩に無理やり迫ってたんだ。だから二度とふざけた真似ができないように忠告したんだよ」
そしたら逆上してきて、喧嘩になったと彼は零した。
夕夏は“忠告”と言ってるけど、相手を逆上させるほどだ。多分もっと過激な対応をとったと思う。
正義は彼にある気がするけど、それでも何故か引っ掛かる。得体の知れない不安と焦燥に駆られ、自分が手に入れた幸せすら見えなくなりそうだ。
言葉に詰まって見返していると、彼は仕方ないと言うように瞼を伏せた。
「本当に同性愛者だとしても、遊びで付き合ってる奴ばっかりなんだ。何かあったら簡単に掌返して切り捨てる」
言ってることは分かる。だけどその言葉は、俺達にも当てはまってしまう。
「……じゃあ、俺のこともそう思ってるのか? この関係に飽きたら、お前のことを切り捨てるって。本気で、そう思ってんのかよ」
「違う。お前のことは信じてるよ」
夕夏は失言したと言わんばかりに声を上げる。その慌てっぷりに内心安堵して、彼の頬に手を添えた。
「それなら他の奴のことも信じようぜ。お前が心配しなくても、皆それなりに考えて、行動してる」
夕夏は苦しげに顔を歪める。それを見て、俺も彼と似たような表情をしてるんだろうな、と思った。
「初めは軽い気持ちだったとしても、段々両想いになることもある。先のことは本人だって分からないんだから、他人にはもっと分からない。……口を出すべきじゃないんだよ」
上手く言えないけど、恋愛なんて常に行き先未定の特急列車だ。どこまで進み続けるかは誰にも分からない。
少なくとも、他人が線路に飛び込んで進行を阻むような真似はしちゃいけないんだ。




