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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第1章アステリア編

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第40話 ノクスへの道

「お姉さま、道中お気をつけくださいね」


ケイティは別れの馬車に乗ろうとするエマの手を離さなかった。


「ケイティ、手を離さないとエメリン嬢だって馬車に乗れないだろう」


カイルがケイティの手をそっと解いた。


「でも…――寂しくて……」


ケイティの涙目に、姉として胸がちくりと痛んだ。

私たちは、彼女にどれほど寂しい思いをさせて来たのだろう……。

こんなにアステリアで過ごしたのは初めてだ。ケイティとこんなに気楽に話しているのも。


「ケイティ、すぐに会えるわ。結婚式、来てくれるんでしょう? 今度はノクス領にしばらく滞在してちょうだい。とても素敵な場所なの」


エマは今にも泣きだしそうなケイティを抱きしめた。

ケイティが頷くと、ケイティの隣に立つカイル殿下を見た。


「カイル殿下、今まで妹をありがとうございます。これからもどうぞ……」


エマはカイルに恭しく礼をした。


「もちろんだ。あなたを義姉と呼べる日を待ち望んでいるよ」


カイルは微笑んだ。

カイルに「義姉」と呼ばれるのは、慣れそうにはないな……。


「その際はどうぞエマと」


エマの心中を見透かしたのか、カイルはくすっと笑い「ああ、そうさせてもらおうかな」と言った。


「それにしても、ルシアン殿下は来ないのかしら」


ケイティは中々姿を現さないルシアンに焦れたようだった。


「ケイティ、ルシアン殿下は今日は政務がお忙しいと言っていたから」

「でも……――」

「殿下とはお別れの挨拶もすんでいますし、またすぐお会いできますから」


エマはルシアンが来ないということは、なんとなく予想していた。


「エマ」


馬車に乗り込んだところで、遠くからエマを呼ぶ声が聞こえた。

駆けて来たのは、両親だった。


「お父さま、お母さま」


どうして……と言いかけると、ケイティが得意気な顔をしていた。


「私が伝えておいたの。お姉さまはご自分でおっしゃらなさそうだから」


それはそうだけど…――。


二人はエマの乗る馬車に駆け寄った。


「エマ、気をつけてね」と、母はエマに静かに声をかけた。

「ノクス卿」


父は馬車の中のヴィクトールに声をかけた。

もうすぐ義理の息子になるというのに、相変わらず他人行儀な呼び方をしている。


「ノクス卿、娘を……よろしくお願いします」


父はヴィクトールに丁重に礼をし、母もそれに倣うように頭を下げた。

そんな二人の姿を見て、エマは心が動かされるのを確かに感じていた。

すぐに会えるのに……。

なぜか瞳が潤むのが分かった。


「はい。挙式を楽しみにしてください」


ヴィクトールは大輪のような笑みを浮かべ、エマを励ますように力強く肩を抱いた。

母の目も微かに潤んでいるように、見えた。


「エマ、おじい様とおばあ様、エドワードにも宜しく伝えてくれ」


父は最後にエマに言伝を頼むと、手を振った。

離れがたいけれど、いつまでも出発しないわけには行かない。

見送ってくれる人たちに手を振り、長らくいた王宮を見上げた。

王宮の窓辺にルシアンが立っているのが見えた。

ここからではルシアンの表情は見えなかった。

いつから私たちの様子を見守ってくれていたのだろう。

エマは、ルシアンにそっと手を振った。

ルシアンも、エマにそっと手を振り返してくれた。


――ルシアン殿下、見送ってくれたのね。


「エマ、寂しい?」


見送ってくれた人たちがどんどん小さくなっていく。

アステリアの王宮も見えなくなった。


「そうですね。……思った以上に。アステリアは、私にとっては良い思い出のない場所だったのですが、今回の滞在で離れがたい場所になっていたみたいです」

「そうか。……そうだな。私もアステリアにいた頃は、面倒事ばかりでうんざりしていたが、たまに来るのは良い。そういえば、国立図書館にはまだ行ってなかったな」


指輪を買いに行った日に見た大きな図書館を思い出した。


「そうでした!」

「エマが喜びそうな場所はまだ他にもある。今回は王宮からほとんど出られなかったから、今度来るときは色々見て回ろう」

「はい。楽しみです」

「ノクスでは両親が首を長くして君を待っていることだろう」


実の娘のような可愛がりぶりを発揮してくれるノクス辺境伯夫妻を思い出した。


――なんだか次お会いするときは、お義父さま、お義母さまと呼べそうな気がするわ。


「ヴィクトール様は、しばらく政務に追われそうですわね」

「ああ……君がノクスに戻るまでにはなんとか片付けておく」


溜まった政務を思い出して、ガックシ……と肩を落とすヴィクトールに、エマはくすくすと笑った。


「エマもずいぶん意地悪を言うようになったな」

「ヴィクトール様の意地悪が、移ったのかもしれません」

「ならば、この意地悪も光栄だな」


アステリアへの道は、余裕のないものだったけど。

ノクスへの道は、なんだか穏やかな気持ちが満ちていた。

久しぶりにリュクノール領にも戻ることになっている。

みんな元気にしているだろうか――。


エマは馬車の中で、リュクノールへの思いを馳せていた。


◆◆◆


「まあまあまあ、ノクス卿がこんなに美丈夫だとは」


エマの祖母は人懐こい笑みを浮かべながら、ヴィクトールを見た。

どことなく、ケイティに面差しが似ている。


「パール、そんなに見ては失礼というものだよ。ヴィクトール、悪いね。美しい男性を見るのに慣れていないんだ」


トレラー卿は夫人を窘めた。

トレラー卿はエマの父に似た繊細な顔立ちをしていた。

が、中身はというと、どちらかというと自分の父の豪快さに重なった。


「ノクス卿……いや、ヴィクトールと呼ばせていただいてもいいかな?」


出会った瞬間、握手を求めながらそう言い、ヴィクトールの返答を待たずに「ヴィクトール」と呼んだ。その強引さは、ヴィクトールにとっては嬉しいものだった。


――エマは、この人たちに愛されて育ったんだな。

エマのタウンハウスを訪れたとき、リュクノール家の複雑さを垣間見た。

しかし、馬車に見送りに来た両親の姿や、ヴィクトールを歓迎してくれるこの温かな家族と接していると、エマの純粋さはこのような環境で育まれたのだと納得する。


「いつも丁寧な手紙をありがとう。おかげでエマのノクス邸での様子も分かったし、アステリアでのこともよく分かった」


ヴィクトールは、トレラー卿にはこまめに連絡をしていた。


「ヴィクトール様、そんなに連絡してくださっていたのですか」

「当然だ。君の家族を心配させるわけにはいかない」


ヴィクトールの甘言に、パールが目をハートにしている。


「まあ! 素敵なのはお顔立ちだけではないのねえ。エマ、良い方に巡り合えたわね」


トレラーはパールの発言を時折窘めていたが、全く動じている様子はなかった。

むろん、パールの好意的な言動は、ヴィクトールにとっても嬉しいものだ。

エマの家族に受け入れられるのは、嬉しいものだな。


「はい。ヴィクトール様は、本当によくしてくださっております」


エマがはにかみながら微笑むと、心の底から安心したようだ。

エマの弟のエドワードは、いたずらっぽい笑みを浮かべ得意気に言った。


「私のもとにも、レイヤードから定期連絡が入っていたんですよ」

「おい!」


後ろに控えていたレイヤードが、エドワードを睨む。

エドワードは悪い笑みを浮かべながら、エマを揶揄った。


「姉さんは、ずいぶん義兄さまに溺愛されてらっしゃるようだ」


エマは真っ赤になって、レイヤードを睨んだ。


「レイヤード! 一体何を書いたのよ」

「いや、俺は……みんなが心配しないように、ありのままを綴っているだけで……。ヴィクトール様がそんなに筆まめだとは知らなかったし」


レイヤードはごにょごにょと言い訳をしている。


「ありのままって……」

「だから……。贈りものに必ずご自分の色を入れていることとか、馬車で嫉妬されていたこととか……その……」

「わあ、姉さん。これが婚約指輪?」


エドワードはエマの指にはまるタンザナイトを目ざとく見つけた。

どうやら、この指輪のことも報告を受けたようだ。

エマもそれを悟ったのか、レイヤードをキッと睨んだ。

そんな睨みでは、ただ可愛いだけなのだが……。ヴィクトールは内心そんなことを考えていた。


「レイヤード、なんでもかんでも連絡しないで!」

「すまなかった」


エマはレイヤードの告白に、顔を真っ赤にして珍しく怒っている。

ヴィクトールはというと、全くいつもの調子を崩さない。


「エマ、レイヤードは“弟”として君を心配していたのだから、そんなに怒ったら気の毒だ。私は報告されて悪いことは何一つない。エマを溺愛しているのも、事実だ」


ヴィクトールが真顔でエマにそう言っているのを見て、エドワードは嬉しそうに「わあ! 生で見た!」と面白がった。エマは増々顔を赤らめたが、エマの祖父母も、二人の様子を微笑ましく思ってくれているようだ。


「ヴィクトール、式にはエドワードだけ参加させてもらうが、二人の仲のよさそうな姿を見て安心した」


高齢のトレラー卿とパール夫人には、馬車での長旅は難しい。

手紙でもその意向は聞いていた。


「エマ、準聖女に認定され固くなっているかと心配したが、元気そうで何よりだ」


トレラー卿もパール夫人も、慈しむようにエマを見た。


「私はお前に闇魔法のことを隠すように言い続けていた。でも、それは間違いだったのかもしれない」


トレラー卿はエマを勇気づけるように見た。


「エマが闇魔法への偏見に立ち向かう姿が、闇魔法を持つ多くの者に光をもたらすのかもしれない。あの夜の光の柱は、この領からも見えた。私にはあれがただの魔獣討伐ではなく、世界を本当の意味で救うヒントのようにも思えた。エマにはそういう力がある」


そして、ヴィクトールには信頼の眼差しを向けた。


「それに、いまはヴィクトールが傍にいてくれる。彼は身体を張ってでもエマを守り続けてくれる。そういう人物だ。だから、安心して自由に生きなさい。お前の立場、力を利用しようという者は現れるだろう。でも、そういう者たちからは、この御仁が全力で守ってくれそうだ。だから、エマ、お前は自分の信じた道を行きなさい。私たちは、いつだってお前の決断を応援しているよ」


エマは吹っ切れたようにトレラー卿の話に耳を傾けた。

そして、決意表明をするように「はい」とはっきりと答えた。


式の前にエマにはリュクノール領でゆっくり過ごしてもらう予定だった。

アステリアの滞在でそうのんびりしていられなくなったが、少しの間エマだけリュクノール領に留まることになった。トレラー卿と薬の研究や魔法のことで相談したいことが山のようにあるようだし。エドワードもパール夫人も、久しぶりのエマとの再会にずいぶん喜んでいる。寂しさはあったが、あまりエマを独占するわけにもいかない。ヴィクトールは後ろ髪が引かれる思いで、ノクスへと旅立った。


「エマ、ノクスへは充分に気をつけて。いや、やはり私が迎えに来ようか」

「ヴィクトール様、それは結構です」


ヴィクトールの発言に、エドワードがニヤニヤ笑うのに気づいてエマは赤くなって否定する。


「私が付いていますから、安心してください」


レイヤードは、名残惜しそうなヴィクトールにそう言った。


「そうだな。……レイヤード、君はずいぶん筆まめなようだし、定期連絡も頼む」

「任せてください!」


レイヤードは新たな任務に誇らしげだ。エマの“弟”は、素直で教育しがいがある。


「ちょっと……レイヤード、何でもかんでも報告しないでって……」

「エマ、君が何をしているのか分からないと、私も安心して政務も手につかない」

「そんなわけ……」

「ある」


レイヤードはエマの肩をポンと叩き、「諦めろ」と言った。


「それでは名残おしいが、そろそろ出発する。では皆さん」


ヴィクトールは皆に片手を上げた。


「エマ、結婚式、楽しみにしている」


ヴィクトールはエマの髪に口づけ、耳元でそう囁くと、満面の笑みを浮かべてノクスへと向かった。


小さくなるヴィクトールの馬車を、エマは潤む瞳でいつまでも見送っていたことをヴィクトールは知らない。ヴィクトールとの別れが、こんなにも身を引き裂かれるような思いになるなんて……。

エマの家族と会って、彼がこんなにも私を想ってくれていたことを今更のように実感する。


「エマ、すぐに会えるわ」


パール夫人はエマの頭をそっと抱き寄せた。

お読みいただきありがとうございます。

次話が最終話です。

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