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闇の聖女は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第1章アステリア編

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第39話 ルシアンの求婚

――やっぱり誰に何と言われてもショールは羽織らせるべきだった。


エマをエスコートして会場に入場してから、男たちの視線がずっと気になっていた。私が睨みを利かせているから近づいては来ないが、エマの姿に不躾な視線を送る男までいる。


「本日の主役、我が国の準聖女エメリン・リュクノール様でございます」


司会者に簡単に紹介され、エマは淑女の礼をした。

会場からは拍手が上がったが、昼間の大歓声とまではいかなかった。


全く、貴族はくだらない矜持ばかり持つ者が多い。


そんな様子をヴィクトールは内心腹立たしく思ったが、エマはそれほど気にしているようではなかった。むしろ、想像よりも歓迎されていると感じたのか、どこか安堵しているようにも見えた。


それにしても、エマのイブニングドレス姿は、心臓が止まるかと思うほど妖艶だった。

肩が大きく開いたデザインのため、白い肌が丸見えだ。豊かな胸の谷間もくっきりと見え、目のやり場に困る。スカートは私の髪色を意識してくれたのは嬉しいが、幾重にも重ねられたチュールが動くと、足が見えるのではないかと気にかかる。イブニングドレスが多かれ少なかれそういうものだとは、ヴィクトールとて知っていた。が、そんなことを今まで気にしたことがなかった。令嬢たちの着飾った姿に、1ミリも心を動かされたことはなかった。思えばケイティのドレス姿だって微笑ましく思う程度で、こんな思いに駆られることはなかった。

エマは自分に向けられる視線に全然気が付いていない……――。

準聖女という肩書に引き寄せられる強欲な貴族も多い。まして、準聖女にこんな妖艶な美しさを醸されたら……。よからぬ者を引き寄せるだけだというのが分からないのか。


「ヴィクトール様! 夜会服もいつにも増して素敵ですわ」

「それはどうも」


ヴィクトールは親しげに声をかけてくる、令嬢にぶっきらぼうに返した。

エマをエスコートしているのが見えないのか。

性懲りもなく、色目を向けてくるご令嬢にもうんざりしていた。

こそこそと何やら囁いている分にはまだいいが、一々声をかけられては溜まらない。

ご令嬢には冷たい視線を送り、なるべく近寄って来る数を減らす。

ヴィクトールのご令嬢たちへの塩対応に、エマは「そんな態度を取っていいのだろうか」と言わんばかりの視線を送って来る。これが私の通常運転だというのに。エマは分かっていない。エマに向けるようなものを、私があらゆる令嬢に向けているとでも思っているのか……。


ファーストダンスのスローテンポな曲が会場に響き渡った。


「聖女様、あなたとファーストダンスを踊る栄誉をいただけますか?」と、ヴィクトールはエマの手の甲に口づけて言った。エマはヴィクトールのそんな仰々しい仕草に、頬を赤らめた。

エマは本当に可愛い。ヴィクトールは揶揄っているわけではないのだが、そういう様子を目にすると、つい頬が緩んでしまう。


「……はい」とエマは恥ずかしそうに答えた。


ヴィクトールにエスコートされて、エマはダンスフロアへ行く。


「ヴィクトール様、私、あまりダンスは得意ではなくて……」


ヴィクトールの背に腕を回しながら、ステップを間違わないように緊張している。


「足を踏まないように気をつけます」


本当に気にしているようだ。ヴィクトールより足元ばかりを気にしている。

何事も一生懸命なのも、愛らしい。


「エマに足を踏まれるなんて、小鳥が止まっているようなものだよ。ステップなんか、どうでもいい」

「どうでもって」

「そんなことより……」


エマの腰をグイッと抱いた。エマは驚いたように顔を上げた。


「私を見てほしい」


真剣なヴィクトールの視線を間近に見て、エマは顔を赤らめた。


「私のことで頭をいっぱいにしてほしい」


耳元でささやくと、エマの緊張が解けていくのが分かった。

前はこういうことをすると、余計に身体を強張らせていたが…――。

リラックスして来たのか、ダンス中にエマの自然な笑みがこぼれる。

ヴィクトールを見つめる瞳に溜まらない思いになる。

私たちが会場中の視線を集めていたのは分かっていた。

エマの美しさにようやく気が付いた馬鹿どもに胸がすく思いがすると同時に、永遠に気が付かないでいてほしかった気もしていた。エマの美しさを見せびらかしたくなる衝動とともに、エマの白い肌が気になってすぐにでも隠してしまいたくもなる。どうしようもないな、私は…――。ヴィクトールは自嘲気味に思った。

エマは楽しそうにターンをすると、ヴィクトールに導かれるように自然とポーズを取った。

二人が踊り終えたあと、大きな歓声が上がった。


「私、こんなに楽しく踊れたのは初めてです」

「エマ、私もだよ」


甘い視線で二人は見つめ合った。


◇◇◇


「ヴィクトール様、ダンス本当に素敵でしたわ」


フロアに戻ったら、ヴィクトールは興奮気味の令嬢たちに取り囲まれてしまった。


「ヴィクトール様! 次は私とダンスを!」

「いえ、私が先に声をかけました!」


令嬢たちは我先にと詰め寄ってくる。

ヴィクトールの冷たい視線も、恋に盲目な彼女たちには効果がない。

エマが見えないのか。押したりはしないものの、完全に透明人間かのような扱いだ。

集団心理で気が大きくなっている令嬢はタチが悪い。


一言言ってやろうと口を開いた瞬間、エマが「少し疲れましたから、あちらで休んでいますね」と、遠慮がちに一人離れてしまった。


――ヴィクトール様、ご令嬢たちに人気があるのね。当然だわ。あんなに素敵なのだもの。

でも……。女性に囲まれるヴィクトールを見るのは、少しだけ、胸が苦しい。


追いかけようとしたものの、令嬢たちの壁が邪魔をして前を進めない。

女性に冷たくはできても、さすがに乱暴に扱うことはできない。


エマは逃げるように壁際へそそくさと行ってしまった。近付いて来た給仕に飲物をもらって腰をかけている。

一人になったエマに、狙いすましたように男どもが近寄っている。


くそっ…――。何だっていうんだ。


エマは男どもに挨拶はしていたようだが、きっぱりと対応しているようにも見えた。

しかし、男たちは何やらしつこくエマに声をかけている。

ヴィクトールは自分にまとわりつく令嬢たちに氷の視線を向けた。


くそっ、邪魔だ……――。


そう思っていると、エマの傍にルシアンが現れた。ルシアンが男どもを追い払うと、エマの手を取った。ルシアンの登場に安堵すると共に、強い嫉妬も覚えていた。魔獣討伐のときからなのか、昏睡時に何かあったのかは分からないが、エマのルシアンへの警戒心が明らかに薄らいでいた。むしろ、信頼、しているような……。ルシアンはエマを外へエスコートしようとしている。エマはちらっとこちらを見たが、令嬢たちの壁に恐れをなしたのか、ルシアンと外へ行くというようなジェスチャーだけして小さく手を振った。得意気にエマをエスコートしているルシアンは、令嬢に囲まれている私に勝ち誇ったような笑みを浮かべた。ヴィクトールは全てを焼き尽くさんというほどの瞳で、ルシアンを睨んでいた。


◆◆◆


――ルシアン殿下は本当にちょうど良いタイミングで助けに来てくれたわ。


ヴィクトールがご令嬢に囲まれている姿を見るのも楽しくはないし。

一人でいると、打算的な方々にも声をかけられるし。

ルシアンが外の空気を吸いに行こうと誘ってくれて本当に助かった。


くくくっ…と、ルシアンは笑いを押し殺すように庭園に出た。


「エマ、見たか、あのヴィクトールの顔」


ルシアンは本当にヴィクトールを気に入っているようだ。


「ヴィクトール様が困っているのを見て面白がるなんて、悪い趣味だわ」

「そうじゃない、エマ。あいつは私に殺意を向けていた」

「殺……そんな物騒な」

「物騒なんだよ、ヴィクトールは。君が絡むと。君はあまり分かっていないようだけど」


ルシアンは楽しそうに笑った。


「エマ、覚えてる?」


ルシアンは庭園の東屋で立ち止まった。


「え?」

「ここで君たちはお茶会をしていた」


ああ、あの日の場所だ。“偶然”ルシアンが通りかかった。


「もちろん、覚えています」

「あの日、言ったことも?」


ルシアンは、エマの瞳を覗き込む。いつも飄々としたルシアンの、真剣な瞳とぶつかった。

見慣れない表情に、エマの心臓がドキリと跳ねた。


「……も、もちろん」

「忘れられているかと思ったよ」

「そんな……」


ルシアンはここからは見えない祖国を見るように遠い空の向こうに視線を向けた。


「エマ、あの光の柱のことは、ディベリアでもかなり話題になっているようだ。ディベリアだけじゃない。隣国から君と繋がりを持ちたがる声は広がるだろうな」


ルシアンの言葉にドキリとした。それは、エマが心配していたことだったからだ。これからのことを考えると、少し頭が痛くなる。このように準聖女という立場に就任してしまったのだ。面倒事から逃げるのも難しくなるのだろう。


「君の力は魔獣や瘴気に苦しむ国にとっては、喉から手が出るほどほしいものだ」


ルーク王国のように聖女がいる国は少ない。


遠くから、ヴィクトールのエマを呼ぶ声が微かに聞こえた気がした。


「全くせっかちなヤツだ。少しは配慮というものがないのか……」


ルシアンはそうつぶやくと、微かに笑い、突然エマに片膝をついた。


「ル、ルシアン殿下……!?」


辺りには人気がないと言っても、誰が見ているとは限らない。

一国の皇子が突然何をするのか……。本当にルシアンの行動は予測不能で心臓に悪い。


「エマ、私と結婚してくれないか?」


私は――息が止まった。

ルシアンの目は、いつものように笑っていなかった。


「はじめは国のために君の力がほしいと思った。君の力があれば、魔獣に苦しめられる民を救えると。でも、いまは…――。君を知れば知るほど、どうしようもなく魅かれるんだ。ヴィクトールのことは分かっている。でも、私の気持ちを君に知っておいてほしかった」

「……ルシアン殿下」


エマは驚きで言葉を失った。

ルシアンの真剣な眼差しが、いつもの飄々とした彼とは別人のようで。

彼の言葉は本気だった。だからこそ、誠実に向き合わなければ――。


「エマ、返事は求めていない。ただ、君に、聖女としての、人としての価値を、きちんと分かってもらいたかっただけだ。私は同じ闇魔法の使い手として、君を心から尊敬している」


私は――答えたかった。でも、ルシアンは私の言葉を遮るようにそう言った。


ヴィクトールのエマを呼ぶ声がはっきりと聞こえた。

ルシアンは立ち上がると、「そろそろヴィクトールが青筋を立てて来るだろうから」と笑った。


ルシアンの言葉通り、ヴィクトールの姿が見えた。

二人でいる様子を見てルシアンを睨んだ。


「なんだ、ヴィクトール。ご令嬢たちとのダンスは楽しんで来なかったのか」

「誰とも踊るわけがないだろう」

「つれないな。彼女たちだって、君が結婚する前に一度思い出を作っておきたいだけだろうに」

「そんなことはどうでもいい。ルシアン殿下、こんな人気のない場所にエマを連れ出すなんて、何を考えているんですか。変な噂が立ったらどうするつもりだ」

「別に私とエマは変な関係じゃない。むしろ、私はヴィクトールがご令嬢とご歓談中に、エマに群がる変な虫を追い払っただけだ。礼こそ言われ、あらぬ疑いをかけられるなど侵害だ。貴族の噂なんて、低レベルなものに振り回されなければいいだけだ」


ルシアンは時折嫌味を混ぜながら、ヴィクトールを正論で黙らせた。


「……ルシアン殿下、エマを守っていただき、ありがとうございました」

「宜しい」


ルシアンは頭を下げるヴィクトールに満足気に腕組みをした。


「ヴィクトール、君は妙な想像をしているようだが、エマと私は変な関係ではない。――なあ、エマ。私と君は、良き友人だろう?」


ルシアンは、エマに微笑みかけた。彼の後ろには大きな満月が輝いている。彼の優しさが胸に沁みる。


「はい。僭越ながら……。ルシアン殿下は、心から尊敬する、友人です」


エマはルシアンにそう言い、すぐにヴィクトールに向き直った。


「ヴィクトール様、心配させてしまってごめんなさい」

「いや……。私の方こそ、一人にしてすまなかった」


ヴィクトールは少し冷静になったようだ。


「エマ……寒くないか?」


ヴィクトールはそういうと、過保護にもエマに自分の上着をかけてきた。

その様子を見て、ルシアンは噴き出した。


「寒くはないだろう、ヴィクトール」


ルーク王国の中でも王都アステリアは、特に温暖な気候に恵まれている。

いまは初夏だし、夜と言っても暖かいくらいだ。


「夜は冷える。エマは薄着だ。風邪を引いたら困る」

「分かった、分かった。私はこれで失礼するよ」


ルシアンは、エマの手をヴィクトールに預けると二人に微笑んだ。


「エマ、今日のドレスは最高に美しい。ヴィクトールが会場中の男を睨む気持ちもよく分かる」


ルシアンはエマにそういうと、会場に戻って行った。

ヴィクトールは、エマを見つめた。


「エマ、あいつは何を――」


ヴィクトールは聞きかけて、言葉を飲み込んだ。


ヴィクトール様、心配なさっている?


エマはヴィクトールを安心させるように微笑んだ。

聞くのが怖いというような表情。

――大丈夫。私の答えは、決まっている。


「ヴィクトール様、私、あなたと結婚できるのが本当に嬉しいです」


エマの言葉に、ヴィクトールの表情が和らいだ。

夜空の星がきらりと瞬き、二人を祝福しているようだった。

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